※この記事は2021年03月01日にBLOGOSで公開されたものです

「ゴールデンアップル」の存在は公式が否定したものの・・・

16日、鳥取砂丘のビジターセンターのTwitterアカウントが、鳥取砂丘から「出土」したとして、古いファンタグレープの缶を掲載。1970年頃の缶ではないかとして情報提供を呼びかけた。(*1)

これに対して様々な情報が寄せられる中、ファンタの公式アカウントが反応。1968~1974年に販売されたファンタグレープの缶だということが明らかとなった。(*2)

とても微笑ましいほのぼのツイートなのだが、僕が思い出したのは、このファンタグレープが終売した後に発売したと言われている「ファンタ ゴールデンアップル」を巡る論争である。

ファンタゴールデンアップルは1975年頃に発売されたとされ、多くの人が飲んだ記憶を持っているドリンクである。しかし公式には存在していないことにされており、たまにネットで話題になっては「あった派」「なかった派」の論争が繰り広げられている。そんな騒ぎを知ってか知らでか、コカコーラが正式に「ファンタ ゴールデンアップル」と銘打った商品を展開したのが2002年。その後何度か期間限定商品として販売されて今に至る。

ファンタは1940年、第2次世界大戦によりコーラの原液が入手できなくなったドイツで開発された。第2次世界大戦終結後にブランドは世界に広がり、日本では1958年に「オレンジ」「グレープ」「クラブソーダ」の3種類で発売された。その後1974年に「レモン」「アップル」が、1975年には「ゴールデングレープ」が発売されたのである。

論争になっているのは「ゴールデンアップル」だが、公式に発売されたことになっているのは「ゴールデングレープ」。これは一体どういうことなのだろうか。

「食の安全安心」問われる時代に見直されたある成分

1970年代は、戦後の高度経済成長が一段落付き、その一方で高度経済成長の爪痕を直視せざるを得ない時期でもあった。

中でも問題になったのが「食の安全安心」である。1950年代に発生した「ヒ素ミルク事件」。1960年代に発生した「カネミ油症事件」など、人の健康に関わる食の様々な問題が経済成長のゆがみの中で発生した。そうした中、1968年には消費者保護基本法が制定、1970年には国民生活センターが開設され、食品に安全安心が問われるようになっていった。

そうした社会の動きの中でファンタもそれまでグレープで使用していた着色料の見直しを行い、着色をカラメルだけにした「ゴールデングレープ」を1975年に発売したのである。

「なかった派」は、このゴールデングレープと、当時のアップルを混同し、ゴールデンアップルだと間違えて記憶しているのだろうと主張している。このゴールデングレープ。当時の写真などを見ると見事な黄金色である。色だけ見ればこれは確かに「アップル」の色である。

今のファンタには果汁が使われることが多いが、当時のファンタは無果汁であった。無果汁の飲み物は香料と着色料で元の果物をイメージさせることで味を作り上げている。故に、アップル味とグレープ味の違いも、そうしたイメージによるところが大きい。当時の「グレープ味と言えば紫色」という固定観念の強い子供たちにとって、黄金色のグレープが、アップルと記憶されていてもおかしくない。

一方「あった派」の意見は記憶頼りであるものの、その人数は多く、数だけで言えば常に「あった派」が「なかった派」を上回る印象が強い。 だが、詳細を詰めていくと、彼らの記憶と出てくる意見がバラバラな感がある。

例えば、「全国販売ではなく、地方のボトラーが発売したのではないか」という意見がある。現在は5社だが、当時はコカコーラをビン詰めして売る「ボトラー」の数は今よりも多く、各地に細かく分散していた。そのうちの1社が販売したのであれば、確かにファンタの歴史からこぼれ落ちていてもおかしくはない。だが、その割には論争になるくらい飲んだ記憶がある人が全国各地に存在するという矛盾にぶち当たってしまう。

また、「グレープ味が嫌いな自分が、おいしく飲めていたからアップルのはずだ」という意見もあるが、先ほど述べたように当時の無果汁飲料の味はイメージによるところが大きく、勘違いしたまま飲んでいたことを否定する根拠としては弱いのである。

「なかった派」のもっとも強い根拠は?

なにより「なかった派」の根拠として一番強いのは「缶も、ビンの王冠も、宣伝のポスターも、実在を示す写真も、なにも現物が存在していない」という点である。そもそも、論争が起きた当時から「あった派」の意見は苦しいものであった。

1970年頃、ビンの王冠集めというのは比較的メジャーな趣味であった。当然ファンタの王冠もコレクションの対象であり、昔集めていた人がネットなどにアップしていることも多い。ゴールデングレープの王冠も検索すれば簡単に出てくる。

そんな中で、王冠ひとつすら実物が確認できないというのは、当時のまだインターネットが十分に国民に普及したと言えない時期においても、あまり考えられないことだった。それでもまだ1990年代後半という時代だから、どこかに眠っているが発見されていないだけという意見も無効とは言えなかった。

しかし論争が発生してからすでに20年もの時間が経ち、インターネットが国民の生活の一部となり、誰もが簡単に写真や動画をアップできる社会において、これまでも何度も論争となっているモノの証拠物品が一切アップされないということがあり得るだろうか?

今回、鳥取砂丘で発掘されたファンタの缶は1968年から1974年まで販売された缶であり、幻のゴールデンアップルよりも古い時代のものである。そして実際にはネットで検索すれば分かるように、この缶というのはそれほど珍しいものではなく、オークションサイトなどでも散見される。ゴールデンアップルよりも古い缶が普通に流通しているのに、ゴールデンアップルの缶だけ一切姿が見られないということはあり得るだろうか?

現物が一切発見されないこと対する反論として「あった派」には「カップ式の飲料としてのみ発売されたのだ」と主張する人もいる。しかしそれも「ビンや缶で飲んだ記憶を持つ、あった派」が多いことから否定されるのである。

現状では、この論争は9割9分9厘「ファンタゴールデンアップルはなかった」と結論づけられる。もはや実物が出ない限り、いくら誰かが強硬に「あった」と主張しても、対応する必要はないと結論づけてしまって良いだろう。それでもあるというなら、「実物もってこい」これでおしまいである。

「ゴールデンアップル論争」通じて感じた人の記憶の不完全さ

子供の頃の記憶というのは美しいモノだが、いろいろな部分で勝手に書き換えられる。記憶はその人の持つ思い出でしかなく、十分な裏付けなしにそれを事実として捉えるのは不可能である。もし事実であるならばそれはどこからか現実のものとして現れるのである。

50年の時を経て「出土」したファンタの缶に、僕は事実を証明することの難しさと、人間の記憶の不完全さを改めて自覚させられた。「ファンタゴールデンアップルが存在するかしないか」という、一見大した意味のないように見える話題ですら、こうしてじっくりと考えなければ線引きをすることは難しい。

フェイクニュースが社会問題化する中で「完全に否定できないから、あるかも知れない」と考えることは多い。しかしそれでも線引きをするためにも、こうした失敗が致命的にならない程度の軽い話題で線引きの論理を考えて、常にトレーニングしておくことが、フェイクニュースに騙されない知性に繋がるのである。

*1:https://twitter.com/Sakyu_visitor/status/1361590640790802436(鳥取砂丘ビジターセンター Twitter)

*2:https://twitter.com/Fanta_Japan/status/1361928183642091523(ファンタ Twitter)