楳図かずおの全作品は一つの宇宙で繋がっていた!? 『わたしは楳図かずお』インタビュアーに聞く、知られざる天才漫画家の横顔
楳図かずおの全キャリアをインタビューで振り返った究極の一冊『わたしは楳図かずお マンガから芸術へ』が中央公論新社から刊行された。プロデビュー前に参加した同人誌「漫画展覧会」に寄稿した貴重な二作品をカラーで巻頭に据え、本編では『わたしは真悟』に南方熊楠の生命観が与えた影響など驚愕の事実がつぎつぎと本人の口から語られる本書は、ビギナー層からコア層まで幅広くアピールする魅力をもっているだろう。インタビュアーをつとめた石田汗太氏に、本書の「森」のさらに奥深くへと案内してもらった(文・取材 後藤護)
参考:〈追悼〉楳図かずおのShock and Awe--恐怖と笑いと希望に「震える」ことの美しさを教えてくれた人 後藤護・寄稿
■楳図さんと長く付き合えた人は非常に少ない
--この本は2022年から23年にかけて楳図かずお先生にインタビューした内容をまとめたものとのことですが、どういった経緯で始まったんですか。
石田:「楳図かずお大美術展」(東京展2022年)で27年ぶりの新作『ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館』を初公開するという話を前年の秋ぐらいに知って、楳図さんにインタビューを申し込むならこの機会しかないと思いました。というのも、『14歳』から休筆状態で新作が出ていないので、きっかけがなかった。マンガのことでインタビューするなら今しかないだろうと。22年1月にお目にかかった時、とても一度だけでは聞ききれないので、この本のベースになった「時代の証言者/楳図かずお 『怖い!』は生きる力」という、出生から現在までの全キャリアを振り返る『読売新聞』連載のロングインタビュー欄で、先生を取り上げさせてもらえないかとダメもとで聞いてみたら、意外と好感触で、同年秋から本格的に取材をすることが許されました。やはり『ZOKU-SHINGO』がなければ叶わなかったインタビューでしたね。
--楳図先生ってパブリック・イメージからは想像しづらいですが、けっこう気難しいと聞いていて、うまくいかなかった担当者も多かったとか。そこでいうと、楳図さんは本当に石田さんに心を開いている印象です。それはなぜだとご自身では思いますか?
石田:それは今でもよくわかりません。あの底抜けに明るい「グワシ!」の楳図さんが、意外と気難しい人だということは聞いていました。何しろ、名だたるベテラン漫画編集者たちでも、楳図さんと長く付き合えた人は非常に少ないのです。わたしも取材中、いつ地雷を踏むかと、かなりビクビクしていました。実は「時代の証言者」連載中も、特に前半はよく赤字が入ったし、新聞連載が終わってからも、「自分の人生をまとめられたくない」と渋り、しばらく出版作業がストップしていたんです。連載時と書籍版とでは、かなり構成が変わっていますが、それは楳図さんの希望をできるだけ入れて、大幅に書き直したからです。
--なるほど。石田さんは1960年のお生まれで、楳図さんが大傑作を量産していた70年代前半の時期と子供時代がピッタリ重なると思うんですよ。そこでお尋ねしたいのは世代論というか、石田さんの個人的なウメズ体験です。
石田:私は男子なので『週刊少女フレンド』は購読していませんでしたが、近所の女の子の家に遊びに行くとだいたい『フレンド』があって、楳図作品の怖さはトラウマになっていました。女の子のほうが怖さに耐性があるのか、私をからかって、「へび少女」や「うろこの顔」などをパッと見せてきたりするわけですね。今でも「うろこの顔」を読み返すと、あの時の恐怖がよみがえります。
『少年画報』に載っていた『笑い仮面』や『少年マガジン』に載っていた『半魚人』も怖かった。私は小学校に入る頃から『少年サンデー』を愛読していて、『おろち』(1969年連載開始)がはじまったときは「エライことになった」と思いました。9歳の頃です。当時の子どもは、一冊の雑誌を隅から隅まで舐めるように読むのです。しかし楳図作品だけは怖くて読めない。『おろち』第一話「姉妹」が始まった時は、その部分だけ目をつぶってページをめくっていました。それほど嫌だった。早く連載が終わってくれないかと思いました。
ところが、第三話「秀才」が始まった時、ものすごく面白かった。すごくよくできた話で、最後は感動して泣きました。そこで、私の中で楳図さんの評価が完全にひっくり返りました。「秀才」以後の『おろち』ってあまり絵が怖くないんですよ。『フレンド』時代の恐怖ものから人間ドラマ、心理ドラマに移行していくんですよね。インタビューの中で、やはり「秀才」が一つの転換点だったと楳図さん本人から聞いて、我が意を得たりと思いました。そのあとが『漂流教室』ですからね。
--そう聞くと「秀才」がたいへんな重要作に思えてきました。『フレンド』など少女マンガの話題が少し出ましたけど、『洗礼』が連載されていた媒体がいわゆる「花の24年組」の牙城だった『少女コミック』だったとこの本で知りました。後世からすると、少女雑誌にあのグロテスクな恐怖マンガが入っていることが異形に見えます。
石田:『洗礼』の連載は萩尾望都さんの『トーマの心臓』や竹宮惠子さんの『ファラオの墓』とほぼ同時期ですからね。当時の『少女コミック』には横山光輝さんも描いているんです。だから時代の大きな変わり目だったと思います。大ベテランで足場を固めて、一方で若々しい24年組の方々がニューウェーブとして台頭してきた。でも編集部的にはまだまだエースは楳図かずお、横山光輝だったのかなと思います。楳図さんに直接聞けませんでしたが、『洗礼』には、若い作家たちへの対抗意識も多分にあったのではないかと想像します。ものすごく力が入っていますから。
■楳図漫画を読み解くキーワードは「森」
--この本で石田さんが意識的なのか無意識的なのか分からないんですが、楳図先生の出自というか、和歌山と奈良の「森」の奥深くから来たことをすごく強調した本になっていますよね。なんとなく田舎から来た人だとは知っていましたが、日本列島でいちばん人口の少ない村にいたことなどは知りませんでした。石田さんもこの本をまとめるなかで、「森」のイメージが楳図先生のコアだろうという認識で仕上げていったのでしょうか。
石田:「森」に関してはインタビューをする前はあまり意識していなかったです。「恐怖」や「笑い」というテーマで大まかに捉えていたので、まさか「森」がこれほど大きな意味を持つとは思っていなかった。デビュー作が『森の兄妹』っていうのは気になっていたんですが、何より決定的だったのは『わたしは真悟』のはなしを聞いた時に、ふっと楳図さんの口から「南方熊楠」の名前が出てきた時。たまたま昔、中沢新一さんの『森のバロック』を読んですごく印象に残っていたし、水木しげるさんも熊楠のマンガを描いているでしょう。いっとき熊楠ブームのようなものもあったと思いますが、よもや楳図さんから熊楠の名前が出るとは……。その時、楳図漫画って「森」というキーワードで全部読み直したら、かなり謎が解けるんじゃないの?ってひらめきました。一度そう考えると、面白いように符合する部分が見つかるんです。
--中沢新一・楳図かずお対談(『ウメカニズム: 楳図かずお大解剖』所収)もあったりして示唆的ですよね。今まで楳図先生を水木先生の隣人として捉えることってそれほどなかったと思うんですよ。ところで、シマシマ模様はかつて「悪魔」や「罪人」の紋章だったと主張したミシェル・パストゥローの『悪魔の布』を楳図かずおも読んでいただろう、といった石田さんの記述がありますが、楳図さんの読書体験とか蔵書ってどうだったんでしょう?
石田:楳図さんのインタビューが難しいのは、「喋っていることが、必ずしもすべて真実ではないかもしれない」ということです。楳図さんはある種の役者気質で、「こう見られたい」という自己演出も巧みです。例えば、「私は本を読まない」と何度もいう。「全然勉強しない」と繰り返す。この作品は何の本を参考にしたとか、一切言わないんですね。誰かの影響を受けているとか、誰かのマネをしているとか言われることが一番嫌らしくて。インタビュー中、かろうじて好きな小説として題名が上がったのは、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』くらいです。
--水木先生なんかはわりと元ネタにした海外幻想文学がだいたい発覚してますけど、楳図さんはよく分からないですよね。
石田:本当は、大変な読書家だったと思いますよ。亡くなったあと、吉祥寺の仕事場に行く機会がありました。晩年に読んだと思われる本が残っていましたが、恐竜とか進化に関する本が多かった。特に印象的だったのが「量子力学」についての本で、開くと赤線がびっしり引かれているんです。かなり読み込んだ感じでした。
--え!? 衝撃の情報です。この本の中でも楳図先生は『14歳』のラストの細長い毛虫を「超ひも理論」で説明していましたよね。そうなると『14歳』を描く頃には量子力学の本なども読んでいたかもしれない?
石田:間違いなく読んでいたんでしょう。けど「読んだ」とは決して言わないのが楳図さんなんです。
■作品の外側にも「語られざる物語」がある
--あと、すごく気になったのは「ミクロ」と「マクロ」という言葉を楳図先生が多用していて、これがすごい澁澤龍彥っぽい用語法であることです。現実には『14歳』のように毛虫(極小)のなかに宇宙(極大)がすっぽり収まるはずはないんですが、楳図さんのなかではパッとつながっちゃう。澁澤の『胡桃の中の世界』と同じ、子どものアナロジーです。こうした発想も読書からヒントを得たものでしょうか?
石田:うーん、そこはよくわかりません。すごい読書家で勉強家だったと思いますが、楳図作品はどれも、頭や知識だけで作ったという感じはしません。何か、肌感覚でつかまえている根源的なものがあって、それを漫画に落とし込むため、読書で補強していた感じがします。楳図作品の芯にあるものはかなりオリジナルなもので、それを解き明かすキーワードの一つが「森」という気がするんです。その特異な独創性については、まだ誰もうまく説明できてないという感じがします。
--同感です。このインタビュー本の後半に行けば行くほど、石田さんの筆圧も高まっていくというか、思いが乗ってくるというか、『14歳』を描き終えて休筆していたころの楳図さんが、『新潮45』(2002年1月号)で受けたインタビューを長文で引用していますよね。そこは楳図さんの痛烈な現代マンガ批判になっている箇所。なぜ自分がマンガを描かなくなったか? 単なるノウハウに堕した今のマンガ産業が全然ダメだからという。ですので、この辛辣なインタビューを敢えて載せたことが、この本はすごいメッセージになっています。と同時に、楳図先生はマンガから「ウソの世界」がなくなってしまったとも嘆いている。晩年は手塚治虫でさえウソをつかなくなってしまったと。このあたりをさらに深くお聞きしたいです。
石田:じつは楳図さんにインタビューする前、手塚治虫の初期作品を読み直す機会があったんです。それもあったんでしょう、楳図さんのはなしを聞けば聞くほど、手塚さんの話を聞いている気分になってくることがしばしばありました。楳図さんは手塚さんに対していつもかなり辛辣ですけど、漫画家としての原点は手塚さんなんですよね。そこで受けた衝撃を創作の原点にしていた。今の読者は想像しづらいと思いますが、手塚さんの初期の赤本時代のSFっていうのは、相当暗いし、エロティックだし、残酷です。そういう話を、ディズニーみたいな可愛らしいキャラクターでやったことが、手塚さんの偉大さだったと思います。あの有名な『ロスト・ワールド』も、リアルな絵柄でやったら、残酷すぎて直視できない部分があるんじゃないでしょうか。
それを幼少期に読んだ世代の衝撃は、われわれの想像を絶するものがあると思います。だからこそ、手塚さんとそのフォロワーが漫画の世界を根底から変えた。楳図さんは、その衝撃を薄めることなく、生涯かけてアップデートしようとした作家だと思います。『14歳』ってすごく貸本的だと思うんですよ。年を重ねるほどにどんどん先祖返りしている感じがして。枯れずに薄めずに、貸本的な「何でもあり」の世界、不埒でインモラルな純度を高めていく方向にいった。でも他の多くのマンガ家は、年を取って成熟するにつれて、角が取れて、その衝撃や純度を失っていった。それが楳図さんには腹立たしかったんじゃないかな……。これはもう、私の想像も入っていますが。
--楳図さんの訃報のわりとすぐにデイヴィッド・リンチが亡くなりましたよね。この二人をおなじフォルダに入れて考えたことってなかったんですけれど、近い時期に亡くなったので二人の作品を同時に見返していました。この本を読んでいたら、楳図さんが自作「底のない町」を評して「ただ謎が解けて終わりというのがすごく嫌で、読み終わったらさらに深い謎が残るっていうのを描きたかったんです」と発言していて、これはリンチ映画の説明そのものだな、よく考えたら二人は謎を謎のまま残すところが似ていると思いました。リンチと楳図さんの比較は単なる例ですが、石田さんにとって楳図さんと並べるべきアーティスト、似ているなと思う人はいますか。
石田:うーん、やはり並べるとしたら、今は手塚治虫しか思いつかない……。話が少々ずれますが、楳図作品って全部繋がっているような感じがします。巨大な楳図かずおの「森」があって、個々の作品は一本一本の「木」に光を当てているような感じ。だから、個々の作品はそれぞれ独立しているんだけれど、作品の外側にも「語られざる物語」があるんですよ。
たとえば『少女フレンド』におけるへび女ものの第一作「ママがこわい」は、かなりの不条理劇です。主人公の母親が入院した病院に「たまたま」へび女が隔離されていて、「たまたま」へび女が母親そっくりで、いつの間にか母親と入れ替わって帰って来る。読者に見えるのは、突然家に侵入してきたへび女が主人公を襲う、ただそれだけです。理由も何もない。だからひたすら怖い。
しかし、1986年の改稿で「へび女」3部作が成立すると、へび女の出自が初めてわかる。へび女はもともと人間の少女で、悲しい怪物だった。襲われる側の視点から、襲う側の視点への大転換が起こるのです。ここで「ママがこわい」を読み直すと、まったく違った印象になります。こういう部分に、私は楳図さんの真骨頂を見ます。
--MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)的ですね。スピンオフで作品世界をどんどん重層化していく昨今のながれの元祖に楳図先生がいた、みたいなユニークなご指摘です。この本の中で、石田さんは「蛇」のイメージがウメズ宇宙をすべて貫いているとおっしゃっています。
石田:へびのイメージは「へび女」以前から楳図作品に登場しています。楳図さんの貸本時代の第二作、事実上の単独デビュー作は「別世界」というSFなのですが、古代の地球で、人類とは別に高度な文明を築いた有尾人の一族が火星人の末裔で、その先祖はへびの姿をしていたという話です。つまり、地球文明の最古層にはへび宇宙人がいたというのが楳図さんの世界観の原点なんです。へび女がその末裔だとしたら、「ママがこわい」はSFという見方もできるんじゃないかと思っています。
--まさにラブクラフト的! ウメズ版クトゥルー神話を聞いているようでした。楳図先生の膨大なマンガ群は蛇状曲線のように錯綜を極めていますが、『わたしは楳図かずお』が良き導きとなって、これからも読み継がれていくのではないかと思いました。本日はありがとうございます。
(後藤護)
