「貧困層に属する」「40歳独身」芸人のCMに“おじさん”が感動するワケ 「ダブルチーズバーガー」の青春
ドンデコルテの渡辺銀次
4月8日にマクドナルドの公式Xアカウントで公開されたダブルチーズバーガーのウェブCM動画が大きな反響を呼んでいる。出演しているのは、昨年の「M−1グランプリ」で準優勝を果たしたドンデコルテの渡辺銀次である。【ラリー遠田/お笑い評論家】
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動画の中で渡辺は、怒髪天の「オトナノススメ」をBGMにして「渡辺銀次、40歳独身。私は……豊かです」とゆっくり語り始める。「M−1」で披露していた漫才の中でも貧困層を自認していた彼が、自らを豊かであると断言したことで見る者は引き込まれる。渡辺は続けてこう述べる。
「豊かさとは持っているものの多さではない。無駄に使った時間の多さです。たとえ無駄なことでも自分が楽しければとことん楽しむ。それが、大人というものなんです」

そこからおもむろに「オトナはサイコー!」と声を張り上げて歌い始める。革靴の手入れをしたり、読書をしたりして精神的に満たされた豊かな生活を満喫している渡辺の映像を挟んで、歌の終わりに「オトナはサイコー!」ともう一度シャウトする。この動画に対して、SNSで絶賛の声が相次いでいるのはなぜなのか。
このCMが作られた背景には、マクドナルドがこれまで進めてきた中高年層を意識した戦略がある。2025年12月に公開された堺雅人出演のCMでも、同じく怒髪天の「オトナノススメ」が使われており、「オトナはサイコー!」というフレーズが前面に押し出されていた。そこで描かれていたのは、かつてダブチ(ダブルチーズバーガー)を食べていた世代が、失った青春をもう一度取り戻すという物語だった。このCMでは、ダブチを若者向けの定番商品としてではなく、大人が自分の来歴や記憶と結びつけて再発見する商品として打ち出していた。
今回の渡辺が出演した動画もこの流れに続くものだと考えられる。ただ、渡辺の動画は堺のものよりもはるかに生々しく、反響が大きかった。堺のCMが「もう一度、青春時代に戻る」という気持ちを喚起するものだったとすれば、渡辺のCMは過去に戻ることなく、今の自分を力強く肯定するものになっていた。そこに人気の秘密がある。
そのメッセージが多くの人に深く刺さったのは、渡辺銀次という人物がそれを語るのにふさわしい存在だったからだ。一般的に、広告では出演するタレントの個性が生かされるものだが、本当にヒットする広告というのは、タレントのパブリックイメージとキャッチコピーが表面的に合っているだけではない。
「M−1」準優勝
視聴者がはっきり言語化はできなくても何となく感じ取っている「この人はこういう人生を生きてきたのだろう」という印象と、広告の言葉がぴったり重なっているものだ。このCMではまさにそれが実現していた。
渡辺は「M−1」準優勝で一気に名前を広めたが、同時に「40歳独身」「貧困層に属する」「芸人仲間の実家の一部を間借りしている」といったエピソードでも知られている。一般的に見ればかなり不安定で危うい人生を送っているように見える。
だが、渡辺はそんな暮らしぶりでも悲壮感を感じさせない不思議な魅力を持っている。世間の標準的な生き方からはみ出したまま、独自の美意識と生活スタイルを貫いて、飄々とした態度で日々を過ごしてきた。漫才の中でも、厳しい現実から目を背けてポジティブに生きる自分自身のことを堂々と語っていた。だからこそ、動画の中にある「豊かさとは持っているものの多さではない。無駄に使った時間の多さです」という言葉が説得力を帯びていたのである。
さらに言えば、このCMが多くの人の心を震わせたのは、「行き過ぎたコスパ・タイパ至上主義の見直し」「ポジティブなおじさん像の提示」という2つの時代性のあるメッセージが込められていたからだ。
経済的に不安定な状態が長く続いている現代の日本では、多くの人が将来に不安を抱えている。金銭にも時間にも余裕がない人々は「お金にならないことをしている時間はない」「常に効率的に動かなくてはいけない」という強迫観念に囚われている。そんな時代において「無駄に使った時間の多い人が豊かである」という主張は、逆説的だが説得力のあるものとして人々の心に刺さる。
また、今の時代は「おじさん」に逆風が吹いている。セクハラ、パワハラ、モラハラの加害者となることが多い中年男性は、SNSなどでは常に批判の対象になっていて、当人たちは肩身の狭い思いをしている。しかし、それを口に出しても誰にも共感はされない。おじさんという属性そのものが嫌悪や軽蔑の対象になっているからだ。
そんな中で、独身中年男性の渡辺が活力ある生き様を示す姿は、同じ属性の人々を勇気づけるものになる。中年男性が「豊かな人生」を送るための希望をもたらすものになっているのだ。
結局のところ、このCM動画が大反響を呼んだのは、マクドナルドという巨大ブランドが、渡辺銀次という今が旬の芸人を表層的な理解だけで消費せずに、彼の本質を正確につかんで起用したからである。
社会的な成功を収めていなくても、お金につながらない趣味に没頭していても、心の豊かさを手に入れることはできる。そんな人生の真理を渡辺は自然な形で体現していた。だからこそ、このCMは単に面白がられるだけではなく、もっと深いところで多くの人に救いをもたらすものとなったのだ。
ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。
デイリー新潮編集部
