韓国・ソウルの街並み


(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問)

 徴用工や従軍慰安婦を巡る日本と韓国との争いは泥沼状態に陥ってしまった。もはやここまで来ると、文大統領や安倍首相が代わったからといって、簡単に解決されることはないだろう。

 今回の対立は韓国が問題を作り出し、こじらせたと言ってよい。安倍政権が歴史修正主義的な主張を持っていたことは事実だが、それを強く主張していたわけではない。争いの直接の原因は韓国が作り出した。

 なぜ、言いがかりをつけたくなったのだろうか? 儒教や韓国の歴史に答えを見つけることが一般的だが、ここでは少し異なった見方を紹介したい。

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自分が幸せと感じていない韓国の団塊世代

 図1に韓国の年齢別の人口構成を示す。年齢別の人口構成は大抵ピラミッドのような形になるが、この図はそのような形状をしていない。お腹が膨れた形をしている。それは少子高齢化が進行していることを示している。

図1 韓国の年齢別人口(2020年)
出典:国連人口局


 最も多いのは40代後半から60代前半であり、韓国の団塊世代と言える。日本の団塊世代より少し若い。彼らは朝鮮戦争が終わってから生まれた。また、図からは韓国に団塊ジュニアが存在しないことが分かる。

 現在、韓国の団塊世代は高齢者の入り口に差しかかり、社会の中心的な存在になっている。よく世論調査の数字がマスコミを賑わすが、ほぼ彼らの意見であると見て間違いないだろう。

 団塊世代は韓国がまだ貧しかった頃に生まれた。しかし、生まれるとすぐに漢江の奇跡と呼ばれる経済成長が始まった。貧しかった韓国は急速に豊かになった。

 韓国は激烈な競争社会である。学歴社会、猛烈な受験地獄、そして財閥企業に入るための競争。入社してからも出世競争が待っている。このような激烈な競争が韓国の経済成長の原動力になった。

 韓国は日本が高度経済成長を遂げた仕組みを模倣した。日本が最も成功した部分を取り出して、徹底的に真似た。日本は自動車や電気製品を世界に輸出することによって豊かな国になった。これを見た韓国は、自動車や電気製品を輸出する大企業の育成に力を注いだ。一方、国内だけを市場にする中小企業は無視した。これは韓国で格差が拡大した原因の1つとなった。

 そのような政策がサムスンやヒュンダイを出現させた。現在、サムスンやヒュンダイは韓国を代表する企業に成長し、日本のライバルを苦しめている。そんな韓国の1人当たりGDPは3万ドルに迫り、名実ともに先進国の一員になった。

 そうであるなら、韓国は余裕を持って隣国の日本と付き合うことができるはずである。しかし、そうなってはいない。それは、韓国の団塊世代が、自分は幸せであると感じていないからだろう。

韓国に渦巻く「負け組」中高年の怒り

 激烈な競争社会では、多くの人が負け組になる。会社の役員、まして社長になれる人は、同期のごく一部である。多くの人は戦いに破れて会社を去る。韓国に団塊ジュニアがいないのは、彼らが戦いに明け暮れて、子供を育てる余裕がなかったためだろう。そんな世代が老人になり始めた。

 図2は全人口に占める65歳以上人口の割合を示す。日本が高齢化社会であることはよく知られているが、韓国では日本以上のスピードで高齢化が進行している。

図2 65歳以上が全人口に占める割合(%)
国連人口局のデータより筆者が計算


 どの国でも高齢化社会がやってくると話題になるのは年金である。急に豊かになったアジアの国々では、年金を貯蓄型にすることは難しい。世代間扶養が中心になるが、それが機能するには若い世代がたくさんいなければならない。子供が少なくては老人を支えることはできない。このことは日本でも大きな問題になっているが、図1を見ると韓国は日本以上に深刻な状況にある。

 現在、韓国の団塊世代は老境の入り口に立っている。競争社会に勝ち組は少ない。多くは負け組である。そんな社会では、退職後の生活を支えられるほどの貯蓄を持っている人はわずかだろう。本来は年金が頼りなのだが、その年金が頼りにならない。現在、韓国の団塊世代の多くは、不安、苛立ち、諦めが入り混じった気分で暮らしている。ここに述べたことが韓国社会の通奏低音になっている。

 日本のネトウヨは若者ではなく中高年が中心であると報じられている。そうであるなら、韓国においても現状に不安や不満を持つ中高年が日本叩きに走っている可能性が高い。

 激烈な競争社会への恨みや老後に対する不安が日本叩きの背景にあるとすれば、それは簡単には終わらない。韓国そして日本の中高年が、「金持ち喧嘩せず」の心境にならなければ、この問題は解決しないのかも知れない。

 しかし、両国ともに老後の不安や不満は容易には取り除くことができない。そうであるのなら、この問題はこれからも長く争われ続けることになろう。

筆者:川島 博之