愛子さま以外に「天皇の名代」は務まらない…秋篠宮夫妻ではなく愛子さまがシンガポール単独訪問をするワケ

■天皇の名代としてのパートナーシップ
愛子内親王が11月にシンガポールを訪問する方向で調整が進められている。
単独での海外訪問は昨年のラオスに次いで2度目になる。今回の訪問には、愛子内親王が天皇の「名代」として、皇室外交においてますます重要な役割を果たしつつあることが示されている。
シンガポール訪問の布石はすでに打たれていた。
愛子内親王は昨年の5月、大阪で開かれた万国博を視察に訪れた際、シンガポール館にも立ち寄っていた。そこにはタッチパネルで夢を描くコーナーがあり、愛子内親王は「世界平和」と記し、「夢が叶いますように」と語っていた。すでにこの時点で、シンガポールを訪れることが検討されていたに違いない。
天皇や皇族が、皇室外交ということで海外の諸国を公式に訪問する際、外交関係を樹立した記念の年が選ばれることが多い。ラオスの場合も、外交関係樹立70周年を記念する形で愛子内親王は招待されている。
ただ、最近の皇室外交においては、たんに日本と訪問国との友好関係を再確認し、それを強化するだけにはとどまらないものになっている。
それに関連するのが、近年外交の世界で言われる「戦略的パートナーシップ」である。これは、東西の冷戦が終焉を迎えてから盛んに言われるようになってきた。
■冷戦後外交は同盟から戦略的連携へ
冷戦が続いていた時代には、西の自由主義、資本主義の国々と、東の社会主義、共産主義の国々とは対立関係にあった。西の中心にはアメリカ合衆国があり、東の中心には今は存在しないソビエト連邦があった。
その時代、西側の国々も東側の国々も、その内部において、軍事的な協力関係を含む「同盟」を結び、結束を固めていた。それが西側のNATO(北大西洋条約機構)であり、東側のワルシャワ条約機構だった。現在では、NATOは存続しているものの、ワルシャワ条約機構のほうは消滅している。
冷戦構造が崩れることで、同じ陣営に属する国同士が同盟を結ぶのではなく、戦略的パートナーシップを結ぶようになってきた。こちらは同盟に比べて縛りは弱い。それでも、最近の複雑化する世界情勢のなかで、どの国と戦略的パートナーシップを結ぶかは、かなり重要なことになってきた。
皇室は本来、そうした生々しい外交とは無縁のはずで、下手をすれば、「皇室の政治利用」として問題視される。
しかし、日本政府はかなり巧みな戦略で臨んでおり、それが愛子内親王の重要性を増す方向に作用しているのである。
■「1カ月ルール」を破った「天皇特例会見」
2009年には、天皇の政治利用が大きな問題になった。
この年の12月15日、現在の上皇が天皇であった時代に、来日した当時の習近平国家副主席と会見したときのことである。その後、習氏は国家主席に就任し、現在でもその地位にある。
この会見がなぜ問題になったのかといえば、天皇と外国の要人が会見する際には、最低1カ月前までに申し入れるという「1カ月ルール」が慣習として確立されていたからである。
ところが、中国側から正式に習副主席の訪日日程を伝達してきたのは11月23日のことだった。それが1カ月ルールに反することは明らかで、26日に外務省から要請を受けた宮内庁は翌27日、それを拒否した。
政府もいったんは、天皇は健康がすぐれず、会見には応じられないと中国側に会見を断った。しかし、この時代に政権を担っていた民主党の鳩山由紀夫首相や小沢一郎党幹事長が、なんとしても会見を実現させようと奔走し、結局は会見が実現した。
この事態が進行中の12月11日、羽毛田(はけた)信吾宮内庁長官は、記者会見で「政治的利用じゃないかといわれれば、そうかなという気もする」「国の間に懸案があったら陛下を打開役にということになったら、憲法上の陛下のありようから大きく狂ってしまう」「心苦しい思いで陛下にお願いした。こういったことは二度とあってほしくないというのが私の切なる願いだ」などと苦言を呈した。
■オリンピック招致活動でも問われた政治利用
これは、いわゆる「政権交代」によって民主党政権が誕生して間もない時期のことで、各方面から天皇の政治利用ではないかという批判が巻き起こった。
しかし、民主党政権が瓦解した後、自公政権の下でも、皇族の政治利用ではないかという出来事が起こった。
それは2013年のことで、国際オリンピック委員会(IOC)総会において行われた高円宮の久子妃のプレゼンテーションが問題になった。これについて、羽毛田長官やその後任となった風岡(かざおか)典之長官は、「皇族は勝敗を伴うような争いごとの場に立つべきではない」「政治的に利用される懸念がある」と反対の姿勢を示した。
ただ、諸外国では王室がオリンピックの招致活動に参加するのは一般的で、オリンピック自体平和の祭典としての意味を持つ。久子妃も、プレゼンテーションにおいて、東日本大震災に対する各国の支援に感謝する内容に徹し、直接招致を呼び掛けなかった。
それでも、久子妃のプレゼンテーションは絶大な威力を発揮し、それが招致に結びつく一因になった。それだけ皇族の力は相当に大きく、当然それは愛子内親王についてもいえることで、またそれが強く期待されているのである。

■愛子さまのラオス訪問が示す外交の真義
愛子内親王がラオスを訪問したのは、2025年11月である。
その年の1月、日本とラオスは外交樹立70周年ということを機に、従来の戦略的パートナーシップを、より緊密な「包括的・戦略的パートナーシップ」へ格上げしている。
二国間のパートナーシップと言ったとき、それは、特定の分野での協力を目的とした「パートナーシップ」から始まる。次が「包括的パートナーシップ」で、それは経済、文化、技術などの協力分野を多角的に広げた段階を意味する。
その次が「戦略的パートナーシップ」で、政治や安全保障分野での協調が強化され、地域や国際社会の課題に対し共通のアプローチをとる段階を意味する。
そして、「包括的・戦略的パートナーシップ」になると、政治、安全保障、経済、軍事など、全方位において最も緊密な協力を展開することになる。これが最高位の段階になる。
つまり、日本とラオスが最も緊密な協力関係を結んだ後に、愛子内親王が現地を訪問したわけである。
もちろん、愛子内親王がラオスでの晩餐会におけるスピーチで“格上げ”について言及したわけではない。ただ、手首に糸を巻く「パーシー」という儀式を体験しており、それは日本とラオスとの友好関係が強いものであることを強調する形になった。
■「戦略的」な皇室外交の内外への影響
愛子内親王の訪問の背景に、パートナーシップの格上げという外交上の戦略が潜んでいることは否定できない。ただしそれを、日本やラオスが愛子内親王の訪問と結びつけたら、それは政治利用として必ずや問題視される。
しかし、訪問はあくまで外交関係樹立70周年の記念という形をとっており、そこに政治性が見いだされ、批判の対象になることはまったくなかった。
これは随分と賢いやり方である。
外交関係の記念の年にパートナーシップの格上げを行い、両国の関係をより緊密にした上で、天皇や皇族がその国を訪れる。それによって、パートナーシップの強化が目に見える形で表現される。
それは、皇室外交を、これまで以上に重要なものとすることに貢献している。
しかも、今年の内親王単独によるシンガポール訪問は、「愛子天皇」待望論をさらに高めることになるかもしれないのである。
■外交樹立60周年を迎えたシンガポール
愛子内親王が訪れるであろうシンガポールは、天然資源が乏しい小国でありながら、巧みな経済戦略によって東南アジアの物流や金融の拠点であるハブとして急速に発展し、日本にとっても極めて重要な国である。

そのため、外交樹立60周年を迎えた今年3月、戦略的パートナーシップへの格上げが行われている。ラオスとは段階が異なるが、記念の年に格上げというのは同じである。
それによって、先端技術やエネルギー、サプライチェーンでの連携などで両国は協力することになり、官民・企業間の連携強化などは多方面にわたることになる。
戦後、シンガポールを皇族が初めて訪れたのは1970年のことで、現在の上皇が皇太子の時代に夫婦での訪問だった。シンガポールの独立が1965年のことだったので、友好関係を確立するには重要な時期であった。
その後、2006年には外交関係樹立40周年ということで、当時の天皇夫妻(現・上皇夫妻)がシンガポールを訪れている。50周年の際には、今度はシンガポールの大統領夫妻が国賓として日本を訪れている。
■「愛子天皇」待望論が共有されるワケ
本来なら、今回も今上天皇夫妻がシンガポールを訪れても不思議ではない。
だが、夫妻は6月に外交関係樹立160周年ということで、オランダとベルギーを国賓として訪れることになっている。そのために、愛子内親王がシンガポールを単独で訪問することになったのであろう。
果たしてこうしたときに愛子内親王以外に、天皇の名代を務められる皇族は存在するのだろうか。
第一の候補は秋篠宮夫妻ということになるが、そうなると、シンガポール側としても、関係が緊密になったにもかかわらず、軽視されたと感じるであろう。秋篠宮は皇嗣(こうし)であり、海外から見た場合、その立場はいささか曖昧である。そこが外交の難しいところである。
その点で、天皇夫妻の愛娘(まなむすめ)である愛子内親王は天皇の名代としてうってつけである。何より、愛子内親王は年齢が若く、両国の関係の「未来」を感じさせる。その分、責任は相当に重い。そして、シンガポールでの注目度もかなりのものになることが予想される。
おそらく、シンガポールでも、「愛子天皇」待望論が日本で高まっていることが報道されるであろう。
その立ち居振る舞いに接したシンガポールの人々は、その理由を納得するに違いない。それが日本にどういった反響をもたらすのか、大いに注目されるところである。
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島田 裕巳(しまだ・ひろみ)
宗教学者、作家
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。
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(宗教学者、作家 島田 裕巳)
