WBSSバンタム級決勝の井上尚弥(左)とノニト・ドネア(右)(写真:AP/アフロ)

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井上尚弥(26)=大橋=がノニト・ドネア(36)=フィリピン=に勝利し、世界一の称号を手にしたワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級決勝は、歴史に残る名勝負との呼び声も高い。一方で、11ラウンドにドネアがダウンしたシーンをめぐっては、わだかまりを残すことになった。

左ボディをヒットさせ、さらなる追撃の構えを見せた井上を、レフェリーが制止した。この時点でドネアはまだ立っていたため、なぜに止めに入ったのかと疑問の声があがった。この場面について、元WBC世界ライトフライ級王者の木村悠氏が、J-CASTニュースの取材に見解を示した。

井上の前にレフェリーが割って入り、制止

世界4団体(WBC、WBA、WBO、IBF)の垣根を超えて世界最強ボクサーを決めるWBSS。2019年11月7日にさいたまスーパーアリーナで開催されたバンタム級決勝は、WBA・IBF王者で3階級制覇の井上と、WBAスーパー王者で5階級制覇のドネアが戦い、壮絶な打ち合いと技術戦の末、井上が3-0の判定勝利を飾った。

議論を呼んだのは11R、1分すぎの場面。井上が強烈な左ボディーブローを打ち込むと、ドネアの足元がよろめいた。体をひねり、背中を向ける形で回避するドネアに向かい、井上はステップを踏み込もうとした。

だが追撃はかなわなかった。次の瞬間、井上の前にレフェリーが割って入り、制止したのだ。レフェリーと井上の胸が当たった。

ドネアはロープ際を移動すると、コーナー付近で四つん這いになり、膝をついてダウン。レフェリーのカウントが始まる。2カウントのところでドネアは起き上がって片膝立ちになり、レフェリーの方を向いた。ドネアはついに立ち上がったが、10カウントギリギリだった。試合は再開された。

疑問は大きく2つあがった。なぜ左ボディの後にレフェリーは井上を制止したのか。ダウン時のカウントの仕方が遅く、ロングカウントだったのではないか――。

元WBC世界ライトフライ級王者の木村悠氏は、井上を制止したことについて次のように見解を示す。

「レフェリーは、井上選手の左ボディが『ローブロー』に見えたのではないかと思います。ローブローをもらった選手は、今回のドネア選手のような仕草をします。ローブローが入ったドネア選手は背を向けて、レフェリーが止めに入るのを求めていたのかなと見えます」

ドネアが見せた「試合を続ける意思」

「ローブロー」とはトランクスのベルトより下にパンチを当てる反則で、注意か警告か減点となる。ローブローは結構なダメージになるため、回復のため30秒から1分程度の中断が入る。映像で見返せば、ローブローでなく「完全に井上選手のボディーブローが決まっていた」(木村氏)と分かるが、リアルタイムでは必ずしも判別がつくわけではない。

「流れの中でボディが入り、レフェリーも正確な判断ができなかった。私たちでも、試合を見ていてどのパンチがどこにどうヒットしたか、どれだけ効いたかは、角度によって見えないことがあります。

あの左ボディも一瞬で判断がつかず、レフェリーも混乱が生じたのかもしれません。井上選手のパンチの後、なぜドネア選手があのような動きをしたのか把握できなかった。だからいったん状況確認のために間に入り、止めたのだと思います」(木村氏)

結果、ボディーブローだったと判断し、ダウンしたドネアのカウントが始まる。数え方が遅かったのではないかという疑問について、木村氏は「そこまで遅いというのはなかったと思います」と話す。

ボクシングのダウンは、正確に1秒1カウントで計測するわけではありません。レフェリーの判断で試合続行するかどうかも決まります。ダウンした選手のダメージがたまっている場合に、選手自身が続けようとしてもレフェリーが止める場合もあります。

しかし今回の場面は、ドネア選手も片膝立ちになって試合を続ける意思を見せ、レフェリーも続行可能と判断した。ドネア選手は、レフェリーが指で10カウントを数えるのを見てしばらく立ちませんでしたが、レフェリーとしても『休んでいる』という印象になったと思います」(同)

10カウントKOは「後味が悪い」?

10カウントギリギリすぎて「KOだったのではないか」という見方もある。木村氏はこうした意見に理解を示しつつ、WBSS決勝という大舞台のレフェリングの難しさを指摘する。

「通常ダウンした選手は8カウントくらいで立ち上がりますが、ドネア選手は10カウントぴったりくらいでした。確かにあれで試合終了してもおかしくはないですが、それだと後味が悪いとも言えます。

今回は世界で注目されたビッグマッチでした。レフェリーも中途半端な形で試合を終わらせることはできないと、慎重になっていたと思います。ドネア選手の立つ意思、戦う意思を感じたので、ギリギリですがKOにしなかったと見えます。

試合を止めなかったことで『カウントが遅いのではないか』と指摘されていますが、仮にあのボディで10カウントになったら、『レフェリー終わらせるの早いんじゃないか』という声があがった可能性もあります。それぐらい、目が離せない緊迫の一戦でした」(同)

ドネアについても、「明らかにボディが効いていたので、できるだけ休みたかったのでしょう。だからギリギリまで立たないことにした。そこも経験を積んでいるベテランだからこその冷静さ、強かさだと思います」とその冷静さに舌を巻いた。

勝負に「タラレバ」は禁物だが、もし井上の左ボディの後、レフェリーが制止せず試合が続いていたら、井上が畳みかけてKO勝ちもあったのだろうか――。木村氏にあえて聞いてみると「あのボディがかなり効いてましたからね。(KOは)なきにしもあらずだと思います」と話していた。

(J-CASTニュース編集部 青木正典)