ICボイスレコーダーに残された「おぞましい肉声」(イメージ)

写真拡大

【全3回の第3回】

 31年前の4月26日深夜から27日未明に看護師を殺害した容疑で逮捕されたものの不起訴で釈放された男が、その約10年後に勤務先の社長を殺害した容疑で逮捕された――2006年3月17日、兵庫県三田市で起きた、生コン会社役員による社長殺人事件。現場には殺害の生々しい音声が録音されたICレコーダーが残されていた。なぜそんなものがあったのか? 何が記録されていたのか。【森功/ノンフィクション・ライター】

(以下、「新潮45」2007年8月号をもとに加筆・修正しました。年齢などは執筆時のものです)

 ***

【写真を見る】焼却炉から「超高級下着」が… 犯人の家宅捜索で見つかった「驚きの証拠品」

〈第1回、第2回では、Aが「京都主婦首なし殺人」で逮捕されるも、その後不起訴になった経緯、生コン会社社長殺人事件で現在も解決されていない「最大の謎」などについて報じた。改めてこの事件のあらましについて振り返る〉

ICボイスレコーダーに残された「おぞましい肉声」(イメージ)

 事件の被害者は兵庫県三田市東本庄にある「新生コンクリート工業」のB社長(42歳、年齢は事件当時)。いわゆる生コン会社の社長だ。同社は市の中心部から車で20分ほど離れた国道176号線沿いにあり、事件はそこで起きた。

 この日の午後9時、B社長は新生コンクリートの役員だったAに呼び出された。二人は事務所で口論になり、社長が飛び出すように部屋を出た。Aがその後を追う。国道付近でB社長をスタンガンで襲った。それでも社長は必死で逃げようと国道を渡る。Aが向かいの竹やぶあたりで追いつき、ネクタイを使って絞殺した。

 殺害現場に、A以外の誰かがいたのは間違いない。それをはっきり証明しているのが、現場に残されたICボイスレコーダーの記録である。

 その冒頭部分は第1回で触れた通りだが、以下のようなものだった。

〈助けてぇー〉〈わぁー、助けてぇー〉

 という男性の悲痛な声の後に、犬の鳴き声が。続いて

〈なあに、鳴いてんの? ほれっ、だいじょうぶ……。 ほうれ〉

 と犬をなだめる声が記録されている。

 その声の主、犬をなだめる中年女性はB社長の靴を2階事務所前に置いた人物とも思われる。

 くだんのボイスレコーダーは、B社長が上着ポケットに忍ばせていたものだ。 上着は、Aから逃げる途中で引き剥がされたようで、国道付近に落ちていた。その上着を拾った、事件の第一発見者となった社員がいる。会社の前を車で通りかかったとき、9時を過ぎているというのに事務所の明かりが煌々としている。B社長の乗用車も停車していた。不思議に思って立ち寄ったのだという。

「どないしょ。B、殺してもた」

〈もしもし。おい、Aのおっさんと、Bと何かやっとんのとちゃうか〉

 ボイスレコーダーには、第一発見者と会社の同僚との通話状況も記録されていた。録音が始まって21分後のこと。彼がB社長の上着を拾い上げて以降の様子が克明に残されている。すでにB社長は竹やぶの中で息絶えていた。

〈ぱっと見たら、Bの車が止まっとったんや。ほんで見たら、おまえ、Bの背広が道路に落ちとるしの〉

 と第一発見者が同僚に電話している。

〈で、事務所上がったら、誰もおれへんのや。(Aの)おっさんの車は裏に止まっとんや。ほんでおまえ、スタンガンも道路に落ちとったんや。おぉ〉

 そうして何人かの社員に電話をしていたかと思うと、突然会話がやむ。重い沈黙からこの男の緊張感が伝わってくる。

 ジャリ、ジャリ。

 暗がりを何者かが歩いて近づいてきた。男が月明かりに照らし出される。その顔は、紛れもなくAだった。

〈何しとったん? Bは?〉

 そう第一発見者が問いかけても、ハァー、ハァーと息を切らしているだけで、何も答えない。

〈いや、Bの車も止まってて、また何かごそごそしとんのかなと思って〉

 相変わらず、Aはハァー、ハァー息を切らし続けている。

〈で、これBのスーツや。あれ、何か落ちとら、思って〉

〈どないしょ……B……〉 (A)

 かすれた声で何かを発するA。

〈えぇ?〉(第一発見者)

〈どないしょ。B、殺してもた〉 (A)

 一瞬、絶句する第一発見者。

〈うそやん!〉(第一発見者)

〈つかまんの、かなんしのぉ(捕まるのは、かなわない)〉 (A)

口封じのために殺害か

 AがスタンガンでB社長を襲ってから第一発見者に出くわすまでの33分余り。当人は予想外の発見者の出現にうろたえたに違いない。自殺に見せかける偽装工作に失敗したのも、そのせいだろう。

 もっとも、第一発見者は、ボイスレコーダーに録音されていた女性の声の主とは遭遇していない。だが、07年2月に開かれた弁護側の最終弁輪において、検察官はこう指摘している。

「被告人が新生コンクリートの事務員に贈り物をするなど、好意を寄せていたと思われること、(中略)事務員が不正経理に関わっており、被害者もそれを知っていたため、被告人が口封じのために被害者を殺害した可能性が極めて大きいのではないか」

〈この事務員とは経理担当のC子のことである。事件前、新生コンクリートには4600万円の使途不明金が発生していた。むろん社長が私的に使った遊興費も皆無ではないが、ゴルフや飲食、営業上に不可欠な接待も少なくない。ところが、事件の前に行われていた集会では、使途不明金を全てB社長におっかぶせようとする動きがあった。会社の経理処理は、担当の女性事務員、C子が一手に握っていた。現実にはB社長とAの間では、C子の使い込み疑惑が最大の問題になっていたという〉

「そりゃ、わしだけやのうて、社員は皆、おばはん(C子のこと)一枚かんどんのとちゃうか思うてるよ。事件の晩その後も三田警察に呼ばれたけど、そのとき警察の人に、“事務員も事件に関係あんのとちがうんですか”と言うたもん。そしたら、“証拠がないとなぁ。本人は否定してるし”いう反応やったな」

 新生コンクリートの社員はそう打ち明ける。事件の背景にあった4600万円の使途不明金については、こう話す。

「経理操作の中身や使途の細目はもう分からん。まさにこれからそれを追及しようとしてたときに、Bが殺されてもうたんやから。おばはんは“私は社長から指示され、その通りやっていただけで、知りません”の一点張り。死人に口なしや。事件後、帳簿の断片が出てきたいう話もあったけど、“ない”言われたら、どないもならん。本人は300万を使うたんは認めたんやけど、“それはB社長からもろうた”と言い張るんや。ほんまに、おばはん、したたかや」

C子を直撃すると……

 実は、事件に新たな展開が見えかけたことがあった。渦中のC子が07年1月、三田署に逮捕されたのである。直接の容疑は50万円の児童扶養手当詐取。年収をごまかし、三田市から補助金をだまし取った疑いだが、むろん捜査当局の狙いは別にあった。B社長殺害事件の全容解明にほかならない。

 繰り返すまでもなく、事件は会社の不正経理が引き金になっており、2億5000万円もの経営者保険の加入も含め、それらに関わってきたのが、C子である。捜査当局も、間違いなくそうにらみ、最後の勝負をかけたのである。しかし、彼女は20日間に及ぶ勾留延長をされながら、その後、釈放された。

 複雑に絡み合い、混沌(こんとん)とする疑念と謎。それらについて、本人を直撃し、尋ねてみた。まずは不正経理についてだ。

「もし私に問題があればね、会社側から訴えられてると思うんですね。でも、そういう訴えもありません。私自身は社長の指示に従ってやってきたと思ってるのでね」

 会社への説明と同じ返答だ。会社に返済すべき300万円の横領疑惑については、こう釈明する。

「それは私が会社を辞める前にね、社長が使い込んだとなってる内容を警察にも説明しました。それで納得したかどうかは分かりませんけど、一応一通りの流れというのはお話ししてあります。それで疑問があれば、私はもっと呼ばれてると思うんですが、それもない」

 B社長殺害は不正経理の口封じではないか、という検察官の指摘やAとの男女関係について聞くと、こう答える。

「うわさは耳にしましたけど、そういうのはないんですね」

ボイスレコーダーに残された声は事件解明の決定打とはならず

 取材を迷惑がっているが、質問に対しては極めて冷静。 むしろ冗舌でさえある。そういえば、ボイスレコーダーに残っている中年女性の声とどことなく似ている。あの日、犯行現場にいたのではないか――。 ズバリそうぶつけてみた。

「警察でも言ったんですけどね。事件は次の日に知人から電話があって初めて知ったくらいです。えーって。警察でも事件当夜はどこにいましたか、と聞かれ、自宅におりましたと言いました」

 警察からボイスレコーダーの件について聞かれなかったか――

「そんな話、初めて聞きました。(レコーダーが)あったなんていう話も一切聞いてません。当日、私は子供と一緒で、元の旦那と電話で話をしてたんです。ほとんど毎日、子供おるんか、何か変わったことないかって感じで話をしていますから。あのときもそうでした」

 前記の通り、児童扶養手当の詐取容疑でC子を逮捕した三田警察署は、20日間も身柄を勾留した。むろんB社長殺害事件についても彼女は事情を聴かれ、担当検事からも尋問を受けている。しかし、問われた罪は50万円の補助金詐欺のみだ。思えば、Aが京都の事件で逮捕された時も、同じように20日間勾留されながら、否認を通し続け、釈放された「自供さえしなければ」というAの“教え”が彼女の中で生きたということか。

 声紋鑑定などが行われたはずだが、ボイスレコーダーに残された声は事件解明の決定打とはならなかった。

“プレゼントはこれから要りません。だから、お父さんを返してください”

 最終弁論ではB社長の未夫人による手記が読み上げられた。
 
「私たち遺族が今、どれだけつらく悲しい日々を過ごしているか想像できるでしょうか。(中略)子供たちは今、何を思っているのでしょう。小学5年生の息子は、昨年のクリスマス、サンタさんへの手紙に、“プレゼントはこれから要りません。だから、お父さんを返してください”と書いていました。中学1年の息子は“死んで、お父さんのところへ行きたい。お父さんと話がしたい”と言って泣いています。私は(そんな子供たちを)必死に抱いて、強く抱きしめることしかできないのです」

 彼女が現在の心境を吐露する。

「いまだ事件のことは子供たちには伝えていません。あまりにもショックが大きいですから。これまで私は検事さんに、彼の処刑を望む、と話してきました。 今もその気持ちは変わりません」

 初犯として裁かれたAの刑罰は懲役15年だった。

 ***

 第1回では、Aが「京都主婦首なし殺人」で逮捕されるも、その後不起訴になった経緯について報じている。

 また、第2回では、生コン会社社長殺人事件で現在も解決されていない「最大の謎」などについて報じている。

デイリー新潮編集部