親を選べないことを景品のガチャにたとえた「親ガチャ」という言葉がある。なぜ最近になって「親ガチャに外れた」と嘆く若者たちが日本で目立つようになったのか。同じことは米国でも起こっていないのか。NY在住ジャーナリストの肥田美佐子氏が、早期幼児教育による格差縮小を唱える米シカゴ大経済学部特別功労教授のジョン・リスト氏に聞いた――。(第1回/全2回)
写真=シカゴ大学提供
ジョン・リスト教授 - 写真=シカゴ大学提供

■「日本生まれ」は人生の当たりくじを引いている

--子供は親を選べないことを意味する「親ガチャ」という概念が日本で話題を集めています。格差が拡大する中、親ガチャを深刻視する人がいる一方で、自分の人生を生まれのせいにすべきではないという、親の立場からの反論も聞こえてきます。どう思いますか。

アメリカにも同様の考え方があります。政治家は決して口にしませんが。妻のダナ(シカゴ大学医学部小児外科教授のダナ・サスキンド医師)と私は、「Lottery of Life」(人生の宝くじ)について、いつも語り合っています。

ですが、日本の人たちは親ガチャ問題をやや狭義の意味で捉えすぎていると思います。日本やアメリカに生まれたというだけで、誰もが人生の当たりくじを引いたことになるからです。アフリカや一部アジア、中米などでは、腐敗し機能不全の市場や貧弱な教育制度など、成功するチャンスが皆無の国もあります。そうした国で貧困家庭に生まれれば、非常に困難な人生が待ち受けています。

ジョン・リスト氏は、経済学者として「格差は0歳から始まる」と指摘し、早期幼児教育の重要性を訴えてきた。本人も、母は秘書ながら、父はトラック運転手というブルーカラー層の家庭出身。米シカゴ大学経済学部学部長を2012〜18年まで務め、現在はシカゴ大特別功労教授。主な共著に『その問題、経済学で解決できます。』(東洋経済新報社)がある。来年2月、同教授らによる早期幼児教育の実証実験などが論じられている新刊『The Voltage Effect: How to Make Good Ideas Great and Great Ideas Scale』(『ボルテージエフェクト――いかに優れたアイデアを生み出し、それを拡大させるか』仮題)を出版予定。

一方、日米にはうまく機能している市場があり、成功のチャンスがあります。親ガチャで外れくじを引いたと思っている人も、日本に生まれたこと自体が大当たりなのです。

■遺伝の「親ガチャ」は変えようがない

とはいえ、国内に目を向ければ、格差があるのは事実です。親の富や社会経済的地位が子供の成績や成果、個人の業績を大きく後押しすることには疑う余地がありません。データでも示されています。親を選べないことを「親ガチャ」(parent lottery=親という宝くじ)という概念で表すのは実に理にかなっています。

「生まれか育ちか」について議論する際、忘れてはならないのが、どちらも親によって決まるという事実です。遺伝も環境も親が決めるのですから、親ガチャという概念が正しいのは言うまでもありません。遺伝の宝くじに当たる人もいれば、環境の宝くじに当たる人もいます。

もちろん、政策で子供の環境を改善することはできますが、遺伝暗号は変えられません。為政者が親ガチャ問題に取り組もうとしても、基本的に変えられないのが遺伝の部分です。遺伝も環境も非常に重要であり、生まれと育ちの間には関連性があることがわかっています。

■周りを見渡し格差を感じるようになった

--アメリカの政治家が親ガチャ問題に触れないのは、国民に自己責任を求めているからでしょうか。

そのとおりです。アメリカは厳格な個人主義を礎にした国です。人々は、自分自身の成果や業績は自らの責任であり、政府にはあまり干渉されたくないと考えています。為政者も、子育ては親の責任だと考えています。だから、就学前の通園などは公教育ではないのです。親は就学前教育を個人が決めることだと考えており、政府の干渉を望みません。

--アメリカの市民は家庭で親ガチャ問題について話すのでしょうか。

コロナ禍によってアメリカのシステムのもろさが露呈し、親ガチャのような問題が重視されるようになりました。親は(オンライン授業やテレワークで)子供の面倒を見なければならなくなりましたが、保育の有料サービスは非常に高くつき、人によっては、お給料が飛んでしまいます。だから、仕事を辞めて育児に専念せざるを得ない人も出てきました。こうしたことから、人々が社会や家族における自分の役割を見直すようになったのです。

--日本で親ガチャ問題が注目されるようになったのはなぜだと思いますか。

周りを見渡し、格差を感じるようになったからではないでしょうか。人は往々にして自分の境遇に責任を持つことなく、誰かのせいにしたがるものです。責める相手として、親以上にうってつけの存在はありません。「『親』という人生の宝くじに外れたから、成功できないのだ」と。

でも、そうした言い訳が適切だとは思いません。親がいなければ、この世に生を受けていなかったのですから。ですが、人は、「(生まれが違っていたら)こんなこともできたかもしれない」と考えるものです。

■人生を親だけのせいにするのは言い訳

私の父はトラック運転手で、母は秘書でした。「だから、僕もトラック運転手にしかなれない」と言って、成功とは無縁の人生を送るほうが楽でしたが、そうした生き方は、私の両親にとってフェアだとは思いません。

現代の日米経済においては、頑張れば上に行ける可能性があります。そうした意味で、親だけのせいにするのは言い訳です。時にはそれが妥当な場合もあるでしょうが、多くの場合、人は自分が達成できなかったことの言い訳として、親を持ち出すものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/photovs

--「親ガチャは、人生がうまくいかない人の言い訳」だとして、自己責任論を問う声もあります。

世の中には、親が成功しているから自分も成功した人と、親にかかわらず成功した人がいます。両者は、自らの成功について異なる考えを持っていることでしょう。

人は富裕層を見て、「親や祖父がお金持ちだから成功したのだ」と考えがちですが、必ずしもそうとは言えません。親が成功の追い風になるのは紛れもない事実ですが、多くの場合、恵まれた家庭の人たちは自分自身に誇りを持ち、自力で成功したいと考えています。そして、親の力に関係なく成功できる人もいます。

■ひどい親はひどい親に育てられている

--「毒親のせいで……」と嘆く若者について、どう思いますか。毒親の元に生まれ、精神的に病んだり苦しんだりしている若者がいます。彼らが幸せになって社会で成功するには、どのような心の在り方が必要でしょうか。

親からきちんと扱ってもらえなかったり、チャンスを与えてもらえなかったりする子供は確かにいます。まず、そうした人たちには「アイムソーリー」(気の毒に思っている)と言いたいです。彼らが子供時代に経験したことは本当に気の毒なことです。でも、彼らも自分なりに最善を尽くす必要があります。そして、自分たちの子供には同じことをしないようにしてください。わが子が成功できるよう、できる限りのチャンスを与えてください。

前の世代と同じ過ちは犯さないでください。多くの場合、ひどい親は、やはりひどい親に育てられています。代々続いていることが多いため、その連鎖を断ち切るのが難しいのです。あまり良くない親の元に生まれ、人生の宝くじに大きく外れた人がいることを認識するのはとても重要です。

でも、その人がいい親になれなかったのは、その人自身の人生にも困難が多々あったからかもしれません。仕事を3つ掛け持ちしたり、結婚生活に問題を抱えていたり、どうすればいい親になれるかわからなかったり……。だからこそ、いい親になるにはどのようにするのがベストなのかを親に教える必要があるのです。

子供の行動を常に上から見張り、あれこれ干渉したり管理したりする「ヘリコプター・ペアレント」や非常に厳しく育てる「タイガー・マム」などと言われる親もいますが、愛情のかけ方には注意が必要です。子供が失敗を経験できるように十分な距離を保ち、失敗から学ばせなければなりません。でも、常に無条件の愛を示す必要があります。

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■努力でなく結果でわが子を評価するのは間違い

--遺伝や才能という現実を直視せず、子供の成功は子供自身の努力次第だと考える親もいます。ありのままのわが子を無条件に愛さず、「勉強ができない」などと責めることで子供に大きなストレスを与え、その結果、親への暴力や親殺しなど、深刻な問題が生じるケースもあります。こうした親の心情についてどう思いますか。

そうした親は、成功しているほかの子供たちしか目に入らないのでしょう。「それに引き換え、なぜわが子は優秀でないのか。なぜスポーツが得意でないのか」などと考えてしまうのだと思います。

わが子をほかの子供たちと比べることは、わが子の「インプット」でなく、「アウトプット」に注目することです。つまり、どれだけ努力したか、頑張ったかではなく、成績や成功の度合いという「結果」で、わが子を評価することです。そして、これが間違いの始まりです。

■どの子供もトップになれるものを持っている

子供は、(気温や湿度で形状が異なる)雪の結晶と同じように、一人ひとり違います。強みも弱みもまちまちです。子供には、自分がコントロールできることだけをコントロールさせればいいのです。それが「努力」です。その努力がどのような「結果」をもたらすかは、子供のコントロールが及ぶところではありません。

例えば、私が1時間かかる仕事をある人は10分で済ませ、別の人は4時間かかるかもしれません。大切なのは、子供の「比較優位性」を見いだし、何が得意なのかを見極め、それをほめてあげることです。どの子供も、称賛に値する何かを持っています。

子供のマイナス面にフォーカスすべきではありません。20人のクラスで首席にならなかったからといって、そのことにこだわってはいけません。トップになれるのは、たった1人なのですから。首席でないからといって、残り19人を虐げるべきではありません。別の何かで順位を付ければ、ほかの子供がトップの座に就くでしょう。

オンラインでインタビューに応じるジョン・リスト教授

どの子供も、トップになれるものを持っているのです。それをほめたたえ、その得意なことで成功を収められるよう子供を励ます必要があります。これが、経済学で「比較優位性」と呼ぶものです。子供が数学コンテストで勝てないという理由で批判したり精神的に虐待したりするのではなく、得意なことをほめてあげるべきです。虐げるのはヘリコプター・ペアレントがやることです。

世界でメンタルヘルスの不調が問題視されている背景には、親が子供のことを自分自身の成功に重ね合わせて考え、気に病んでしまうという事情もあります。子供が「勝者」にならないと、親である自分が困る、と。でも、それは間違った考え方です。

私には8人の子供がいますが、子供たちが自分なりに精一杯努力していれば、彼らを「勝者」だとみなします。競争の「結果」は関係ありません。頑張ったことが「勝利」を意味するのですから。子供たちが力を尽くしたことをほめてあげたいのです。

■子供がコントロールできるのは「努力」だけ

--無条件の愛ですね。

一方、親の中には「条件付きの愛」しか示さない人もいます。子供が成功したら愛情を注ぐ親です。そうした親は、子供の試験の結果や勉強の成果を「成功」の尺度として捉えます。でも、私は子育てを「アウトプット・結果」でなく、「インプット・努力の量」だと考えます。子供が自分でコントロールできるのは「インプット」だけだからです。

遺伝や持って生まれた脳はもちろん、運の良しあし、ほかの子供がどれだけうまくやるかといったことは子供のコントロール外の問題です。子供がコントロールできるのは「努力」、つまり「インプット」だけです。

私は、いつも自分の子供たちにこう言ってきました。「精一杯頑張れば、結果など関係ない。ベストを尽くすことが勝つことだ。ほかの子供たちのことなど、どうでもいい。他者との比較は『結果』重視につながる。自分の力を出し切ることが大切だ」と。

親が犯す最大の過ちは、子供の「結果」にこだわることです。子供がコントロールできない「結果」を求めることは、子供にとって過酷で誤った評価の仕方です。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pondsaksit

--自分を省みず、子供だけを責める親がいるのはなぜでしょう?

日本社会では、親と子供の間に緊張関係があるようですね。子供の「結果」が芳しくない場合、親子が互いを責め合うのではないでしょうか。でも、家族は「個人」対「個人」ではなく、「共同体」です。子供の成功は「家族の成功」。失敗も「家族の失敗」です。誰か1人の失敗ではありません。現代社会で子供を育てるということは「チームゲーム」であり、協働なのです。

まずは家族の結束が必要です。次に必要なのが、人生の宝くじに外れた家族が挽回できるように公正なチャンスを与えることです。「機会・チャンスの格差」を縮めるような政策です。そうすれば、誰もが当たりくじを引くことができ、家族全員が勝利を手にできます。(続く)

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肥田 美佐子(ひだ・みさこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、単身渡米。米メディア系企業などに勤務後、独立。米経済や大統領選を取材。ジョセフ・E・スティグリッツなどのノーベル賞受賞経済学者、ベストセラー作家のマルコム・グラッドウェル、マイケル・ルイス、ビリオネアIT起業家のトーマス・M・シーベル、「破壊的イノベーション」のクレイトン・M・クリステンセン、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長など、欧米識者への取材多数。元『ウォール・ストリート・ジャーナル日本版』コラムニスト。『プレジデントオンライン』『ダイヤモンド・オンライン』『フォーブスジャパン』など、経済系媒体を中心に取材・執筆。『ニューズウィーク日本版』オンラインコラムニスト。
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(ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田 美佐子)