モノを捨てられず、「ゴミ屋敷」をつくってしまう人は、どこに問題があるのか。上越教育大学大学院の五十嵐透子教授は「モノをためこむことは、今現れている現象にすぎない。背景には、何らかの思いやネガティブな感情がある。本人も周囲の人も、そこまで目を向けることが必要だ」という――。

※本稿は、五十嵐透子『片づけられないのは「ためこみ症」のせいだった!?』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

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■大量にモノをためこむ精神疾患「ためこみ症」

あなたのまわりに、モノを捨てられない、モノを片づけられない、モノをためこんでしまう人はいないでしょうか。あるいはあなた自身が、「そのような傾向がある」と自覚しているかもしれません。

今のその状態は、単に「片づけが苦手な人」「なんでもとっておく人」というわけではない可能性があります。モノを捨てられなかったり、ためこんでしまう人のなかには、「ためこみ症」という“こころの病”が隠れている場合があるのです。

ためこみ症とは、ほとんどの人にとって聞き慣れない言葉でしょう。

ためこみ症は、2013年のアメリカ精神医学会の診断基準「DSM―5」で病気の1つとして、新たに加わりました。ひとことで言えば、その名の通り、大量にモノをためこむ精神疾患です。脳の特定の部位が特有の働き方をする生物学的側面だけでなく、心理面と社会面も影響し合っている複雑な状態です。

以前は強迫症の症状の1つとして考えられていましたが、強迫症の人すべてにみられる症状ではないこと、また強迫症ではない人にもみられることから、単独の精神疾患として位置づけられました。

私自身がためこみ症とかかわるようになったきっかけも、強迫症の患者さんでした。

私は強迫症を専門にしていたのですが、ある患者さんに心理療法を行っても効果がみられなかったのです。この患者さんにどう対応すればいいのか、少しでも役に立てる方法はないかと模索していたとき、アメリカで話題になった本を紹介してもらい、ためこみ症について知りました。

ためこみ症は正しく理解し、適切に接しないと、患者さんを誤った方向に導くことになります。そうならないために、私は専門書を翻訳したり、いろいろと調べたりして、勉強するようになったという経緯があります。

■専門家ですら診断が難しい

ためこみ症が精神疾患として確立したのは、前述したように2013年ですから、まだ10年も経っていません。ですから専門家の間でさえ認知度は高くありません。その名称だけ聞くと、大変誤解を受けやすいものです。

単にモノが捨てられないこと=ためこみ症と思われがちですが、実際にはためこみ症かどうかの判断がつきにくいことは多々あります。

ここは厳密には非常にわかりにくく複雑な話なのですが、例えばうつ病や注意欠如・多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)などにもためこみ症と重複する症状があります。これらの疾患でみられる「ためこみ状態」は、「ためこみ行動」と呼ばれ、ためこみ症とは区別されています。つまりためこみ行動は、うつ病や注意欠如・多動症など、それぞれの主疾患に伴う状態であり、ためこみ症ではありません。

2つの病気が併存している場合や、主疾患の症状に関連してみられる場合もあり、その判断も容易ではありません。ですから専門家でも診断が難しいのです。

■「ためこみ症」と「ためこみ行動」は違う

ためこみ症という疾患なのか、ためこみ症ではないけれども、モノがたまってしまう状態(ためこみ行動)なのか、その診断は非常に難しいと述べましたが、ここでは、具体的な例を挙げて、ためこみ症とそうでない場合の違いを説明しましょう。

うつ病と診断されたお姉さんがいる女性から聞いたケースです。

お姉さんはご実家で旦那さんとお子さん、実母であるお母さんと同居していました。妹さんはもう独立しているのですが、実家に帰ると、妹さんの部屋として使っていたところが、物置のようになっていたそうです。妹さんが帰省するときは、旦那さんであるお義兄さんがかなりのモノを移動させて、何とか寝泊まりできるようにしてくれていました。

しかし、それだけではありませんでした。キッチンの食器棚には食器があふれ、お母さんの生活スペースにまでお姉さんの所有しているモノが置かれていました。ダイニングテーブルの上にもモノがたくさんあり、それをよけて食事をするような状態だったのです。これは、うつ病や抑うつ状態にある方によくみられる状態です。うつ病あるいは抑うつ状態のために、エネルギーが低下し、1つのことに集中しにくく、やる気も出ない、何をするにも億劫になってしまうのです。自分でも望ましい状態ではないとわかっていても、片づけや整理整頓ができないのです。

この例は精神疾患であるためこみ症とは区別され、主疾患(ここではうつ病)に伴う症状です(うつ病の場合は、必ずしも「ためこみ行動」とはいえないこともあります)。

■自宅内に大量のモノが保存されている「ゴミ屋敷

ためこみ症の説明をするとき、多くの人が思い浮かべるのが、いわゆる「ゴミ屋敷」ではないでしょうか。

ゴミ屋敷とはご存じの通り、自宅内に大量のモノが保存されている状態ですが、なかには自宅外にもさまざまなモノがあふれている場合もあります。ためこみ症は一般的に「家のなか」で起きていますが、誰かを招き入れない限り、本人または家族の間でのみ続いている、非常に「閉じた」状態で起こっています。私も以前、テレビ番組で取り上げられた「ゴミ屋敷」について、コメントを求められたことがあります。

行政代執行は、悪臭や火災などの危険性がある状態、あるいは公のスペースにモノが置かれて通行しにくい状態といった生活環境に著しい支障が生じていることを、ご本人ではなく隣近所の方々が自治体に申し出をすることからはじまります。

自治体が調査をして、家主と話し合い、指導や説得を行い、勧告をしても「資産」である主張を続けたり、「一時的に置いているだけ」と処分に応じない場合、条例のある市区町村が代わりに処分を行います。話し合いや指導は100回以上続けられることもあり、関わりがはじまってから複数年を要する経過をたどることもあります。

■死別や離婚がきっかけになる場合もある

隣近所の方々や行政職員と敵対関係になりがちですが、行政代執行費用を請求されても、複数回繰り返される場合もあります。こうしたケースでは、大切な家族が亡くなられていたり、離婚を経験されていたりと何らかの喪失体験がモノをためこむきっかけになっている場合も少なくありません。収入獲得の手段であったり、満たされない思いや認められたい気持ちなどを抱いていることもあります。

このような状態は、ためこみ症である可能性が高いように思います。ただ、厳密には「ゴミ屋敷」の住人がすべてためこみ症を患っているわけではありません(精神疾患に伴うためこみ行動の場合もあります)。

ゴミ屋敷は、悪臭や害虫などの衛生面はもちろん、その景観、火災の危険性、外部に不経済をもたらす土地利用など、多様な側面から懸案事項となっています。

日本では2009年4月に国土交通省、土地・水資源局土地利用調整課が市区町村を対象にはじめて調査を行いました。回収率67%中、複数回答ではありますが、21%の市区町村が“ゴミ屋敷”の存在を把握しており、全国で250件、なかでも特に対応が急がれる家が72件ありました。

■本人同意なしの「一掃」は避けるべき

ゴミ屋敷問題については、さまざまな専門家がチームとなって対応することが必要不可欠です。また、“一掃”する場合は、専門家以外にも、清掃会社やオーガナイザー、ボランティアや家族、友人など多くの人たちの協力が必要です。

このようにモノをためこんでしまう背景には、生活の困窮や孤独感、家族間での葛藤などの心理的側面だけでなく、脳機能の影響も考えられます。また別の精神疾患との併存の可能性も含まれるため、勝手に一掃することは避けるべきであり、本人の同意のもとに行われることが不可欠になります。

この記事を読まれた方は、ためこみ症と診断されるほどの状態ではないにしろ、「モノを処分できない」「ついモノをためこんでしまう」と悩んでいるご本人だけでなく、大切なご家族や友人、知人がためこみ状態で苦しんでいる、またためこみ状態を援助する立場の方なども多いかもしれません。

周囲の人たちが今のその状態、状況だけを見ると、「困った状態」「だらしない」「わがままで他の人の言うことに耳を貸さない」「片づける能力がない」などとレッテルを貼ってしまいがちです。

あるいは何とかしてあげたいけれど、何もできないことがつらく、イラ立ちを覚える人もいるかもしれません。今の状態を改善しようと本人に何か指摘すれば、ケンカになったり言い争いになったりすることもあります。

■ためこみの背景には「正当な理由」がある

家族や友人など周囲の人たちが何かをしてあげたいと思う気持ちは、その人を大切に思ってのことですし、愛情に基づくかかわりでしょう。

五十嵐透子『片づけられないのは「ためこみ症」のせいだった!?』(青春出版社)

しかし、それだけではためこんでいる人たちを適切に理解していることにはなりません。ためこみ行動やためこみ症では、「ためこみ」は今あらわれている現象に過ぎません。モノであふれている状態は、「普通の人たち」から見ればなかなかインパクトの強いものです。ですから「それらをなくしてしまえば、(本人が)変わるかもしれない」と期待もしてしまいがちです。

しかし、周囲の人たちが目の前の積み上げられた「モノ」を処分するだけでは、何の解決にもならないどころか、事態を悪化させてしまうだけだということは、強くお伝えしておきたい点です。

何らかの思いやネガティブな感情に対処する方法の1つとして用いているためこみ行動を、別の対処行動に変える、片づけたり処分するなどの新しい行動を学び習慣化する、あるいはためこむ背景にあることを解決していかないと、目の前のモノをなくしても同じことが繰り返されますし、その状態はさらにひどくなるかもしれないのです。

ここまでお話ししてきたように、モノをためこむ背景には、さまざまな要素が絡んでいます。

ためこんでしまう人からすれば、モノをためこむことで不安を紛らわしていたり、自分の記憶をつなぎ止めようとしたりするなど、その方にとっての「正当な」理由があるのです。本人も周囲の人たちも、そうしたところにまで目を向けていくことが大切です。

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五十嵐 透子(いがらし・とうこ)
上越教育大学大学院 教授
専門は臨床心理学。精神力動的アプローチを主としながら、対象の方に合わせた統合的な心理療法を行っている。臨床心理学の分野でためこみ症の研究に携わり、『片付けられない自分が気になるあなたへ』(金剛出版)などの翻訳も手がける。著書に『リラクセーション法の理論と実際』『自分を見つめるカウンセリング・マインド』(医歯薬出版)などがある
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(上越教育大学大学院 教授 五十嵐 透子)