学生の窓口編集部

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個人はもちろん企業にも欠かせない存在である「電話」。ところが発明したひとをはじめ、当時は誰もが「そんなに必要?」と思っていたのはご存じでしょうか?

電話の特許を取得したグラハム・ベルの興味はあくまで「電信」で、電話は「おまけ程度」の存在…ライバルが出願したのを知った後援者が、あわてて申請した結果でしかありませんでした。特許取得後に企業に売り込みに行っても「要らないよ」と断られる始末で、しかたなく自分で始めた会社が世界有数の通信事業に発展…「ついで」過ぎる発明が数機の運命をもたらしたのです。

■電話の特許は「ついで」程度

電話を発明したのはエジソン、と答えるひとが多いでしょう。これは当たらずしも遠からずで、特許出願したのに書類不備、そうこうしているうちにグラハム・ベルが特許を取得したので、ベルが発明者と呼ばれています。ところが本人は電話にはほとんど興味がなく「おまけ程度」の扱いでしかなかったのです。

ベルの発明の原点は「音」で、聴覚を失った母親を補助する装置から始まりました。つまり通話ではなく、音声を発する装置を目指していたのです。やがて音の仕組みや振動を研究するうちに、電気を使って音声を出せないか?音を電気信号に変換できないか?と発展したのです。この構造はまさに「電話機」そのもので、現在はマイクやスピーカが存在するのでカンタンに作れますが、当時は未知の分野。著名な科学者だけでも、

 ・ライス・フィリップス

 ・イライシャ・グレイ

 ・トーマス・エジソン

と、数多くのひとが研究していたのです。

ベルが電話の特許を取得できたのはまさに「ラッキー」で、「テレフォン」の名付け親であるライスの発明は不十分、発明王エジソンは1ヶ月も先に出願したものの書類不備。最大のライバル・イライシャよりも先に出願できたのも、ベルの仲間であるハバートの功績だったのです。

電話にさほどの興味を示さなかったベルに対し、イライシャが特許申請する!と聞いてハバートがあわてて出願、わずか2時間ほどの差でベルの特許が認められました。ただし申請内容のほとんどは「多重電信」、つまり1本の電線でどれだけ多くの情報を伝えられるかが中心で、電話機に関する記述は「おまけ」程度。ところが「先に出したもの勝ちルール」によってイライシャを押しのけ、ベルの特許となったのです。

■「しかたなく」始めた大企業?

晴れて電話の発明者となったベルは、その後も数奇な人生を送ります。しかたなく始めた会社が、世界屈指の通信事業に発展したのです。

特許を取得しても1円にもなりませんので、ベルはモールス信号に代わる道具として電話を「特許ごと」売りに出しますが、相手企業からは「要らねーよ」とつれない返事…当時は「会って話せば良くね?」な風潮が強く、必要性を理解してもらえなかったのです。そんな経緯から、なかばしかたなく「ベル電話会社」を設立。ついで+しかたなくでは先がしれていますね。

ところが電話事業は大成功、やがては巨大企業であるAT&Tへ発展、ベルの名を冠した研究機関「ベル研究所」も設立されたのです。

「運も実力のうち」と言われますが、ベルの電話に対する興味を考えると、強運?実力?かビミョウですね。入れ込むあまりにうまくいかないひとは、少し冷めた目でみたほうが良いのかも知れません。

■まとめ

 ・電話の発明者であるグラハム・ベルは、電話にはあまり興味がなかった…

 ・仲間が出願してくれたおかげで、2時間差で特許を取得できた

 ・電話の特許を売り込むも「要らない」と断られ、自分で電話会社を設立した

 ・やがては世界的な大手通信会社・AT&Tに発展した

(関口 寿/ガリレオワークス)