「冷房が苦手」といって、就寝時にエアコンを消してしまう人がいる。だが、それは命を危険にさらす行為だ。医師で早稲田大学准教授の西多昌規氏は「熱帯夜であれば一晩中使うことが望ましい。蒸し暑い環境で寝続けると、睡眠不足になるだけでなく、熱中症になるリスクがある」という――。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/sutichak)

■「昔はエアコンなしでも眠れた」にだまされてはいけない

今年は5月で真夏日を記録したこともあって、真夏の暑さを気にしている人も多いだろう。昔と比べて日本の夏は、確かに暑くなってきている。2018年に気象庁が公表した「ヒートアイランド監視報告2017」によれば、日本の気温、特に首都圏をはじめとする都市部の気温は確実に上昇傾向を示しており、100年前と比べると、東京の年間平均気温は3.2度上昇したという。

首都圏では特に、風が吹くことも少なく、アスファルトからの照り返しも強い。実際の体感温度は、数値以上ではないだろうか。沖縄に住んでいる友人と話すなかで、東京よりも沖縄の方が夏過ごしやすいと言われたが、風の存在だけでなく、実際の気温も首都圏より低いことが少なくない。

ひと世代前の人が言う「わたしたちの頃はエアコンなしでも過ごせていた」という言葉を、鵜呑みにしてはいけない。このような無知が、無謀な野外活動や労働による熱中症の多発を招いている。睡眠も同じであり、変化しつつある気候の条件に応じた暑熱対策が必要である。

■「深部体温」が下降するときに夜の眠りが始まる

蒸し暑いとぐっすり眠れない。当たり前のことだと思われるだろう。事実そうなのだが、エアコンや寝具など暑熱対策を考える上でも、人間の眠りと体温との関係をある程度知っておく必要があるので、簡潔に説明したい。

睡眠は体温調節(ここで体温は、深部体温を指す)と深い関係がある。約24時間周期のなかで、深部体温は夕方に最高値を迎え、深夜から早朝にかけて最低値をとる。深部体温が示す夕方のピークを経て下降するときに、人間の夜の眠りが始まる。そして深夜の最低値を過ぎて上昇に転じたときが、覚醒・起床のタイミングとなる。

体温が下降するときに睡眠は生じやすい傾向があり、眠ることによって代謝活動が休止するためさらに体温低下が促進される。

図が示すように、内部から外部に熱が放散されるときに、人間の眠気が増大する(※1)。この基本原則が、睡眠と暑熱対策を考える際の重要な基礎となる。放熱は、末梢の皮膚血管が拡張することによって生じる。赤ちゃんが寝る時に、体表がぽかぽかしてくる現象が、理解を助ける実例だ。

(※1)Krauchi K. : The human sleep-wake cycle reconsidered from a thermoregulatory point of view. Physiol Behav 2007 ;90:236-245.

寝つき始めると、浅い睡眠から深い睡眠へと移行し、個人差はあるが20〜30分程度で深い睡眠に入る。深い睡眠(脳波上の所見から、徐波睡眠と呼ばれる)に入ると、発汗量が増えて体温がさらに低下する.繰り返すが、良好な睡眠を取るためには、皮膚からの放熱による深部体温の低下が非常に重要である。

■蒸し暑いと「自然な睡眠の流れ」が妨げられる

蒸し暑さで寝苦しいときの睡眠の特徴を、過去の研究からまとめてみる。意外なことに、寝つくまでの時間に大きな影響はない。しかし、入眠した後に中途覚醒が増えてしまい、「軽睡眠→深睡眠」という自然な睡眠の流れが妨げられてしまう。東北福祉大学の水野康先生の研究では、室温35度・湿度75%の暑熱環境において睡眠を計測したところ、睡眠前半にかけて中途覚醒が数多く見られ、深睡眠はほとんど見られなかった。逆に睡眠後半では、前半で眠りが妨げられたため中途覚醒が少なく、深睡眠が少量ながら見られたという(※2)。

(※2)Okamoto K et al. : Effects of truss mattress upon sleep and bed climate. Appl Human Sci 1998 ;17:233-237.

この結果を見ると、深夜から明け方にかけて眠れるのではと思われるかもしれないが、身体が朝起きる準備を始める睡眠後半は、深睡眠は少なくなるのが自然な睡眠経過である。つまり、不自然な睡眠になってしまうということだ。ちなみに、暑熱環境ではレム睡眠も減少しており、健康で自然な睡眠とはほど遠くなることがわかる。

「蒸し暑さに慣れてくれば大丈夫だ」という頑迷な根性論者にも反駁しておこう。別研究だが、室温35度・湿度18%という環境で連続5日間にわたって睡眠計測を行ったところ、発汗量が減るなど体温調節はわずかに慣れる兆候は見られたが、中途覚醒の増加やレム睡眠の減少など睡眠の悪化は、5日目でも回復しなかった(※3)。この条件より多湿な環境で実験を行ったならば、熱中症になっていた可能性が高い。

(※3)Libert JP et al. : Effect of continuous heat exposure on sleep stages in humans. Sleep 1988 ;11:195-209.

蒸し暑い環境では、皮膚拡張による熱放散では追いつかず、かつ多湿が発汗による体温低下をも妨げてしまう。「暑い」だけではなく「蒸す」も、睡眠にとっては手強い邪魔者なのだ。

■睡眠から3〜4時間はエアコンを使用したほうがいい

環境省はクールビズにおいて、冷房時の室温=28度を推奨したが、これについて担当官僚が、「科学的知見でなく、何となく決めた」などと発言しニュースになった。オフィスで28℃はやや高いと思うが、寝室の温度設定の上限は28℃程度だとわたしは考える。

エアコン使用の注意点は、設定温度・時間、エアコンからの気流に分けられる。低すぎる設定温度は、後述する気流とも関係するが、体温を過度に奪われる原因となる。寝苦しさのために途中から中途半端に使うよりは、就寝前よりオンにして寝やすくしておくなど、予防的に使用したい。

夜中も30度に迫る熱帯夜が続く場合には、一晩中、エアコンを使うことが望ましい。ただし、地域(北日本、高地など涼しい地域)や居住環境(風通しの良い家など)によっては、タイマーで途中で切れる設定の方がベターな場合もある。それでも睡眠前半の徐波睡眠は確保したいので、睡眠前半の約3〜4時間はエアコンを使用したほうがよい。

■冷風が直接当たると体調を崩しやすい

エアコンをつけたまま寝ると、頭痛や身体のだるさなどが生じ、不調となる人がいる。原因としては、設定温度が低すぎること、あるいはエアコンからの冷風が体に当たり体温を奪われることが挙げられる。冷風が直接当たらないように、眠る場所と気流の位置関係には注意したい。

最近のエアコンは、付けたり消したりするよりも継続的に使用した方が、電気料金がかからない。人工知能も装備して、睡眠中も快適な温度・風向を維持してくれる高機能エアコンもある。古いエアコンを使っている人は、「まだ動くから大丈夫」とは言わずに、新調してみることも快眠への確実な方法である。

■寝具は通気性・吸湿性を意識して選ぶといい

入眠が体温の放熱にかかっているので、寝具については通気性という特徴が最も重要と考えられる。寝具については温度設定が難しいので、具体的な数値を書いても実践的ではないので省力する。理想的には、やや固めで、通気性や吸湿性の優れたマットレス、布団ということになる。覚醒してしまう刺激にならない温度に冷却した冷却枕も、暑熱対策として効果的である。

寝具については、好き嫌い、合う合わない、という好みの個人差が大きい。体格のがっしりした人は固めを、華奢な人は柔らかめのマットレスを選ぶ傾向があるとは言われるが、しっかりとしたエビデンスは乏しい。基本を押さえた上で、自身に合ったものを選ぶのがいちばんである。

■通気性や吸湿性を重視するならスポーツメーカーのウェアもいい

睡眠時の着衣、パジャマについても寝具と同じであり、大切なのは通気性や吸湿性である。一流ホテルなどのパジャマは、たしかに心地いいものばかりだ。優れた着衣も多く販売されているが、パジャマをわざわざ買うのは面倒、Tシャツで十分という人も多いだろう。

わたしは、スポーツメーカーが販売しているトレーニングないしランニング用の少し大きめのTシャツを使っている。あくまで私見だが、専門メーカーが最高の技術を駆使して開発したウェアは、非常に優れた通気性・吸湿性をもつ着衣なのではないだろうか。睡眠時に使用するコンプレッション(部分的に身体を圧迫する)機能をもつものも発売されているが、エビデンスは不十分である。また、安価な合成繊維のものは、通気性も吸湿性も乏しく、乾燥による静電気発生の可能性もあるので、やめるべきだ。

裸で寝るのも推奨できない。エアコンや明け方の気温低下で、体温が奪われやすい。また、着衣に付着するはずの汗や皮脂が寝具についてしまい、毎日洗濯するのならば話は別だが、不潔になり衛生面での問題が生じてくる。

----------

西多 昌規(にしだ・まさき)
精神科医 医学博士。早稲田大学スポーツ科学学術院・准教授。
東京医科歯科大学卒業後、スタンフォード大学医学部客員講師などを経て現職。『テンパらない技術』(PHP文庫)、『休む技術』『眠る技術』(ともに、大和書房)など著書多数。

----------

(精神科医 西多 昌規 写真=iStock.com)