スケートボードで金メダルを獲得した堀米雄斗、西矢椛、四十住さくら(左から)【写真:AP】

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「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#74

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信する。東京五輪で初採用されたスケートボードは5日、全日程を終え、日本は金3、銀1、銅1を獲得した。男子ストリートで堀米雄斗(XFLAG)、女子ストリートで西矢椛(ムラサキスポーツ)、女子パークで四十住さくら(ベンヌ)がそれぞれ金メダルに輝いた。米国発祥のスケボーで、日本勢はなぜこれほどまでの大躍進を見せたのか。2016年に五輪に採用されてからの5年間の歩みを、日本代表の西川隆監督に聞いた。(取材・文=THE ANSWER編集部)

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 空手やスポーツクライミングなどと共に、スケートボードの追加種目が決定したのは2016年8月だった。

 当時の心境について、西川監督は「スケートボードというと、どちらかというと、ちょっとアウトローというか、あまりいいイメージで思われていなかった。ボクらが始めたころは親に反対されるぐらい、もういい加減にしなさいっていうぐらいな感じだったんですけど、それがだんだん時が経つにつれて、スケートボードが広く一般に認知されるようになったのは非常にうれしかったですね」と振り返る。

 サーフィンやスノーボードと並ぶ「横乗り系」の代名詞。背景には若者人気を見込んだ国際オリンピック委員会(IOC)の思惑があった。

 やるべきことは山積していた。世界選手権どころか、日本選手権すら開催されていなかった。それでも、五輪に決まった。日本オリンピック委員会(JOC)にも未加盟。代表選手選考の基準やルールも未定で、すべてが手探り状態だった。

 同時に「スケボーが五輪なんて」「競技というより遊びでは」との声が自然と聞こえてきた。

 街中や公園をスケートボードで流して遊ぶ子どもたち。五輪という大舞台で競技化され、本来のスケボー文化である“遊びに近い要素”が縮小されてしまう可能性には西川監督自身も葛藤があったという。

スケートボードは競技だけがスケートボードじゃない。スケートボードは五輪の種目じゃないというようなことを言っているスケートボーダーの子どもたちもたくさんいますので、そういう声が自分にも聞こえてくる。なかなか難しい部分はありました」

 それでも五輪採用による効果は絶大だった。17年4月、初の日本選手権を開催すると、70人近い報道陣が殺到。スケートボードに新たな景色が生まれた。

選手を取り巻く環境が変化、一流企業のスポンサードを受ける選手も

 認知度の高まりは現場にも好影響を及ぼした。統括組織であるワールドスケートジャパンや個人へのスポンサーが増え、選手の環境が改善した。

「未成年の選手は親の支援があってやっている子が多いんですけど、そこから(大人になると)自分で仕事しながらスケートボードして、週末は大会に出て、練習して、という感じの子がほぼほぼでした。それが五輪が決まる前くらいから、だんだん応援していただけるスポンサーが増えた。

 練習に集中できるような環境が整ってきた選手が増えてきた。スケートボードだけで食べていけるような状況というのが今までなかったので、うれしかったですね。選手によっては一流の企業のスポンサードを受けている選手はたくさんいます」

 西川監督のキャリアは約40年。10代のイメージが強いスポーツで、就職や結婚・出産などにより、スケートボードを続けることが困難だった時代があった。企業からの支援により、一部のトップ選手は経済面を心配することなく、他競技のように現役を続けられる基盤が確立された。

 練習に集中できる時間が増えれば、競技力は向上する。業界全体が底上げされ、五輪のメダルラッシュもあって、さらなる競技人口の増加は必至だ。

「小さい子どもたちがスケートボードをやるきっかけが増えたというか、実際にさまざまなところのスクールの人数が急に増えているのが現状。選手たちがみんなメダルを取って、それにより効果がドンと上がってくるんじゃないかなと考えています。

 競技は、スケートボードという大きい輪の中の1つの円。五輪によってそのパイが大きくなったとボクらは考えています。それで全体的なスケートボードという大きな輪がもっと大きくなってくれればいい」

 国を代表して五輪に参加することで、選手個々の意識にも変化が見られた。「五輪に出たい」「金メダルを取りたい」と漠然とした目標に過ぎなかったものが、指導やJOCの講習を通じ、日の丸を背負って闘うという自覚が芽生えた。「常日頃、学校の校長先生みたいな感じでアドバイスしていますね」と西川監督は笑った。

 母国開催の歴史的な大会で、初代王者を複数輩出。日本にとって、新たな“お家芸”となる期待も高まっている。

スケートボード自体、反復練習が非常に大事な要素を占めるので、日本人の勤勉さというのがプラスになっている。スケートボードはアメリカ発祥なので、次のパリはもちろん、その次のロサンゼルスの五輪も続くんじゃないかと思っている。お家芸と言えるかどうかは分からないですけど、そういった形で選手が活躍してくれるんじゃないかなと思います」と力強く結んだ。(THE ANSWER編集部)