「若いときは、地元の市場や道の駅なんてまったく興味がなかったのに、今となってはまるでテーマパーク。旅の楽しみも、年齢とともに変わっていくのだと実感しているところです」(撮影:本社・武田裕介)

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家事や仕事、介護に追われ、気分転換に動画やSNSを見るという人も多いのでは。作家の中島京子さんは、スマホから離れて「ただぼんやりと、何をするでもなく過ごす」時間が大切だと感じ、旅に出ることにしました。ほんの数時間の散歩でも心が浄化されるといいます(構成:内山靖子)

【写真】小湊鉄道に乗って、千葉県市原市にある湖畔美術館へ

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<前編よりつづく>

煮詰まった心をリフレッシュ

振り返ってみれば、独身生活を謳歌していた若い頃は、頻繁にひとり旅に出かけていました。

うちの父は人混みが大嫌いだったので、子どもの頃に家族で旅行に出かけた思い出は皆無に等しいのですが(笑)、就職して自由に使えるお金ができてからは、休みがとれるたびに、香港、タイ、台湾などにひとりでちょくちょく出かけるように。

フランスに住んでいる姉と現地で落ち合って、ヨーロッパのあちこちを一緒に旅することもよくありました。

とはいえ、数年前から、93歳になった母と夫と3人で暮らしているので、今はなかなかひとりになれる時間がありません。幸い、母は要介護の状態ではないものの、自分の母を夫に任せきりにするのも気が引けて、夜は滅多に出かけなくなりました。

長期の海外旅行も控えています。おまけに、夫も私と同業の物書きなので、一日中家にいることが多いんですね。

夫や母と、決して仲が悪いわけではありません。私が仕事で家を空けるとき、夫が母の様子を見てくれていることも、とてもありがたいと思っています。それでも毎日3人で顔を突き合わせて過ごしていると、なんだか煮詰まってしまって……。

それであるとき、ひとりで車を運転し、日帰りで軽井沢まで出かけたんですよ。そうしたら、「ああ、ひとりになれた」とほっとして。「私、今、ひとりでお茶飲んでる」と嬉しくなっちゃいました。そこで、ふっとひと息つけたおかげで、再び日常に戻ることができたのです。


のどかな田園風景の中、風を感じるトロッコ列車でローカル線の旅を満喫(写真提供:中島さん)

ひとり旅のいいところは、なんでもマイペースで楽しめること。相手がいると、旅先で行きたい場所が違ったり、食事の予算が合わないこともあるでしょう。

シニアになれば、同年代でも人によって体力に差が出てきます。観光名所をガンガン回りたい人もいれば、ゆっくり楽しみたい人もいるので、お互いの希望をすり合わせるのが難しい。

その点、ひとり旅なら自分が食べたいものを食べ、途中で疲れたら、誰にも気兼ねなく休むことができますからね。

ただ、旅先では予期せぬアクシデントに見舞われることもあるでしょう。行きたかった美術館が臨時休館していたり、フラッと入った食べ物屋さんで出されたものが美味しくなかったとか。

若いときなら、そんな経験も旅の醍醐味と感じられたのですが、年齢を重ねたら、旅先での失敗をなんだかみじめに感じるようになってしまって(笑)。以前、ひとりで地元の小料理屋さんに入ったときに、「女がひとりで?」と険に扱われてしまったことがあったのです。

それ以来、泊まりがけで遠方に出かけるときは、誰かと一緒のほうがいいかもしれないと思うようになりました。

ちなみに私の場合、どこに出かけても絶対にはずせないのは、「道の駅」。旅先で「道の駅」に行き倒し(笑)、「この大根、美味しそう! しかも安いし〜」と、その土地ならではの新鮮な野菜を背中のリュックに詰め込んで、地元のおばちゃんたちが手作りした漬物や佃煮などをあれこれ見て回るのが至福の時間。

若いときは、地元の市場や道の駅なんてまったく興味がなかったのに、今となってはまるでテーマパーク。旅の楽しみも、年齢とともに変わっていくのだと実感しているところです。


一番ぼーっとできるのは乗り物に乗っているとき。「車窓から外を眺めているだけで幸せな気分になれます」(写真提供:中島さん)

自分も家族も幸せに過ごすために

私と同世代の友人や知人を見ても、家事や仕事はもちろんのこと、老親の介護や孫の世話などで忙しく、「旅なんかしている暇はない」という方も多いように感じます。最近のシニアにとって、楽隠居なんて夢のまた夢(笑)。ですが、日々の生活に追われて忙しい人ほど、ぼーっとできる時間を作ったほうがいい。

とくに、親の介護を背負っている方は、何かとつらいことの多い日常から離れられる時間を確保してはいかがでしょう。

亡くなった父も認知症を患っていましたが、認知症の親に何度も同じことを聞かれるだけで、どんどんストレスが溜まっていきます。長年、そんな相手のお世話を続けていたら、介護をしている側のほうが倒れてしまう。

とはいえ、「自分が家を離れている間に、何かあったら大変」と不安に感じる方もいるかもしれません。私も90代の母と同居しているので、万が一のことがあったときに「やっぱり、そばにいてあげればよかった」と、後悔してしまう気持ちもよくわかります。

けれど、ずっとそばで見ていれば安心とは限りません。一瞬目を離した隙に、何かにつまずいて転倒し、足を骨折してしまうこともある。

介護はいつまで続くかわかりません。5年、10年と家に閉じこもって介護をしているうちに、自分の足腰も弱ってしまい、ようやく介護から解放されたときにはもはや旅なんて楽しめない体になっている可能性も十分にある。

長丁場だからこそ、「何かあったら、そのときはそのとき」と割り切って、自分のストレスを解放する旅に出かけたほうが、煮詰まらずに続けられるのではないかと思います。

夫がリタイアした家庭では、妻が家を空けると「俺の昼飯は?」なんて文句を言うけしからん輩もいると聞きますが(笑)、もはや時代は令和ですからね。たとえば、「毎月第1金曜日は丸一日外出します」と宣言し、その日は夫に自立してもらいましょう。

それで日帰り旅に出かけて、日々の生活で溜め込んだストレスを発散し、スッキリした笑顔で帰宅すれば、自分も家族もハッピーになれるはず。道の駅で買ってきた美味しい佃煮を晩酌のつまみにでも出せば、夫もまんざらではない気分になってくれるかもしれません。