世界のサッカー大会が大きく様変わりするなか、E-1選手権はもはや必要なのか。アジア内でもアップデートできないと世界から取り残される 【小宮良之の日本サッカー兵法書】
筆頭であるワールドカップは2026年大会から出場国が32か国から48か国に激増。欧州ではUEFAネーションズリーグが2018-19シーズンから2年ごとに開催されている。
クラブレベルでも、チャンピオンズリーグは36チーム出場と大幅に大会を拡大し、グループリーグではなく、リーグフェーズが行われ、試合数が増えた。また、今年はクラブ・ワールドカップがほぼ1か月にわたって行われ、未曽有の大きなトーナメントになった。
たとえばE-1選手権はもはや必要な大会か?スタジアムには閑古鳥が鳴いていた。欧州組を呼ぶことはできず(FIFAのマッチデーではないため)、話題性も乏しい。大会のレベルも、控え目に言って低かった。
香港は何もかも低い水準で、選手たちが健闘したのは間違いないが、技術、戦術、体力と一定基準に達していない。日本に対し、序盤で大量失点したのは“名前に怯み過ぎた”からだろうが...。
中国も巨額の資金を投じ、強化を続けてきたはずだが、初手で間違っていた。代表選手たちは骨格、体格ばかり優れているが、キックやコントロールに根本的な問題がある。育成面で本質的な問題があり、どこを評価すべきか、ポイントがずれていて、サッカーの頭の良さやタイミング、強度の中での技術へのフォーカスなどが欠如しているのだ。
「カンフーサッカー」
そう揶揄された危険な反則が少なくなったことだけが、彼らの進歩と言える。
韓国は中国ほどひどくないが、フィジカル的には優れているものの、ピッチの中で気の利く技術やビジョンを感じさせる選手が乏しい。単純なパスミスも多かったし、ゴールに近づくにつれ、技術に綻びが出ていた。
日本戦、韓国が追いつくためにとった唯一の手段は、長身選手を前線に投入するパワープレーだった。短いパスやドリブルを使った崩しはなく、クロスの精度も低く、ミスキックがゴール方向へ行ってチャンスになったが...日本のサイドはセンターバックとウィングバックの間に隙があり、そこをもっと多く崩せたはずだ。
日本は、この大会を戦う意味がどれだけあったか?
優勝という結果は素晴らしい。ただ、地盤沈下した東アジアでのタイトルは、進むべき航路を誤らせる可能性もある。たとえば「長友佑都のキャプテンシーで感動の優勝」という伝え方は危険だ。
