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去年11月、当時中学3年生だった岡山県倉敷市の梶谷恭暉(みつき)さんが行方不明になり、きょうで1年になります。

【写真を見る】【動画】「僕は元気です」スマホに残された行方不明の恭暉さん(15)の動画 1年間帰り待ち続ける両親「お母さんを思い出して帰ってきてほしい」【岡山】

今も帰りを待ち続ける母親が、息子への思いを語ってくれました。(※11月9日に配信した記事に動画を加え、再掲しました)

母親「玄関で物音がしたら帰ってきたかなと」

(梶谷恭暉さんの母親)
「自分の子どもが行方不明になると思っていなかったので、まず現実を受け入れられなくて…」

「大体お家に帰ったら『かあちゃん腹空いた』と言うんで。玄関で物音がしたら帰ってきたかなと思ったりする」

「思い出すんですけど。。。会いたいですね」

行方不明になっているのは、当時中学3年生だった岡山県倉敷市の梶谷恭暉さんです。

「塾に行く」と言って自宅を出たのを最後に行方不明に

去年11月13日午後2時半ごろ、家族に「塾に行く」と言って自宅を出たのを最後に行方が分からなくなり、その後、最寄りのJR倉敷駅付近で自転車を発見。広島県三原市では恭暉さんに似た人物が防犯カメラの映像に映っていました。

翌14日には尾道市の生口島の路上で恭暉さんのスマートフォンと本が見つかっています。

中学卒業を前に、進路のことで悩んでいたといいますが、いなくなってしまった理由は分かっていません。

岡山・広島・愛媛で1年間探し続けた両親の思い

(梶谷恭暉さんの父親)
「スマホが路上に置いてあって、それ以降の足取りが分からなくなっています」

両親はこの1年、目撃情報があった岡山・広島・愛媛県内でチラシを配り、情報提供を呼び掛けてきました。

(梶谷恭暉さんの母親)
「人を探しています。見かけられたら警察へ連絡を」

公開捜査をしている倉敷警察署への情報提供は、当初は月10件ありましたが、最近は1、2件にまで減っています。

「お母さんを思い出して帰ってきてほしい」

3月で15歳になった恭暉さん。寄せ書きをくれた同級生たちは中学校を卒業しましたが、母親の時間は恭暉さんがいなくなった去年11月から止まったままです。

(梶谷恭暉さんの母親)
「去年11月13日の夕方は、恭暉の好きなから揚げを作っていたんですよ。最近ずっとから揚げを作っていなかったので、山盛りを作って待っていたんですけど」

「やっぱりお母さんを思い出して帰ってきてほしいなというのがあって…」

「今は目撃情報が全然ない状態で、今度はどこに探しに行っていいか、活動自体ができない状態にあるので、ご協力をお願いしたいと思っています」

母親のスマホに残された、恭暉さんの動画「僕は元気です」

息子との再会を信じて…母親は何かの手がかりになればと、恭暉さんの姿を映したスマートフォンの動画を見せてくれました。

(行方不明になる前の梶谷恭暉さん動画より)
(母親)「誕生日、おめでとう」
(恭暉さん)「ありがとう」

(恭暉さん)
「おばあちゃん、元気にしていますか。僕は元気です」

「宿題とかけっこうやらないといけないことが多いけど、日々、がんばっています。そちらもがんばってください」

梶谷恭暉さんは、身長1メートル70センチくらい。行方不明になった当時、黒色の短髪でした。

情報提供は、倉敷警察署・生活安全課
086-426-0110までお願いします。

母親は、恭暉さんが
「もしこの記事を見ていたら、電話でもメールでもいいから連絡だけでもしてほしい」とも話していました。

恭暉さんの母親は11月14日にJR倉敷駅で、倉敷警察署の署員とともにチラシを配り、情報提供を呼び掛けることにしています。