「当局の匙加減で誰でも捕まる可能性があります」ベラルーシ専門家が語った「ヨーロッパ最後の独裁国家」の恐ろしさ…「撮り鉄行為」で200日あまり拘束された日本人も
3月25日、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が、北朝鮮をはじめて訪問した。ベラルーシはロシアやウクライナ、リトアニアなどと国境を接した東欧の国で、現在もロシアと深い関係にあり、ときに「ヨーロッパ最後の独裁国家」と称される。
【写真】「撮り鉄」の日本人がベラルーシで拘束される直前に撮影していた鉄道写真
ベラルーシでは昨年、当時拘束されていた3人の日本人が、順次、アメリカのトランプ大統領の恩赦により解放された。そのうちの1人である照井希衣さんが自身の体験を綴ったノンフィクションエッセイ『ベラルーシ獄中留学記』が3月25日に出版され、その内容はSNSを中心に賛否両論を巻き起こしている。
照井さんは、海外の列車撮影を趣味とする「海外撮り鉄」。なかでも旧ソ連圏の鉄道の撮影に熱を上げており、2024年12月1日、ベラルーシの南東部の町で鉄道を撮影中に警察に拘束された。
ロシアによるウクライナ侵攻後、ベラルーシ全土には外務省より「危険情報レベル3」の渡航中止勧告が出されており、さらにウクライナの国境付近は「レベル4」の退避勧告が発令されている。そうした状況下で趣味のために渡航するのは不謹慎である、承認欲求を満たすための危険行動だ、さらには再発防止の設計が著書に記載されていないという指摘まで、批判の類は様々だ。
ところが、在ベラルーシ共和国日本大使館専門調査官として同国に滞在経験を持つ、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの服部倫卓教授は「ベラルーシというお国柄、照井さんの事案の再発防止は事実上不可能です」と語る。
「ベラルーシではすべてがグレーゾーンです。私自身、当然ながらソ連時代からの伝統で、鉄道インフラを撮影するのがタブーであることは承知しています。ただ、現在のベラルーシで、具体的な法規制がどうなっているのかは不明です。そのような法規制が仮に存在するとしても、どの法律の第何条で定められているのか。現地にも答えられる人はいないでしょう。
つまり、照井さんは明確な法律違反で拘束されたというよりは、多分に現地警察の"さじ加減"で拘束されてしまったと理解するのが自然です。このような、グレーゾーンに対する現地警察の場当たり的な対応は、ベラルーシのみならず、旧ソ連圏の国家の多くに共通します」(服部教授、以下同)
実は、服部教授もロシアで取り調べを受けた経験がある。工事現場を撮影したとして、警察署に連行されたのだ。
「あなたは違法行為をしたわけではありません。ただ外国人が工事現場近くで大きなカメラを構えていれば、住民たちが不審に思うのは当然です。だから調べているのです」
取り調べをした警察官はこのように話した。
「私の場合にもいえますが、確かに、現地の人間と異なる出で立ちのアジア人は、いるだけで目立ちますよね。彼らはそこを漏らさずに突いてくるわけです。照井さんも現地では相当浮いていたのでしょう。しかも、首都のミンスクでもなく、観光客のほとんどいないカリンコヴィチでカメラを構えていたわけですから。
また、拘束当時、照井さんは白色のダウンジャケットを着ていたそうですが、旧ソ連圏の人たちは黒・グレーや濃い青などのダーク系の色のアウターを好みますから、余計に目立ったのでしょう。その点も、不運が重なった理由かもしれません」
服部教授は、昨年ロシア入国を試みた際にも、入念な検査を受けた。北京経由でウラジオストクに降り立った際、入国審査で別室に呼び出され、10時間におよぶ取り調べを受けたのだ。スマホでウクライナとの通話履歴が見付かり、それを不審がられてスマホとパソコンが徹底的に調べられ、スマホのオーディオブックに『Punishing Putin(プーチンを罰する)』が表示されていたりしたため、事態がこじれたのだった。
「これに関しては、私の詰めが甘かったとしかいいようがないです⋯⋯。ソ連崩壊直後であれば、賄賂を払うという最終手段を使えば、さほど時間をかけずに解決できたのかもしれないですけどね。プーチンが大統領になって以降、警察官や、空港で取り調べを行うFSB(ロシア連邦保安庁)が賄賂を要求するようなことはなくなったようです。彼らは良い待遇を受けているので、賄賂を取ったりして、その地位を失いたくないのでしょう。同様のことはベラルーシにも言えると思いますが、こちらは強権体制による締め付けで規律が守られている側面もあるかもしれません。
照井さんはアメリカとベラルーシの交渉の末、恩赦により解放された。ただ、最初から交渉のカードとして拘束されたわけではないだろうというのが服部教授の見立てだ。
「ベラルーシが重点的に外国人を拘束しているということはないと思います。最初に照井さんを取り調べた警察官も、あくまで"真面目"な公務員として、拘束から投獄までのプロセスを遂行したのみでしょう。
ロシアとウクライナの戦争が長期化するなかで、経済制裁下のベラルーシにおいて経済は行き詰まっています。そんななかアメリカという国は、ベラルーシ国内で拘束されている外国人の釈放により、経済制裁を緩和するという交渉の場を設けてくれている稀有な存在といっていい。ベラルーシにとって交渉が成立すれば、これほど大きなことはありません。状況が刻一刻と変化する中で、結果的に、長期に拘束されている外国人が交渉のカードになっているというのが正確なところだと思います」
では服部教授は、ベラルーシの専門家として照井さんの著書をどのように読んだのか。
「話せば分かってもらえるはずと考える日本人的な性善説と、1つでも疑わしい点があればすべてを疑ってかかる性悪説で動くベラルーシ当局とのギャップ……直近のロシア渡航で10時間にわたる取り調べを受けた自分にとって、他人事とは思えない内容でした。また、照井さん自身の内面、および家族関係における葛藤は普遍性を持つものだとも感じました。
繰り返しますが、本件において再発防止策は存在しません。あえて言うならば、『ベラルーシには行かないこと』に尽きます。ベラルーシでは、ちょっとした手違いや不運で誰もが拘束され、塀のなかへ転げ落ちてしまうリスクがありますから」
ベラルーシと日本で、"常識"は大きく異なるのかもしれない。
