テレビ番組でハリルホジッチ氏(右)について語った本田【写真:Getty Images】

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「服従」という言葉のチョイスと世間の反応に見る、日本の現状

「悔いはないです。ハリルのやるサッカーに全て服従して選ばれていく。そのことのほうが僕は恥ずかしいと思っているので」

 テレビ番組の中での本田圭佑の発言が、波紋を広げているようだ。

 見聞きした限りでは、あまり本田に好意的な意見はない。たぶん「服従」という言葉のチョイスが強すぎたのではないかと思う。ただ、そんなに目くじらを立てるような発言でもない。本田の言葉とそれに対する反応を眺めていると、大袈裟に言えば日本の現状が映し出されているような気もした。

 監督の指示に従うのは「服従」ではない。勝つための方策はいろいろあるだろうが、誰かがまとめなければチームプレーにならない。監督はそれを決めるために存在するようなものだから、監督が決めたことに選手が従うのは当たり前である。

 ただし、いざ試合が始まってみたら監督の作戦どおりでは上手くいかないこともある。したがって、そういう場合に選手の判断で作戦を変えるとか、一部変更することもよくあるわけだ。

 プレーが中断したわずかの時間に、選手が監督を捕まえて何か話している場面を時々見かける。想定外のことが起きている時の次善策を話している。

 2010年南アフリカ・ワールドカップ(W杯)グループリーグ第3戦のデンマーク戦、遠藤保仁は岡田武史監督に当初の守備のやり方ではダメだと伝えている。この時のデンマークは、現在で言うところの「ポジショナルプレー」を行っていて、日本はそれに上手く対処できていなかった。遠藤は変更を一応監督に通告していたわけだ。


いくつかのプレーでイメージが異なっていただけで…

 デンマーク戦の映像を見返してみると、遠藤の修正案も根本的な解決にはなっていないのだが、それでもまだマシにはなった。試合は3-1で日本が勝っている。

 また2004年の欧州選手権では、オランダ代表のクラレンス・セードルフがディック・アドフォカート監督に「どうすんの、これ?」という調子で詰め寄っていたのを覚えている。グループリーグ第2戦のチェコ戦での出来事だ。この時は適切な修正策を出せず、オランダはチェコに2-3で敗れている。

 二つの例は、どちらも相手が想定外のことを仕掛けてきた時の対処法について、選手と監督が話していたケースだ。しかし、試合中に監督と話し合う機会など、ない場合の方が多い。そういう時は選手の判断で、修正を図る必要が出てくるわけだ。

 ベルギー遠征で本田が行ったのはポジショニングの修正ではなく、バヒド・ハリルホジッチ前監督とのサッカー観の対立とも言うべきものだった。監督の「縦に速く」という要求に反して、いくつかの場面で本田は「タメ」を作るプレーを選択していた。とはいえ、監督もなんでもかんでも「縦に速く」というわけではないだろうし、そもそも縦に速くだけなら本田を起用する意味もない。いくつかのプレーで監督と本田のイメージが違っていたというだけの話であり、「造反」と呼ぶのは大袈裟だ。


ハリルホジッチが貫いたフランス式の圧の強い接し方

 ハリルホジッチ前監督が指導者のキャリアを積んだフランスは、一般的に選手の自己主張が強い。オーダーを実行させるには押さえつけるぐらいの圧力が必要なので、選手に対して強く出る監督は少なくない。

 ところが、日本はフランスとは逆に圧をかけるまでもなく監督の意には従う。すでに同調圧力がかかっているからだ。例えば、試合中に監督の作戦を無視して自分が正しいと思うことを実行する時に、心理的なハードルは欧州より日本の方がはるかに高い。

 ハリルホジッチ前監督は、選手に対してフランス式の圧の強い接し方をしていた。そうなると、元々個人の意見を表明するのに同調圧力のある日本人選手は、ますます何も言えなくなる。欧州生活が長く、日本人としては自己主張の強い本田は、それを「服従」と捉えたのかもしれない。

 ただ、わざわざ「服従」という強い言葉をチョイスしたところに、本田も日本人なのだと感じた。監督の意向と少し違ったプレーをすることへの心理的なハードルの高さ、その裏返しが「服従」というあまり穏当でない言葉になったのではないか。

 コメントの冒頭で「悔いはないです」と言っているので、本田はW杯メンバーに選出されないことも予想していたのだろう。それでも、自分が正しいと思ったことにトライしないよりはマシで、やらないほうが「恥ずかしい」。しかし結果的にチームを好転させられなかったのだから選外も仕方なく、その点に「悔いはない」と言っているわけだ。


ラモス瑠偉とオフト監督の対立と妥協

 日本代表をハンス・オフト監督が率いていた時(1992〜93年)、ラモス瑠偉とサッカー観の対立があった。オフト監督は雑誌に批判的なコメントが載ったことでラモスを呼び出して話し合い、両者は歩み寄っている。選手を招集する立場のオフト監督に強く出られれば、ラモスは矛を収めるしかない。

 一方、オフト監督もラモスを不可欠な存在と考えていた。協調しなければ日本をW杯に連れて行けないことは、どちらも分かっていた。サッカー観の溝が埋まったわけではないが、その後は互いの妥協と黙認によってチームは進んでいる。

 ハリルホジッチ前監督と本田も協調できたと思う。しかしラモスのケースと違って、監督にとって本田はおそらくそこまで重要な選手ではなかった。レギュラーポジションが確約された存在ではなかった。とはいえ、影響力の大きなベテランには違いなく、あまりに意見が違うなら本田が外されても不思議ではない。

 本田は素晴らしい選手だが、彼のためにチームがあるわけではないからだ。各国のW杯メンバーから大物が落選するのは毎度のことで、ロマーリオ(ブラジル)もガスコイン(イングランド)もカントナ(フランス)も、三浦知良も中村俊輔(いずれも日本)も外れている。

 監督と選手の意見の衝突は、ある意味サッカーにはつきもので、ハリルホジッチ前監督と本田のケースはさほど深刻でもなかったと思う。W杯までに修復できたか決裂したのかは、もう分からないけれども……。


(西部謙司 / Kenji Nishibe)