令和ロマン・松井ケムリが動物から分析した「自分の生態」。結婚して子どもが生まれて大きく変わったこと
令和ロマン・松井ケムリさんの初著書『ナマケモノの朝は、午後からはじまる。』が、4月23日に刊行される。30種類の動物の生態を手がかりに、自身の考え方や仕事観、人生哲学を綴った一冊だ。動物について書かれた本なのに、読んでいるうちに気になってくるのは、その生態そのものよりも、そこに何を見出しているのかというケムリさん独自の生き方や眼差しのほうだった。
動物を通して、自分のことを書いてみた
動物を入り口にして書くことは、ケムリさんにとってごく自然な選択だったという。
「単純に子どもの頃から動物が好きっていうのが大きかったですね。『動物に関する本を出しませんか』と出版社の方からお話をいただいて、いつか動物関連の仕事をしたいなと思っていたので、二つ返事でお受けしました」
また、今回の書籍が単なる“動物本”にとどまらない理由も見えてくる。
「動物の情報そのものを書くなら、図鑑もあるし、専門の方もたくさんいらっしゃるじゃないですか。それならそこはプロに任せたほうが絶対にいい。じゃあ自分が書く意味は何だろうと考えたときに、“動物から何を学べるか”という、自分の人生と結びつける方向なのかなと思ったんです。
ただ、いわゆる“役に立つ”学びというよりは、動物の生態を勝手に人生になぞらえていくような感覚に近くて。そういった切り口の本は、意外とあまりなかった気がして、それが面白いなと思いました」
自分のことを正面から描くのではなく、動物という別の対象を経由する。そのほうが自分の言葉や考えを伝えやすいという意図もあったそう。
「自分のことをそのまま書くのは、やっぱり少し恥ずかしいんですよね。動物というフィルターがあるからこそ書ける、というのはあると思います。あと僕、そもそも“問題がないと何も解けない”タイプなんですよ。自分でテーマを立てて、そこから何かを書いていくのがあまり得意ではない。
だから“この動物から何を学べますか?”と聞かれたら答えられるんですけど、自分からこれを書きたい、伝えたいというものは、正直あまりないんです。ゼロから何かを始めるより、与えられたテーマに対して、自分なりの答えを返していく。僕はそのほうが、ずっとしっくりくる。生粋の指示待ち人間ですけれど(笑)、不思議と“問い”があれば考えられる。たぶん、僕はそういうきっかけがあるほうが思考が動くタイプなんだと思います」
(ゴリラは)シルバーバックと呼ばれるオスのリーダーを中心に群れが成り立っていて、争いが起きそうになると威嚇などの身振りで、その場の空気を変えるんだそうです。絶対的な強さが抑止力になることって確かにあるし、争いをせずになだめようとするところが何よりいいですよね。
僕もコミュニティは大切にしたいほうなので、シルバーバックの行動は良くわかります。そのコミュニティは4、5人くらいが一番いい。なぜなら、それなりの人数がいることで誰かの一方的な意見にならないし、悪いところがあれば指摘してもらえて、すぐに直せるから。
一番難しいのは、二人だけのコミュニティの場合。コンビもそうです。二人きりだと、人間性が一番表れると思うからこそ、「相手を尊重しよう」とより意識しなければならない気がしています。
(『ナマケモノの朝は、午後からはじまる。』 ゴリラの章より一部抜粋)
自分の弱さとクセが書くことで見えた
書き進めるうちに見えてきたのは、立派な教訓ではなく、むしろ自分の弱み。できていないことや、目を逸らしたい部分まで含めたもの。
「読み返してみると、自分のだらしなさやネガティブな部分など、思った以上に卑屈なことを書いているなって(笑)。他にも、カマキリの章で、“自分のために生きることが結果的に周りのためになることもある”みたいなことを書いたんですけど……それ、実際の僕はできてないんですよ。“できてない人間が理想を書いている”ことが、めちゃくちゃ恥ずかしい。あと、僕は臆病だから失敗しないための予防線をめちゃくちゃ張るんです。安全を取りにいっている文章が多い。それも自分の性格が出ているなと思いました(笑)」
カマキリが卵から孵化する頃、すでに親は死んでいるというところにも、生きものとしての強さを感じます。遺伝子を繋げさえすれば親は亡くなってもしょうがないなんて……我々ヒトの感覚とは違いますね。
(中略)
カマキリの場合、自分自身のために生きることが、最終的に種の保存に繋がっているんだろうな。そういうことってヒトの世界でも似たようなことがあると思います。
お笑いもそう。自分自身のために行動したことによって、それが全体のためになることはあります。
(中略)
お笑いの場合、何もしないのが一番良くないことで、やりたいこととか言いたいことがあるならなんでもいいから前に出たほうがいいんです。たとえ前に出てスベったとしても、お笑いなら失敗にならない。だって、スベったことで話は進むから。スベるならちゃんとスベったほうが、より前進できますからね。
……なんてえらそうなことを言ってますが、僕にはできません(笑)。
(『ナマケモノの朝は、午後からはじまる。』 カマキリの章より一部抜粋)
今回の書籍に登場する動物は30種類。選んだ基準は“好きかどうか”だけではない。大事にしていたのは、その動物を通してどんな視点が引き出せるか。
「生態としてはどの動物も面白いんですけど、自分が話すことが似てしまいそうな動物は避けました。たとえば、“孤独な動物”って本の中で書いているトラ以外にもけっこういるんです。あと、クジャクについても書いているんですけど、正直あんまり興味なかった(笑)。けど、人生になぞらえると意外と話せることがあるんですよね」
与えられたことをやる“受け身”な生き方
中でもタイトルにも入っているナマケモノは、やはり少し特別な存在だ。ケムリさんが惹かれているのは、むしろその生き方の合理性に近い。
「僕自身がかなり怠け者なんです。ナマケモノは、怠けているというよりは、必要のない場面でむやみにエネルギーを使わない。自分が生きている環境に合わせて、最も合理的に暮らしている動物。人間も動物も環境次第で、厳しい環境に置かれたら生きるために頑張るけど、何も脅かされないなら何もしない。
その感覚は僕の仕事の仕方にも少し重なっていて、自分から何かを生み出すというより、与えられたものをしっかりやるタイプ。吉本興業にいて、お仕事が割り振られるから、それを頑張る。とてもありがたい環境です。僕みたいに受け身でも生きていけるので」
続いて、日常の話になるとケムリさんが“どんな条件のもとで自然に力を出せるのか”が、さらによく見えてくる。やるべきことが明確なら動ける。曖昧なまま渡されると、急に難しくなる。プライベートにおいてもその延長にあるようだった。
「例えば、家事も『◯◯やって』と奥さんに言われたら全然やります。そこは面倒くさいとも思わないんです。むしろ何をやればいいか明確なほうが、自分の中ではすごくやりやすい。お風呂を洗うとか、ゴミを捨てるとか、より明確なほうが助かります。学生時代みたいにテストがあれば頑張れるんですけど、日常ってそういう分かりやすい基準がないじゃないですか。だから、自分の中で優先順位をつけるのが難しいんですよね」
心地よさや生きやすさの基準
今回、動物たちの生態を見つめる中で、改めて気づかされたのは「自分がどういう条件だと無理なく、心地よく生きられるのか」。その基準が少しずつ掴めてきた。
「自分にとって心地いいのは、お互いにリスペクトがある環境。あと少人数。4〜5人くらいが一番いい。大人数だと、発言すること自体にきっかけが必要になるんですよ。少人数だと、自然と会話が生まれるというか、ちゃんとコミュニケーションが循環していく感じがあって僕は好きです」
そうして見えてきた“生きやすさ”に、家庭という大きな軸が新たに加わった。
「子どもが寝る前に帰りたいと思うようになりましたし、家でも静かに過ごすようになりました。飲みにも行かなくなりましたね。仕事をやる意味も、やっぱり以前とは少し違ったものになっています。
本にも書いたんですけど、昔は“誰かが楽しんでくれる”とか、“現場が回る”みたいなことがやりがいだったんです。でも今は、“家族を養う”というとてつもなく大きな意味合いが加わりました」
◇動物の生態を通して、自分らしい生き方を見出してきたケムリさん。後編【令和ロマン 松井ケムリが語る、相方・高比良くるまの生態。「だから強いんだなって感じる」】では、自身の活躍の場となるお笑いの世界のこと、芸人や相方について聞いていく。
松井ケムリ
1993年5月29日、神奈川県生まれ。吉本興業所属。慶應義塾大学のお笑いサークル「お笑い道場O-keis」で出会った相方・郄比良くるまと令和ロマンを結成。コンビではツッコミを担当。「M-1グランプリ」では2023・2024年に優勝し、大会史上初となる二連覇を達成。芸人界随一の無類の動物好きとして知られ、生き物の生態への関心も深い。その深い愛情をにじませながら、テレビ・ラジオなどで活躍している。
撮影/廣江雅美 取材・文/長嶺葉月
