名門・市立船橋の元指揮官が新天地のジェフ千葉U-18で感じた高体連とJユースの違いとは?
12月25日に行なわれたプリンスリーグ関東参入戦の2回戦。ジェフユナイテッド市原・千葉U-18は序盤から昌平に押され、前半終了間際に失点。後半に巻き返しを図ったが、開始早々にセットプレーから加点され、最終盤にもPKを決められて勝負が決した。
指揮官は悲願である3年ぶりの昇格は勝ち取れず、敗戦のすべてを受け入れた。
朝岡監督にとって、今季は変化の時だった。今年3月末。朝岡監督は市立船橋高を離れた。この決断に多くの人が驚いたのは記憶に新しい。それは指揮官として、市立船橋で多くの実績を残してきたからだ。
市立船橋ではコーチから監督に昇格した1年目に快挙を成し遂げる。和泉竜司(現・名古屋)らを擁し、2011年度の全国高校サッカー選手権で優勝を飾った。以降も“市船らしい堅守”を重んじながら、攻撃的なサッカーで一時代を築いた。13年と16年には夏のインターハイを制覇。また、適性を見ながら、選手を育てる力に長けており、勝負にこだわりながらも将来を見据えた指導に定評があった。多くの選手をJリーグの舞台に送り込み、杉岡大暉(現湘南)、原輝綺(現鳥栖)、高宇洋(現山口)らがU-22日本代表でも活躍中している。
高校サッカーで名を挙げた朝岡隆蔵監督は、母校の市立船橋を離れるタイミングで大きな決断を下す。教員の職を辞し、プロの指導者として千葉U-18の監督に就任した。プレミアリーグEASTで戦う市立船橋から千葉県リーグ1部の千葉U-18へ。阿部勇樹(現浦和)、佐藤勇人、佐藤寿人(ともに現千葉)らを輩出した育成組織の再建を託されたのだ。
朝岡監督は「市立船橋でやってきたこと以外のことを学びたい」と覚悟を決め、そうした幾つかの違いと向き合いながら、新たな場所で挑戦を始めた。しかし、豊富な経験値を持つ指揮官であっても、チームを作る作業は困難を極めたという。
「一番苦労したのは、環境の違い。それを望んでクラブにお世話になったけど、自分をアジャストさせることが大変だった」
同じ高校生の指導と言っても、高体連とJユースでは畑が異なる。前者は学校教育の延長にあるが、後者はプロで活躍する選手の育成を最大のミッションとする。加えて、重要視されるのはクラブのスタイル。高校であれば、監督が方向性を定められるが、育成組織ではアカデミーダイレクターやトップチームのスタンスを汲み取りながら、組織を作っていく必要がある。その違いに最初は戸惑った。
それでも、朝岡監督はチームのために奔走。クラブに支えられながら、選手たちに普段の振る舞いなども含めて、懸命に向き合った。U-18日本代表で来季からトップチーム昇格が決まっている櫻川ソロモンに対しても、伝えるべきことは口が酸っぱくなるほど伝えたという。
「彼にはポテンシャルがある。できないこともまだまだ多いけど、そこに対してどう向き合うか。彼を見始めてまだ半年ちょっとだけど、サッカーに対する向き合い方とか姿勢は常に言ってきた。昔だったら、味方に文句を言ったりし、ものに当たったり、言い訳を作るようなこともあったけど、彼も向き合うようになったからプレーも変わってきた。そういうアプローチは彼だけではなく、チーム全体にできたかなと思う」
まだまだ精神的には未熟だが、ソロモンは大人の階段を登りつつある。これも朝岡監督が取り組んだ成果の一つだろう。
迎える2年目。5月から指揮を執った今季とは異なり、シーズン頭から指導に当たれるし、1年目に培った経験値の蓄積もある。「自分自身は本当に成長をさせてもらった。苦しみも当然あったし、きつかったけど、自分が成長できたことで、気付きもあった」とは朝岡監督の言葉。高体連で一時代を築いた名将は、勝負にこだわりながらもトップチームで通用する選手を育てるために情熱を絶やさない。
取材・文●松尾祐希(フリーライター)
