球史に残るコンビ「アライバ」対談 前編

後編:攻守でのコンビプレー秘話>>

 中日の黄金期を支え、2004年から6年連続でゴールデングラブ賞をダブル受賞した荒木雅博(中日一軍内野守備・走塁コーチ)と井端弘和(侍ジャパン内野守備・走塁コーチ)。「アライバコンビ」と言われたふたりが、初めての共著『アライバの鉄則』(廣済堂出版)を刊行した。

同書に収録された「アライバ対談」に同席したライターが、一部で不仲説も囁かれていたコンビ間の濃密かつ奇妙な関係性をお伝えする。


中日の黄金期を支えた荒木雅博(左)と井端弘和(右)photo by Ishikawa Kohzo

 その空間には張り詰めた緊張感が漂っていた。

 神奈川県・横浜市のあるホテルの会議室に、テーブルを挟む形で椅子が並んでいた。テーブルを二塁ベースに見立てれば、2組の椅子はさながらセカンドとショートのポジションのようだった。

「遅くなりました〜」

 身長180cmの荒木雅博、続いてひと回り小柄な井端弘和が静かに入室した。偶然なのだろうが、「アラ・イバ」の順番だった。

 この日は、荒木と井端の初の共著『アライバの鉄則』に収録する対談の取材日だった。荒木は付き添いである中日ドラゴンズの広報と共に、井端が運転する車に乗って横浜まで来たという。

 10年以上にわたって中日の二遊間、1・2番打者としてコンビを組んだ両者だが、これまで「アライバコンビ」として書籍を出したことはない。現場が緊迫していたのは、その意義深い大仕事への責任感、そして現役時代から一部で囁かれていた、アライバコンビの「不仲説」によるものだろう。

現役時代の晩年はほとんど会話を交わすこともなくなっていたという。そんな2人が対談して、果たして成立するのか筆者にも一抹の不安があった。

 会議室に入り、カバー写真撮影のためジャージからスーツへと着替える両者は無言だった。ところが、井端の髪型を見て、荒木はポツリと尋ねた。

「その髪型でいくんですか?」

◆中日ベストナイン。即決だった星野仙一のすごさ>>

 直前まで別件の仕事で体を動かしていた井端は、髪型が少し乱れていた。井端は荒木に「(ヘア)ワックス持ってない?」と尋ね、荒木が持っていないことを知ると、会議室から出ていった。

 しばらくして髪型を整え、会議室に戻ってきた井端はこともなげに「トイレの水でやってきた」と荒木に伝えた。荒木が目を丸くして、「それでいいの?」と言いたげな表情を見せると、一座に笑いが広がった。

 何気ないやりとりだったが、この時点で筆者は対談がうまくいく予感がしていた。そして、以前に井端が荒木について語った言葉を思い出した。

「夫婦って、付き合っている時は会話があるし楽しいけれど、夫婦になると自然と会話が減っていくじゃないですか。それでも、お互いに何を考えていて、どうしてほしいかはなんとなく通じ合っているもの。夫の仕草ひとつで、妻がお茶を出す。僕と荒木はそれに近い関係だったような気がします」

 荒木はこれまで自著を含め、アライバ関連の企画を基本的に断ってきた。だが、今回の共著を承諾した理由は、発端が井端の提案だったからだという。

「いつか現役を引退したら、お互いに当時の答え合わせをするような機会がくるだろうと予感していました。井端さんから声をかけていただいたので、『ぜひやらせてください!』とお答えしました」

 井端が旧知の出版社のスタッフとの雑談中に「荒木と何かやりますか」と語り、書籍企画がトントン拍子に進んでいったのだった。


現役時代を振り返る「アライバ」の2人 photo by Ishikawa Kohzo

 アライバコンビの会話が減ったのは、ベテランのお笑いコンビが楽屋で口をきかないことにも似ているかもしれない。

 荒木は「若手時代は、周りから『お前ら、そんなにしゃべっていて大丈夫か?』と言われるくらい話していたような記憶がある」と、井端との会話があったことを認めている。何しろ、ふたりが同時に中日の選手寮を退寮した際には、同じマンションに転居しているくらいなのだ。

 当時のいきさつを井端に尋ねると、「荒木は優柔不断というか、何もしない男だったので......」と語り始めた。

「お互いにそろそろ寮を出ないといけないタイミングなのに、荒木は次に住む家さえ決めてないんです。僕が引っ越しの準備をしていると荒木が部屋に来て『井端さん、家はどこにしたんですか?』と聞いてきて。僕は新築で家賃も手頃なマンションを見つけていたので教えたら、荒木は『まだ空いてますかね?』と聞いてくる。『空いてるんじゃねぇか?』と確認したら空室があったんです。『じゃあそこへ行きます』と、僕と同じマンションに住むことになったんです」

 同じマンションに住むようになってから、すでにショートのレギュラーを奪っていた井端に続き、荒木もセカンドの定位置を確保。それからは公私にわたって時間を共に過ごすことが増えたのだった。

 対談中、お互いにプレーヤーとしての長所について語ってもらったところ、それぞれこんな回答があった。

荒木「井端さんは、頭の中で考えたことをそのまま再現する能力がすごいんですよね。プレーに対して、ちゃんと準備ができている。勢いでプレーする僕には足りない部分でした」

井端「僕は荒木の圧倒的なスピードには敵わない。これだけのハイスピードで打球に飛び込んだり、ベースランニングしたり......という部分では、当時のプロ野球で右に出る者はいなかった。それは正直、『うらやましい』のひと言だった」

 身長もプレースタイルも性格も異なるふたり。なぜアライバは球史に残るコンビになりえたのか。そこには人智を超えた世界が広がっていた。

(敬称略/後編につづく>>)