【小森 俊司】なぜ「稲盛和夫」は”破格のJAL財政支援策”に乗らなかったのか…いま明かされる「JAL再建の真実」!

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世界の産業史にも刻まれるべき、経営破綻したJALの再建劇。しかしあれから15年近くの歳月が過ぎ、JALが倒産したこと自体、知らない若者たちが増えてきているという。近頃、その実話にスポットが当たることになった。稲盛和夫氏の側近として約30年、行動を共にしてきた大田嘉仁氏による著書『JALの奇跡』の一部を、編集を担当した致知出版社書籍編集部の小森俊司氏が紹介してくれた。

JALが倒産したことすら知らない世代

「えっ、JALって倒産したことがあるんですか? 初めて知りました……」

いま若い世代には、そんな人が増えてきているという。

無理もない。現在、JALは2025年の航空会社世界ランキング(「2025ワールド・エアライン・アワード」SKYTRAX社)で第9位に入り、就職サイトが行う女子学生の就職企業人気ランキングでも、よくトップ10入りを果たしている。

「経営の神様」と呼ばれた稲盛和夫氏が経営破綻した同社の再建に着手し、2年8か月という驚異的なスピードで再上場を果たしたのが2012年。それからすでに15年近くが経過しており、人々の記憶から薄れつつあるのもやむを得ないことなのかもしれない。

だが、そんなJALの復活劇に先日、ひさびさに光が当たった。4月22日夜に放映されたフジテレビ系列の人気番組『世界の何だコレ!? ミステリー』においてである。同番組で、JAL再建のストーリーが約45分もの再現ドラマとなって流れたのだ。

主役はもちろん稲盛和夫氏。そしてもう一人の主役が、約30年にわたり氏の側近を務めた大田嘉仁氏である。

京セラから連れて行ったのは、たった二人の社員

京セラ、KDDIという2つの世界的企業を築き、名声を博していた稲盛和夫氏が、JALの再建に着手したのは2010年。だが航空事業は、セラミックや半導体などの物質を扱う製造業とはまるで異なる業態だったこともあり、「再建は絶対不可能」「二次破綻必至」「航空サービスの素人に再建できるはずがない」……などなど、マスコミや識者の論調は散々なものだった。世間からも「失敗して晩節を汚すことになるだろう」という声が多数だったが、翻ってあの時、一体どれだけの人が本当に成功を信じることができただろう。

そんな中、政府と企業再生支援機構からの再三の要請に対し、稲盛氏は遂に会長職を引き受け、JALの再建に向かうことになった。当時78歳を迎えていた年齢での決断にも驚いたが、もう一つ驚いたのは、京セラから連れて行った社員がたったの2人だけだったことである。そしてそのうちの一人が、先に紹介した大田嘉仁氏だった。

その大田氏が稲盛会長の補佐役として、JAL内部から再建劇の全貌を記した初の著書が『JALの奇跡』(致知出版社)である。そこには、日本を代表する国際企業として名を馳せたJALがいつしか赤字に苦しむようになり、戦後最大2兆3,000億円の負債を抱えて倒産するまでと、倒産してしまった理由。そして大田氏が、稲盛氏とともに3万人を超えるJAL社員の意識をいかに変革し、組織を甦らせていったのか。その一部始終が熱く、リアルに描かれている。

経営破綻から再上場までの2年8か月。その時、何が起こったのか。なぜ奇跡は起こったのか。世界の産業史にも記されるべき実録とも呼べる『JALの奇跡』より、2つのエピソードを紹介したい。

コスト削減が自ずとできる秘訣

※ ※ 以下、『JALの奇跡』より抜粋 ※ ※

私も勉強になったことの1つに、共通経費の考え方がある。どこの企業でも細かい経費をまとめて共通経費として計上することがあるのではないだろうか。その分、金額は大きくなるが、それは当然だと思い、中身がどうなっているかまで調べようとはしない。

その共通経費を見て、稲盛さんは「これはなんや」と質問された。「細かい経費がまとめてあります」と答えると、「それでは無駄の削減はできない。共通経費はできるだけ分解しなさい」と指示を出した。その中で削減できるものはないか常にチェックできるようにするべきだというのである。

これは固定費も同じである。普通は「固定費なので削減できません」で終わってしまうが、考え方によっては固定費も変動費の塊なのだというのが稲盛さんの発想である。例えば公租公課でも、1件1件適用される税法をあらためてチェックしたら、適応される税法を変えることができ、減額できるかもしれない。だから「固定費もできるだけ分解しなさい」と言われた。

そうするとどんどん科目が増えていくことになるが、大切なのは社員がどう思うかなのである。共通経費や固定費をまとめてしまうと内訳が見えなくなってしまうから、「減らそうというモチベーションがわかないだろう」と言うのである。

なぜ、気になる数字が目に飛び込んでくるのか?

またある時は「自分の組織をもつものは、職場のゴミ箱に何が入っているかまでわかっていなくちゃならない。社員が捨てているものを見れば、何を無駄にしているかわかる。それぐらい細心の注意を払い、どんな無駄も見逃してはならない」とも言われた。このような発想で、全員で、あらゆる経費を見直した結果、それまで減らすことはできないと考えられていた多くの経費が削減できた。

個別の部門に対して厳しい指導をされていたが、稲盛さんは、「俺が誰かを注意したときは、みんな自分が注意されたと思って、我が身の事のように聞いてほしい。そうすれば会議に参加したみんながリーダーとして成長できる」とか、「何か問題があり、困っている部門あれば、同じ仲間なのでぜひ助けてあげてほしい。自分だけよければいいというのではなく、いつも全体のことを考えられるリーダーになってほしい」とよく話をしていた。業績報告会は単に数字を追求するだけの会議ではなく、リーダーを育てる場でもあったのだ。

ところで、稲盛さんは、夜遅くまで業績報告会が続いても、分厚くて重い会議資料をホテルへもち帰っておられた。おそらくホテルでもチェックされていたのだろう。稲盛さんは気になる数字が目に飛び込んでくるとよく言われるが、それは誰にも気づかれないところでも、誰にも負けない努力をしていたからに違いない。その目には見えない懸命な努力がJALを変えていったのだ。

アメーバ経営は、業績報告会が始まった翌年より導入が始まった。主要な部署からスタートし、JAL全体に導入されたのは5年ほど後であるが、業績報告会で、全員参加経営の重要性を理解したリーダーたちが、新たに導入されたアメーバ経営を正しく運用し、JALの高収益体質の維持に大きく貢献している。

※ ※

続いて、個人的に最も感銘を受けたエピソードを紹介したい。

「破格の財政支援をする」という誘いが来て……

JALに着任してすぐに、アメリカン航空とのアライアンスをどうするかという話があった。世界の航空業界は、スターアライアンス、ワンワールド、スカイチームという3つのアライアンスに集約されている。つまり、3つのグループに分かれているわけである。JALはアメリカン航空を盟主とするワンワールドに属していたが、破格の財政支援をするという条件でスカイチームから誘いが来ていた。

スカイチームはアメリカのデルタ航空を盟主とするアライアンスだが、日本の航空会社にツテがなかった(ANAはスターアライアンスに所属している)。そのため日本への進出を目指し、高額の資金提供をするという条件を提示して、JALにスカイチームに入るよう誘いをかけてきたのだ。スカイチームは路線数もずっと多いアライアンスなので、JALの幹部も「いいチャンスだからアライアンスを変えよう」と話を進めていたようだ。

「結論がどうであれ、全責任は自分がもつ」

そうした時期に稲盛さんが会長に就任した。その就任の翌週、稲盛さんの最初の仕事として「アライアンスを決めてください」という話があったのである。ただ、それは「我々はアライアンスをワンワールドからスカイチームに変えたいと思っていますから、承認してください」ということだった。それに対して稲盛さんはこう言われた。

「損得でいえば変えたほうがいいだろうけれど、アメリカン航空の盟友として何年もやってきて、これまでお世話になっている。他社がより多くのお金を出して支援してくれるからといってアライアンスを変えるというのは、あまりにも短絡的なのではないか。ここでアライアンスを変えれば、JALにはメリットがあるかもしれないが、アメリカン航空には大打撃になる。それは人間として正しい判断なのか」

損得ではなく、人間として何が正しいかで決めるべきだというのである。倒産してお金が全くないときに何百億かのお金を出してくれるというのは魅力的な提案で、確かに心は動く。しかもさらに大きなアライアンスに乗り換えるチャンスなのだから、それを逃したくないという気持ちもわかる。

それぞれのアライアンスのトップの方々も稲盛さんに会いに来た。その面談の結果として、「人格的にもアメリカン航空のトップの人のほうがいいのではないか」と稲盛さんは言われた。ただし、稲盛さんの鶴の一声で決まったわけではない。稲盛さんは「人間として何が正しいかという観点から言えばワンワールドに残るべきだと思う。だけど皆さんの意見もあるだろうから、徹底して議論して変わりたいというのであれば変わってもいいだろう。結論がどうであれ、全責任は自分がもつ」と話されたのである。

世界中の航空会社を驚嘆させた稲盛氏の決断

そこで関係者が集まって話し合いをした。それぞれが自分の意見を述べた。稲盛さんの意見に反対の人も多かったが、議論を重ねた結果、最終的に「稲盛さんの判断が正しいのではないか」という結論に至り、ワンワールド残留が決まった。残留を決めたことによって、アメリカン航空の方たちは大変喜んだ。信頼関係がより強くなり、全面的に協力し合えるような人間関係が生まれた。

それまでJALはプライドもあり、アメリカン航空から教えを乞うようなことはしていなかったそうだが、それ以降は謙虚にアメリカン航空からいろいろ教えてもらうようになった。また、アメリカン航空も貴重なノウハウを惜しげもなく教え、JALの再建に献身的なサポートをしてくれた。お互いに非常にハッピーな結果になったのである。

このときのJALの選択は世界中の航空会社が注目していた。そして、損得ではなく、人間として何が正しいのかで決めると言ってデルタ航空の提案を断ったときは、国交省や企業再生支援機構の人たちも、もちろんJALの社員たちもびっくりしたようだ。稲盛さんがいくらきれいごとを言っても、倒産直後という追い込まれた状況であれば、最終的には、得な方を選ぶのではないかと思っていたのである。

だが、稲盛さんは違う決断をした。これは稲盛さんの経営哲学は生半可なものではないと、世界に示すことになった。

※ ※

以上、『JALの奇跡』より抜粋した。

航空事業はまったくの門外漢だった稲盛氏。「晩節を汚すことになる」と言われ、批判・中傷の嵐が吹き荒れたJAL再建を見事果たしたそのことによって、稲盛哲学の普遍性は世界に広く証明されることとなった。「奇跡は起きるものではなく、人間が起こすもの」とは、本書を上梓した直後の大田氏のコメントだが、その言葉が示す意味を余すところなく感じられる一書である。

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