元祖オークス男
嶋田功が語る「牝馬の世界」(前編)

春のGI戦線は、これから牝馬の戦いが続く。古馬GIのヴィクトリアマイル(5月18日/東京・芝1600m)、そして牝馬クラシックのオークス(5月25日/東京・芝2400m)である。さらに、6月1日に開催される日本ダービーにもレッドリヴェール(牝3歳)が参戦。牝馬たちの奮闘から目が離せない。そこで、現役時代にオークスを5勝し、「牝馬の嶋田」と称された元騎手であり、元調教師でもある嶋田功氏に、牝馬の特徴と牝馬レースの醍醐味について話を聞いた。まず前編の今回は、2007年のダービーを制したウオッカをはじめ、ここ数年"女傑"と言われる名牝が次々に登場している理由を分析してもらい、ヴィクトリアマイルにおける注目馬を教えてもらった。

―― 2007年のダービーを制したウオッカをはじめ、ダイワスカーレット、ブエナビスタ、ジェンティルドンナなど、近年は牡馬混合のGI戦でも優勝する名牝がどんどん出てきています。なぜ今、強い牝馬が続々と出てきているのでしょうか。

嶋田 まず言えるのは、今は日本の競走馬全体のレベルが、昔とは比べものにならないほど上がっているということ。特に最近は、社台グループを中心とした大手の競走馬がほとんどで、血統的な裏付けがしっかりしている。馬体もいい馬ばかり。加えて、今は育成段階から、トレーニングや飼い葉においても、馬それぞれに合わせている。そうやって育ってきたハイレベルな馬たちの中から、たまたま強い牝馬が出てきた、ということだと思う。

―― それにしても、ウオッカのダービー制覇は64年ぶりですし、2008年に有馬記念を勝ったダイワスカーレットは37年ぶりの快挙でした。さらに、過去5年のジャパンカップの勝ち馬は、2010年のローズキングダム(1着入線のブエナビスタが進路妨害で2着降着)を除けば、残り4回は牝馬が勝っています(2009年=ウオッカ、2011年=ブエナビスタ、2012年、2013年=ジェンティルドンナ)。過去にこんな例はありません。

嶋田 昔だって、トウメイ(1971年の天皇賞・秋、有馬記念優勝)とか、牡馬相手に大レースを勝つ馬がいた。そういう意味では、昔と比べて、今の牝馬が特別に強くなったとは思っていない。今も昔も、牡馬、牝馬が産まれる確率は半々なのだから、その中から強い馬が出る確率は変わらないと思うよ。

―― 例えば、かつては牡馬と牝馬では調教や育て方が違ったけれども、最近は調教のレベルも上がって、牡馬も牝馬も同じようなトレーニングができるようになり、"牝馬が強くなった"ということはないですか。

嶋田 確かに調教技術は昔よりも間違いなく上がっている。でも、それによって牝馬が活躍するようになった、ということもない。私が調教師のときもそうだったけど、調教は馬の個性に合わせてやるもの。牝馬だから、牡馬だから、という違いはない。第一、昔も調教では牡馬顔負けの牝馬がいたし、例えばテンモン(1981年のオークス馬)なんか、調教をやればやるだけ動いた。レースでも走ったけど、調教で牡馬と併せても、見劣りしなかったよ。

 そうは言っても、関係者の意識が変わってきた、ことが(強い牝馬が続出している)ひとつの要因になっている可能性はある。というのは、昔に比べると"無駄使い"をしなくなった。つまり、どの厩舎もある程度早い段階で馬の特性や能力を見極めて、どこのレースを使うのか、しっかりと狙いを定めている。そのため、早々に牡馬とやっても互角に戦えるとわかれば、目標のレースに向けてしっかり仕上げるようになってきた。そうやって入念な準備するようになったから、牡馬一線級相手にも結果を出せる牝馬が増えてきているのかもしれないね。

―― 牝馬は体調管理が難しいと聞きます。その辺で楽になったことはありませんか。

嶋田 それはあるだろうね。例えば、フケ(牝馬の発情)。今はホルモン剤の入った注射を打って、コントロールできるようになった。おかげで、年間を通して、安定した力が出せるようになった、というのはあると思う。

―― そうした要因があって、ウオッカなど、牡馬一線級相手でも勝てる馬が増えてきたわけですね。

嶋田 それもあるだろうけど、ウオッカの場合は、先天的な能力が他の馬とは違っていたんだろうね。個人的な意見だけれども、この(血統)配合(父タニノギムレット、母タニノシスター)を決めた生産者、そして生産した牧場がすごいと思う。馬産というのは時間もお金もかかるものだけど、手間ひまと資金をかけたからこそ、ウオッカのような馬が誕生したんだと思う。現代にはそういう環境があって、他にもいい配合の馬がたくさんいる。それが、牝馬として誕生すれば、その馬が牡馬相手に結果を出しても不思議はないんじゃないかな。

―― 嶋田さんが騎乗された馬の中で、牡馬相手にも互角に戦えた馬はいましたか。

嶋田 さっき名前を挙げた、テンモンかな。オークスのあと、残念ながら"エビ(屈腱炎の通称)"になって引退してしまったけど、無事だったら、古馬になってからも牡馬と互角に戦えたと思う。天皇賞や有馬記念でも、いい勝負ができたんじゃないかな。実際、朝日杯3歳S(現朝日杯フューチュリティS)や京成杯では、牡馬相手に勝っているしね。特に朝日杯では豪快な差し切り勝ちを決めて、「これは、ちょっとモノが違うな」と思ったもんだよ。

―― ところで、嶋田さんが牝馬に騎乗するうえで、気を使っていたことはありましたか。

嶋田 牡馬も含めてだけど、馬も人間と一緒で、一頭一頭、違った個性がある。だから、馬の個性をつかんで、それに合わせた調教をしたり、個性に合ったレースを選んだりするのが、その馬に関わる人間の仕事。それは、牡馬も牝馬も一緒で、同じように気を使っていた。

 馬を扱ううえでは、普段から自由の中にも厳しさを持って接していた。たとえ普段はわがままな馬でも、それをレースに出させないようにしていた。もちろん、あまりしつこく叱ってばかりいると気持ちが萎えてしまう馬もいたから、その辺の扱いには気を使ったよ。要は、レースで全能力を引き出せればいいわけ。そのために必要なことを、牡馬、牝馬にかかわらず、一頭一頭に注いでいった。

 まあでも、牡馬と比べたら、牝馬のほうが芯の強さがある馬が多かったかな。例えば、トウコウエルザ。1974年のオークスの勝ち馬なんだけど、その精神力には感服させられたよ。最後の直線で苦しくなっても、なお頑張ってもうひと伸びしてくれた。あの勝負根性は素晴らしかったね。

―― さて、5月18日にはヴィクトリアマイルが開催されます。嶋田さんが注目している馬を教えてください。

嶋田 ホエールキャプチャ(牝6歳)だね。牝馬特有の切れがあるし、どこからでも競馬ができる器用な脚もある。昨年はヴィルシーナに競り負けて(2着)、連覇は果たせなかったけれども、いまだその実力に衰えは感じられない。今年も勝つチャンスは十分にあると思う。

嶋田 功(しまだ・いさお)
1945年11月8日生まれ。北海道出身。初騎乗は1964年3月1日。1972年〜1974年にかけて、オークス3連覇の偉業を達成。その後も、1976年、1981年のオークスを制覇。オークス通算5勝を含め、牝馬限定GI通算7勝を挙げて、「牝馬の嶋田」「オークス男」などの異名をとった。また、ハイセイコーを退けてダービー(1973年)制覇を果たしたタケホープの鞍上としても知られる。1988年、騎手引退して翌年からは調教師として活躍。アクアビット(1989年ニュージーランドT)やワカタイショウ(1990年中山大障害・秋)などの重賞勝ち馬を育てたが、2012年に定年を待たずに勇退した。

text by Sportiva