なぜイラン戦争でコメ価格が再び高騰するのか…日本農業の「知られざる根本的弱点」

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イラン戦争の影響による燃料やナフサの価格高騰が、日本国内のさまざまな業界に影響を及ぼしている。

農業ジャーナリストの山田優氏は、「今回のイラン戦争で日本農業のもろさが露呈した」と指摘する。

前編記事『価格が上がるのは原油やナフサだけではない…イラン戦争の影響で食卓から姿を消すかもしれない「寿司ネタでお馴染みの青魚」の名前』に続き、山田氏が論じる。

農業も燃料依存の構造的弱点が露呈

農業分野でも影響は広がっている。

日本の農家の大半は石油エネルギーに依存する。出荷もトラック輸送が柱だ。畑を耕したり収穫したりする農業機械は軽油を使い、冬でもキュウリやトマトを切らさずに出荷する施設園芸農家はハウスの加温に重油を使う。これから各地で田植えが本格的になるが、燃料不足で田植機が動かなければ、コメ生産量は大きく減ることが確実だ。ようやく値下がりしてきたコメの価格が、再び高騰する可能性もある。

施設園芸農家からはハウス加温に必要なA重油の値上がりを懸念する声が上がる。

「3月のA重油の請求書が届き、1リットルが127円で驚いた。60円から80円というのが数年前までの価格帯だったので5割高だ。これから保温がいらない季節なのでほっとしているが、この値段が続けば来年以降にイチゴで採算をとるのが難しい」と千葉市で2020年に新規参入した観光イチゴ園主のSさんは語る。

日本農業は高齢化や赤字経営などによって全国で耕作放棄地が増えている。一方で、出荷時期をずらしたり、高級品を栽培できる高度な施設園芸が増えてきた。国内にはガラスやプラスチックフィルムなどで被覆する温室施設が全体で3万7000ヘクタールあり、そのうち4割が化石燃料などによって加温されている。冬場に施設内の温度を上げて栽培できるため、高収益が期待できるとして多くの専業農家が取り組む。

施設園芸は燃料高騰で採算悪化

ところが千葉市のSさんのように、燃料費の上昇が施設園芸経営を圧迫し始めている。農水省によると加温の方法で化石燃料に依存するところが9割近い。同省はヒートポンプなど熱効率の高い設備に変えたり、環境センサーを設置してきめ細かい省エネに取り組んだりすることを奨励しているが、急激な燃料費高騰のペースには追いつかない。

中東危機はアメリカとイスラエルによる一方的なイラン攻撃で始まり、ホルムズ海峡の封鎖で原油や天然ガスの物流が滞った。そのあおりでエネルギーの相場が急騰した。先に見たように農林水産業の現場まで、価格高騰の波が押し寄せ始めた。だが、原油の備蓄量が230日分(国家143日分、民間など87日分、4月5日時点)あるため、極端な需給ひっ迫感に至っていない。7日にはパキスタンの仲介で米イラン間で停戦が成立し、ホルムズ海峡の開放が合意されたことも農業関係者にとって朗報だ。

中東危機による燃料関係の短期的な打撃はある程度抑え込まれているものの、農林水産関係者がもっとも心配しているのが肥料とプラスチック製品の不足だ。

世界銀行系の国際食料政策研究所(IFPRI、本部はワシントンDC)は4月7日に報告書「イラン戦争は食料価格高騰を再び引き起こすか」を発表した。短期的には「たぶんならない。少なくても今の時点では」と断じている。

現在は世界の穀類生産は順調で、在庫量も問題のない水準を確保しているからだ。世界で食料危機が起きると真っ先に跳ね上がる国際コメ価格も、値上がりの兆候は見せていない。

肥料価格の急騰が世界の農業を揺さぶる

食料価格が足元で落ち着いている半面、肥料の国際価格上昇は顕著だ。イラン攻撃が始まって以来、尿素価格が4割上昇した。このため報告書は「今回のホルムズ海峡の閉鎖に伴う影響は、作物の供給ショックではなく、肥料供給ショックだ」と断定。「21世紀に入ってからの食料価格急騰は、エネルギー、肥料、穀物価格が同時に連動していたが、今回は肥料とエネルギーだけが上昇している点で異なっている」と報告書は分析した。

中長期的には肥料の値上がりなどで食品価格への波及が進むとみる。

アメリカのアイオワ州中部で、トウモロコシと大豆を栽培する農家のハーレン・ペルシンジャーさんが4月に入って目にした地元のアンモニア肥料価格は、1トン当たり1100ドル。昨年秋に759ドルだったから短期間に4割以上値上がりした。

「しかも、今注文してもすぐに手に入らない。農家が手持ち肥料を使い切ったら大きな問題になる」と危機感をあらわにする。アメリカ中西部はコーンベルトと呼ばれ、トウモロコシ、大豆の大産地。影響は世界中に広がる可能性がある。

日本国内の肥料供給量は約600万トン。化学肥料の多くは国内で生産されるが、原料の大半は海外から輸入している。化学肥料のコストのうち、海外からの原材料費が6割を占め、輸入価格の上昇は農家が使う肥料価格に直接響く。

国内の肥料需要は春と秋の2回。いちばん多い春肥はすでに農家の納屋に納入されているため影響は少ないが、秋肥以降はこれから農家が注文する。海外依存の化学肥料は、中東危機のあおりで高騰することが見込まれており、農家経営を圧迫することになるだろう。

農林水産業で使われるプラスチックには、園芸施設や畑を覆うフィルム、集出荷、野菜や果物の包装フィルム、漁網、発泡スチロールなどがある。いずれも作業には不可欠だ。

プラスチック製造に必要なのがナフサ(粗製ガソリン)。石油から製造されるが、国内の化学メーカーは減産に舵を切り、中東からの調達も進まない。国内のナフサ備蓄は石油に比べて少ない。企業からはコメ袋やフィルムの値上げ、販売数量制限などの通知が農家に届いている。

日本施設園芸協会の藤村博志常務は「施設の被覆フィルムは定期的な張り替えが必要だが、当面は張り替えないでと農家に指導している」という。

メディアから先行きの供給不安が報じられ、高市早苗首相があわてて「少なくとも国内需要4ヵ月分を確保している」と自身のXに投稿し火消しを図った。

しかし、中東以外からの調達をめざすという政府の説明は、国際的に争奪戦になっている中で説得力に欠ける。ホルムズ海峡の閉鎖が解かれ、物流が元通りになるまではナフサ不足は解消しないだろう。

農業倒産が増加、小規模農家に重い負担

農家の苦境は続く。

東京商工リサーチが4月8日まとめたレポートは「25年度の「農業」倒産は105件(前年度比14%増)で、4年連続で増加した。1996年度以降の30年間で、倒産が100件を超えたのは初めて」と報じた。肥料など資材価格が上昇し、小規模農業法人の経営が厳しいという。不透明な中東情勢の先行きで今後も「二重、三重のリスクが農業倒産を押し上げる可能性がある」と警告する。

農水省が調べる農家など農業経営体の数は82万8000戸で、10年前に比べて4割減った。収益が期待できず高齢化などが影響しているとみられ、肥料や燃料コストの上昇が進めば離農はさらに進むことが確実だ。

政府は小さな農家の脱落を前提にして大規模農家への農地の集積を急ぐが、不便で狭い非効率な農地は、離農とともに耕作が放棄されることが多い。

2年前から顕在化したコメ価格の上昇は、国内農業の足腰が弱ったことが大きな要因の一つ。中東危機を契機にした生産資材高騰がさらに農家を痛めつければ、日本の食卓への悪影響が及ぶ可能性もある。

中東危機が示した「近代農業のもろさ」

茨城県龍ケ崎市で大規模な稲作を営む横田修一さんは、農産部門で天皇杯を受賞した優秀な農家だ。15年以上前から肥料の切り替えを進めてきた。現在はコメ栽培に必要な窒素肥料の半分から8割を地元の鶏糞たい肥に切り替えた。ペレット状に加工し、春に田んぼに撒く。

化学肥料の値上がり分のかなりを抑える効果があるが、鶏糞を使う農家は全国でも限られている。なぜ広がらないのだろうか。

横田さんによると、農家の多くが田植え時に化学肥料を土中に埋め込む一発肥料に慣れているからだ。稲の生育期間中にじわじわと肥料成分が溶け出し、収穫まで施肥が1回で終わる手軽さから抜け出せない。

鶏糞を使えばコストは下がるが、稲の生育具合に合わせた追肥作業が必要となる。「農家が稲の状態を観察し肥料を調整するという農業の基本を忘れている」と警鐘を鳴らす。

今回の米イラン戦争は、地域の資源ではなく、遠く中東から運ぶ肥料に依存する近代農業のもろさを露呈した。世界中でむき出しの経済摩擦がまかり通る中で、日本の農業のあり方を変えていくことも必要なのだろう。

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