猪塚健太「オーディションでは服を全部脱いで挑んだ」――舞台『娼年』に賭ける思い
舞台では異例のR-15指定。乱交パーティでの一晩を描く『愛の渦』を手がけた、三浦大輔氏の演出。主演の松坂桃李が娼夫役に挑戦――そんなセンセーショナルな内容で話題を呼んでいる舞台『娼年』に、猪塚健太が出演する。松坂演じる森中 領(リョウ)の先輩であり、人気No.1娼夫の平戸 東(アズマ)役をオーディションで射止めた。「役者としての意識が変わる気がする」と話す猪塚の背中には、この作品に体当たりで挑む“覚悟”がみなぎっていた。

撮影/すずき大すけ 取材・文/江尻亜由子
ヘアメイク/中元美佳(GFA)

気合十分で臨んだオーディション会場で…



――ただいま絶賛稽古中ですよね(※取材を行ったのは7月末)。

稽古が始まる前は、未知な部分が多くて「どうなるんだろう…?」と思っていたんですが、稽古が始まって安心しました。

――安心…?

稽古をやることで具現化して、見えてきた部分が大きいので。ひとまず安心して、ここからどうやって構築していくかっていうところです。

――今回の役はオーディションで決まったと伺いました。

お話をいただくまで、原作を読んだことがなかったんですけど、読んでみたらとっても面白かった。そして、これを三浦(大輔)さんの演出でできるということを考えると、「もう絶対にやりたい!!」と思いました。

――挑戦しがいのある役柄ですよね。

自分にとってもチャレンジというか、今までにやったことがない役だったので、そういう意味でもいいキッカケになるなと思って。何としてでも受かりたいと、気合十分でオーディションに臨みました。

――オーディションでは、実際にどこかのシーンを演じたんですか?

はい、リョウとアズマが絡むシーンをやりました。

――服を全部脱いで挑まれたそうで…。

あはは。そうなんです。ふたりが絡むシーンだったので。ただ、周りに女性の方もいらっしゃったので、さすがにパンツまでは脱ぎませんでしたけど(笑)。どこまでやっていいのかわからなくてすごく迷ったんですが、でも、受けるからには絶対に受かりたいし、やらないで後悔するより、やって止められようと思いました。

――そこまでやったことで、手応えは感じました?

三浦さんがどう思ったかはわからないですけど、自分の中ではやり切ったという気持ちではありました。でも、そこからしばらく連絡がなかったんですよ。

――えっ、そうだったんですか。

オーディションを受けてから決まるまでに2〜3ヶ月あったのかな…? そのあいだずっと、ふわふわしてる状態で。「ダメだったんだ…」って落ち込んだり、「まだ希望はある」って持ち直したり、オーディションのことを考え出すと、いろんなことが手につかなくなる、みたいな。だからこうずっと…僕の心はもてあそばれていました(笑)。

――結果が気になって、落ち着きませんよね…(笑)。

マネージャーさんにも何度も確認しました。「いつ出るんですか」「もうすぐ出る」「まだですか」「もう出るよ」って……。やっと「決まりました」って聞いたときは、もう無茶苦茶うれしかったです。待ったかいがあったなと。ただ、けっこう前に受けたオーディションだったので、もう一回、役を作り直さなくちゃと思って原作を…

――もう一回読み返したんですか?

原作は何回も読んでいます。というか毎日持ち歩いてて、今もカバンに入っていますよ。台本を読みながら「アズマはどういう気持ちになるかな」って考えるときに、原作を読み返すんです。ヒントがたくさん散らばっているから。



他人の欲望を受け止める“娼夫” どう演じる?



――原作、そして台本を読まれて、作品全体にどういう印象を抱きましたか?

人間が誰しも持っているコンプレックスや欲望を、娼夫と交わっていくなかで解消していくというお話ですが、人に見られたくないことや知られたくないことって、みんな絶対あると思うんですよ。僕もそう。いろんなコンプレックスを抱えてますから。

――そういった部分を、娼夫に対してはさらけ出してしまう…。娼夫へのイメージというのは、おそらく、この作品に触れるまで具体的に考えたことはなかったと思うんですけど。

イメージは……まったくなかったですね。原作を読んでいるうちに、ステキな職業だなぁと思うようになりました。

――ある意味、人助けというか。

そうそう。他人のコンプレックスを受け止めて、幸せにすることができる。それと同時に、自分も成長できるっていう。もちろん実際はそんなに甘いものではないと思いますけどね。

――猪塚さんが演じるアズマは、ボーイズクラブで人気No.1の娼夫ですが、どういうキャラクターだと捉えていますか?

アズマは特殊な性癖を持っています。言ってしまえば究極のコンプレックスというか…心の障害というか…。

――痛みでしか快感を得ることができないんですよね。

はい。きっと本人は昔から、周りに理解されないことをずっと悩んできたんだろうと思います。それでもオーナーの御堂(高岡早紀)さんに出会い、娼夫という仕事に出会い、コンプレックスを“強み”に変えることができた。自分を受け入れてくれる人がいると知って、自分の欲望もさらけ出していいんだと思えるようになったという。

――…難しい役ですよね。

難しいですね。アズマの気持ち、わかりたいけど、わからないですから。全部想像でやるしかないんです。

――役作りって、どういうふうに進めていくんですか? とにかく自分で想像して…?

「たぶん一度は女性とつきあってみたりして、がんばったんだろうな」とか「やっぱり受け入れてもらえずに、悩んだり苦しんだりしたのかな」とか、想像をふくらませながら、ですね。

――三浦さんから「こういうふうに演じて欲しい」みたいなお話はあったんですか?

アズマは男性にも女性にも尽くす、ちょっとフェミニンなイメージということでした。でも、三浦さんの指示通りにやるというより、僕が提示したものに対して「もっとこうしたほうがいいよ」って言ってくださるんです。そこはありがたいですね。

――役者さんのアイディアを大事にされるんですね。

作品にもよると思うんですけど、今回はオーディション段階からそういうことを言ってくださいましたね。もちろん三浦さんがイメージしているものはあると思うんですけど、それを押し付けるんじゃなくて、役者が作り上げたものに真摯に向き合ってくれるというか。

――なるほど。

台本についても「セリフはこう書いてあるけど、自分の作ってきた役に合うように語尾も変えていいです」って。演じるほうからすると、すごくありがたいことなんです。プレッシャーもありますが、そのぶん、やりがいも感じますね。



松坂桃李にベタ惚れ?「一緒にいてすごくラク」



――ビジュアル撮影に向けて、ダイエットをされたそうですね。

原作のアズマって、少年のような、細くて白くて…っていうイメージで。だけど僕、当時出演していた作品の関係で筋肉をめちゃくちゃ鍛えていたので、ガタイがよくて、原作のイメージからだいぶかけ離れていたんですよ。

――だから原作のイメージにできるだけ近づけようと…?

はい。やっぱり、原作を読んでいる方にも受け入れてもらいたいので。筋肉を落とすために筋トレをやめて、体重を落とすために炭水化物を抜いています。現在も継続中です。

――このハードな稽古中に…! 猪塚さん、パスタが大好物なんですよね。

そうなんです!(泣)今まで僕、本番前は必ずパスタを食べるようにしていたんですけど、今回はやめたほうがいいのか、ジンクスを守り続けるのか、そこが悩みどころです…。

――松坂(桃李)さんは、本番前に食べるものとして、バナナを強く推されていました。

あ、聞きました。万能なんですってね、バナナは。桃李と一緒にバナナ食べようかなぁ(笑)。

――松坂さんとは初共演ですよね。どんな印象ですか?

すごく…すごくいいですね。人としても、もちろん芝居も。桃李がやる役ってすごく難しいと思うんです。いろんな女性と深く絡まなければいけないし、絡む相手が多いぶん、下手するとどこかでギクシャクしてしまう可能性もある。だけど、そういうことがまったくないんです。なんだろう、桃李が醸し出す空気がそうさせるんだと思うんですけど…。

――誰に対してもフラットなリョウと、実際の松坂さんの雰囲気が近いんですかね?

めちゃくちゃ近いです。リョウとしての立ち居振る舞い、動きができているから、本当にスゴいなぁと思って…。それに、座長として現場の環境作り。たぶん、本人は相当がんばっているんじゃないかなと思うんですけど、共演者みんなとうまくコミュニケーションを取っているんですよね。だから濃厚なシーンでも、相手役のみなさんが自然に役に入りこめるんだと思います。

――なるほど。

桃李は一緒にいてすごくラク。これは僕が勝手に言ってることですけど(笑)、なんだかちょっと、空気が自分と似ている気がするんですよね。

――こうしてお話していると確かに、やわらかい空気感が共通しているように感じますが、猪塚さんご自身では、どういうところが似ていると思いますか?

桃李といろいろ話しているうちに、共通点が見つかったんですよ。3兄弟で姉と妹にはさまれているとか、ひとりが好きで、プライベートでは家にこもってマンガを読んでるタイプだけど、現場では周囲を気にしながら常にアンテナを張っているところとか。でも、周りに気を使っているふうに見せないのが、桃李のスゴいところ。とてもいいバランス感覚を持ってるんですよね。



――御堂静香役の高岡さんへの印象はいかがですか?

高岡さんはとっても優しい方。いつも笑顔で話しかけてくれます。それに加えてセクシーで、色っぽくて……。「何でもずばずば言っちゃうの〜」って自分でも言ってらして、天真爛漫な感じですけど、すごく頼りになる女性です。桃李とは違った視点から、みんなのことをすごくよく見てくださっています。

――それは心強い存在ですね!

このあいだも、桃李や女性陣と何人かで話していたとき、女性らしい仕草や男性への接し方なんかでわからないことがあれば、高岡さんに教えてもらおうって結論になりました(笑)。

――物語の中ではリョウと静香の恋愛も描かれますが、猪塚さんご自身としては、ひと回り年上の女性は恋愛対象ですか?

僕自身が、ですか? もちろん、全然。むしろお願いします!って感じです(笑)。

――(笑)。どういうところに惹かれて…?

やっぱり、大人の余裕ですよね。

――それ、松坂さんと同じ答えです。

そうなんですか(笑)。もともと年の差について意識したことはなかったんですけど、この作品に触れているうちに自然と、年上の女性の魅力について考えるようになりましたね。