『フェイクマミー』©︎TBS

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 「このドラマは、社会の潮流を変えてくれるのではないか」――10月10日から始まったドラマ『フェイクマミー』(TBS系)の第1話は、観終わった後にそんな期待をしてしまった作品であった。

参考:『フェイクマミー』は“週末疲れ”に刺さる現代ドラマ 波瑠×川栄李奈が“正反対”の女性像に

 本作は、正反対の人生を歩んできた2人の女性が、子どもの未来のために“母親のなりすまし”という禁断の契約を結ぶといった内容。金曜22時の枠ともあって、社会に訴えてくるメッセージ性がある一方、重めのテーマなのかと想像していたが、いざ蓋を開けると非常に爽やかに、しかし私たちが日々感じているモヤモヤに寄り添うような内容だという印象を受けた。

 波瑠演じる花村薫は、東京大学を卒業し、大手企業に就職。そこでダイバーシティを推進し、順風満帆なエリート街道を歩んでいたものの、とある理由で退職し、転職活動に苦戦しているという役どころだ。

 この、とある理由というのが、昨今、世の中に広まりつつある“多様性”や“誰もが働きやすい会社に”といったメッセージの裏側にいる社員たちの疑問だ。

 薫はダイバーシティを推進し、優秀社員賞に選ばれるような絵に描いたような順風満帆な会社員生活を送っていたのだが、独身で子どもがいないというだけの理由で、会社では“バリキャリ女子”のようなレッテルを貼られる。しかも、子育て中で時短勤務の同僚が“お母さんも働きやすい会社”という看板を背負うため、その補佐に命じられるという展開に。そのときに薫は「誰かを押し上げるために別の誰かを犠牲にするような多様性」を受け入れることができず、辞表を提出するのであった。

 もちろん、社会としては子育てをしながら活躍する人材を大切にしたいし、実際に子育てを理由にキャリアを、キャリアを理由に子育てを諦めるというのは、今の時代ナンセンスだとも言える。だからこそ、「多様性だ」「ダイバーシティだ」と声高に叫ばれているわけなのだが、そのときに独身だったり、DINKSだったりの社員の負担から目を逸らしてはいないか、と疑うことが度々ある。「みんなが働きやすい社会」の「みんな」とは、「本当に“みんな”を指しているのだろうか?」と。

 考えてみれば、ここ数年、TBSドラマでは“働く女性”にフォーカスを当ててきたものが多く世に放たれた。

 例えば、2024年7月期のドラマ『西園寺さんは家事をしない』は徹底して家事をしないかつアプリ制作会社でバリバリ働く38歳の独身女性の西園寺さん(松本若菜)が主人公。また、2025年4月期『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』では、専業主婦、働くママ、育休中のエリート官僚パパの子育ての模様にフォーカス。それぞれの価値観のもと、行われる“家事”を軸に物語が展開していった。

 特に印象的だったのは『対岸の家事』での江口のりこ演じる2児の母であり、もともと営業部でバリバリ働いていた長野礼子という役柄。「仕事も家事も両立させると言うのは、自分で選んだ道だから、諦めたくない」と毎日ボロボロになりながらもワンオペ状態で家事と育児に勤しみ、限界を超えようとしてしまう女性の姿を赤裸々に描いていた。

 そんな彼女の姿を見て私が思い出したのは、約10年前、筆者が社会人になったタイミング、ちょうど“育休”やら“ダイバーシティ”に各企業が力を入れていた時代のこと。

 就職活動中は、仕事も家事も両立させる女性に憧れていたものだが、いざ入社した会社ではフルタイム出勤をしている社員たちが、時短勤務の社員の皺寄せを食らって疲弊。それに気づいている育児による時短勤務を申請している女性社員は、毎日「ごめんなさい」「すみません」と帰っていくのが普通であった。これを見て筆者は「あれ? 就職説明会のときに感じたキラキラとした像は、どこへ? 誰も幸せそうじゃないな」と感じた。

 しかし、そこから数年、テレビドラマで描かれるママ社員は、みんなやはりキラキラとしていた。やはりあれは私のいた環境が特殊だったのか? そう考えたときに、登場したのが『対岸の家事』での長野礼子であったのだ。

 決してアンチ“ダイバーシティ”というわけではないが、まだスローガンばかりが立派で、誰も幸せになれていないと働く中で感じることが度々ある。このモヤモヤとした気持ちを表したのが、『フェイクマミー』での薫のモノローグで発せられた「誰かを押し上げるために別の誰かを犠牲にするような多様性」という言葉だった。

 これから薫と、これまた社会の中で人知れず窮屈な思いをしている茉海恵(川栄李奈)が、この多様性の時代とどう対峙していくのか。第2話以降が楽しみだ。

(文=於ありさ)