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何があっても、悪いようにはなるまい!

みなさま、あけましておめでとうございます。こう言うと、一般的な感覚のみなさまからは「今が一番正月から遠いタイミングですよ」と不思議な目で見られるかもしれませんが、大丈夫、大丈夫、合っています。迎えた7月1日はフィギュアスケート界隈では新シーズンを迎える幕開けの日。ここから2022-2023シーズンが始まる元日なのです。

その新年を祝うように、ひとつの報せが飛び込んできました。日本スケート連盟の公式サイトが更新され、令和4年度強化選手のページに特別強化選手としての羽生結弦氏の掲載と、「いつも応援いただき本当にありがとうございます。今シーズンもより高みを目指して頑張ります」というコメントの掲載が確認されたのです。

↓うむ、そうなるだろうとは思っていますが、まずは新年にふさわしい吉兆!


↓ちなみに、去年もまったく同じ感じで7月1日を迎えておりました!

コメントはまったく同じですが、想いが変わらなければ言葉も変わらない!

僕も年賀状には毎年「あけましておめでとうございます」って書いてますからね!



僕が誰かを見るとき、一番大事にすることは「信頼」です。信じられる人、信じたことを誇れる人、それを大事にしたいと思っています。自分自身の性分もあるのですが、僕などは割と他人の嘘や欺瞞、アヤしいところに敏感で、すぐにいろんなことを察してしまうタイプです。ただ一方で、ものすごくお人よしで、どこどこまでも額面通りに従ってしまうタイプでもあります。そのためダマされたときやヒドイ目に遭ったときなどは「わかってたのに、ダマされた」と倍の強さで自分を責める厄介な性分をしています。

そんな僕は信じることに少し臆病だったりもするのですが、羽生氏のことは心から信じています。たかだか10年少々の時間に過ぎませんが、かの人を見つめてきた時間で、信頼を裏切られたことはただの一度もありません。もちろん、その「信じる」のなかには思い通りにはならい勝負事の結果や、怪我や病気といったアクシデントに苛まれたケースもありますので、すべて望んだ通りの未来になったわけではありませんが、信じた未来・信じたくなった未来と別の場所へと向かったことはただの一度もありません。報われたにせよ、報われなかったにせよ、進んだ道の先に確かに信じた未来はあった。

これを言うと、ちょっと個人的には得にならないかもしれませんが、「信じた結果、困る」ということにはならないんですね。きっと、そうならないように努めてくれているんだろうな、と常々感じています。たとえば何かの試合やショーに出るんじゃないかという期待感や憶測が広がったとき。出るかもしれない、出ないかもしれない、どっちだかわからない。そんなことがときとしてあります。ハッキリしないのは仕方ないことです。自分がそこに立てるのか、オファーをちゃんと受けられるのか、約束を守れるのか、それを見極める時間も必要でしょうから。ただ、そういう期待感が高まってきたとき、「信じて、困った」ことはないのです。

信じて困るような状況が見えているのであれば、どこからともなくその状況は是正されます。まるでみんなの「困った」を天空(という名のSNS)から見ているかのように、どこからともなく状況を是正する一手は打たれるのです。逆に、信じたままでいて困ったことにならない場合、何の頼りも音沙汰もなく時間が過ぎていく場合もあります。便りがないと不安も生まれますが、そんなとき僕は思うのです。「悪いようにはなるまい」と。どうなるのか未来は不確かであっても、悪いようにはならないし、そうならないように最後まで努めてくれる、そういう人なのだと全幅の信頼を置いているのです。だから、無用な不安や心配、それが転じて重圧となるようなことは必要なくて、ただ信じて待てばいいと安心しているのです。

そのひとつの傾向として、「やる」の発表は遅く、「やらない」の発表は早い傾向があると感じています。背負う物が大きな人は大変だなと思いますが、羽生氏が何かを「やらない」となったとき、さまざまな方面に大きな影響が及びます。自分個人の人生の決断で誰が困ろうが知ったことではなかろうと僕などは思うのですが、影響が及ぶ先々までを想像して、なるべく「困ったこと」にならないようにしてくれている、常々そう感じるのです。だから、「やらない」即ち「できない」となったとき、その報せはいつも早い。

逆に「やる」と約束したことは、軽々に翻すことなどできない人だろうと思いますので、その言葉は最後までなかなか出て来ないこともあります。胸に秘めて、期待と信頼に応えようと努め、「必ず」「断固として」と言える時の熟成を待っている。そして、時は不意にやってくる。一昨年の全日本選手権などもそうでした。出るか出ないか最後の最後までわかりませんでしたが、「天と地と」を引っ提げて羽生氏はそこにやって来ました。信じた未来にちゃんと向かってくれていました。「信じて、困った」にはならなかった。そんなことの繰り返しから、僕は「悪いことにはなるまい」と漠然と、ただし強靭に思うのです。困ること、悲しむこと、惜しいことにはならない、そう確信しているのです。




新年に起きたことは、強化選手の指定が出て、去年と同じコメントが掲載された。それだけです。それだけだと「連盟側で勝手に認定して、特にコミュニケーションないままサイトに載っちゃった」という可能性もなくはないですから、半信半疑…9信1疑くらいは残るかもしれません。本人の動画でも出て、一言あるとドーンという盛り上がりが生まれただろうとは思います。

ただ、まぁ、そこは「全幅の信頼」でいいのかなと思うのです。

この1ヶ月、スケート界の一年を締めくくるように羽生氏は年の瀬を駆け抜けました。新境地を見せ、早くも今季のルール変更に対応しているのかなと思うようなトライも行なっていました。「4Aを絶対に手に入れる」のだ、「みなさんの前で4Aを降りる」のだという再起動のコメントも出ていました。4Aを跳ぶという意欲があるのならば、跳んだ・決めたと歴史に刻むのならば、試合に出る必要があります。「強化指定を受けながら、試合は目指さない」「その指定が公表されたまま、競技には臨まない」というチグハグな状況にはしないだろうということを含めれば、方向はひとつであろうと。

本当にやりたいこと、目指すことは、すでに競技スポーツとしてのスケートの枠よりも大きくなっているようにも感じますが、競技を通じてだからできること、競技であるから見てもらえる機会もあります。まだ27歳、身体も心も全盛期です。フィールドを限定する必要はありません。そして何より、もしも大きな決断をするならば、それはたくさんの影響を生むことですから、なるべく心残りがないように進んでいくのではないかと思うのです。大切な日のために、万障繰り合わせる挑戦くらいはさせてくれるでしょう。きっと悪いようにはならない。

頼りがないのは元気な報せ。

報せがないのは夢に向かっているサイン。

だから、きっと、今年もいい一年になる。

そう信じて、しかるべき次の機会に備えようと思います。何せ、ネックになるのは、羽生氏が信頼に応えてくれるかどうかよりも(※不安ナシ)、自分がそのときに必要なお金と時間と胸を張れる自分自身を備えていられるかどうかのほうですからね(※不安アリ)。「気づいたら檻のなかにいた」パターンとか「禁じられた別の高みにのぼっちゃった」パターンとかを心配したほうがいいし、僕にできるのはそっち側の努力だけなのです。新年はむしろ自分の抱負を心に持つべき日。機会に挑戦できるよう、挑戦できる自分でいられるよう、努めていきたいと思います。

今年もよい一年になりますように。

それではみなさま改めまして、あけましておめでとうございます!

↓最近肌荒れがひどかったので、お肌の調子も整えて次の機会に備えたいと思います!


ある日、急に家に遊びに来られたときにも、ちゃんとした服、片付いた部屋、好調な肌で迎えたい!

「絶対遊びに行きません」って言われたことは一度もないですからね!

「行きます」って言われたもことないですけど、それはギリギリまで模索しているんだと信じてる!



「断固として行く」と決断した際には直前で構いませんので一報願います!