「よく10歳若かったらと言われますが…」東京V・小池純輝はなぜ32歳からの3年間で40ゴールを量産できたのか?

写真拡大 (全2枚)

 巷間、30代はベテランと呼ばれる。

 しかしサッカーは30代になってからが面白いとも言われる。そのことを実証する選手がいる。J2東京ヴェルディのMF小池純輝だ。

 2006年、浦和レッズユースからトップチームに昇格後、09年、現在のザスパクサツ群馬に期限付き移籍。のち、水戸、東京V、横浜FC、千葉、愛媛FC、ふたたび東京Vと現在まで7チームを渡り歩いた。
 
 今年5月で35歳を迎える小池はプロ17年目のJ2マエストロだ。

 特筆すべきはJ2歴代4位となる454試合出場(3月6日時点)。そして、ここ数年のゴールの数だ。

 東京Vへ再加入となった19年、2度のハットトリックを果たし16得点。20年に7点。昨季はキャリアハイの17得点。合わせて40得点。通算72得点のうち、半分以上をこの3年で挙げている。

 裏への抜け出しと正確なシュートコントロールを武器とする小池。ゴールパターンはクロスの軌道に入り込んでのダイレクトシュートやスルーパスを受け、ドリブルを仕掛けてのシュートなどだが、小池は30代になり、なぜゴールを量産しているのか?

 この問いに小池は「積み上げ」と答えた。

『積み上げ』
 一見何気ない平凡な言葉だが、経験値、思考法、人間性、生き方、縁が詰め込まれ、それらが互いにつながっている。

 始まりは前述の09年。
「エーコ(小池の愛称)、後ろできるか?」
 この年の開幕戦翌日、佐野達監督に左サイドバックへのコンバートを言い渡された。これまではもっぱらFWのみ。サイドバックのプレー経験はほとんどなかった。

 断ることもできたが、チャンス欲しさに「できます」と即答。この年、51試合中、49試合に出場し主力となった。これがキッカケとなり、その後所属したチームでは両サイドバック、両ワイドで起用された。突然のコンバートでポジションとプレーの幅が広がり、加えて、様々な監督のもとでプレーしたことで、選手としての奥行きが出た。東京Vに復帰した際、再びFW起用となったことも量産の要因に挙げられる。

 とはいえ、以前の小池はここ数年のように1年を通して、主力として活躍したシーズンはあまりない。しかし、これは決してマイナスではなかった。小池は成功よりも失敗が、試合に出た時期より、出られなかった時期が自分を育ててくれたと振り返る。

J2リーグ順位表
 例えば練習中にミスをする。その時、選手の多くはミスしたことを残念がって終わる。しかし小池は「なぜミスをしたのか」を考えたうえ、気づきや感じたことをすぐに実践。試行錯誤を繰り返した。

「大した成長はないかもしれない。でも必ず小さな成長はできている」
 この信念をもって試行錯誤を続けたのだ。
 
 また移籍が多かった小池ならではの思考サイクルがある。 
『知る→伝える→磨く』
 自分の特長を知る→その特長を監督・チームメイトに伝える→さらに磨く→特長を知る……この循環も実践し続けた。
 例えば得意の裏のスペースへの抜け出しを周囲に印象付けるため、何度も繰り返すことで知ってもらう作業を行なった。この思考サイクルは新しいチームに早く馴染むのに功を奏した。

 そして具体的なプレーにも言及。ゴールシーンの多くはワンタッチゴール。これを可能にするのはペナルティエリア内のできるだけ深い場所に入り込めるからだ。その秘訣とはなにか? その答えはスキを作ること。

 ペナルティエリア内に入る前、相手の視野に入らないように位置取りをするという。

「フィジカル任せで相手を抜ければいいですが、僕はできません。ならば、相手から見えないところから走り込めれば、誰もいないのと同じこと。こうなれば理想。相手に気づかれない、悟られないポジション取りをすることが大事」

 そのため小池は相手DFの動き、身体の向き、目線、どの選手を気にしているのかをピッチ上で観察する。さらに裏を取るいくつかのポイントを設定。そのポイントが多く当てはまれば、確率は上がる。そのタイミングを90分間、狙い続けている。

 その結果、「見る質が向上した」と手応えを語る。

 そして小池の性格がゴール前での落ち着きを与えている。
「試合前、あれこれ考えると空回りするタイプ。いつも通り、『自然体で』と思うと力が発揮しやすい。余裕があれば、相手の動きが分かる。シュートは狙いすますより、ミートさせるもの。脱力というか……それができるのは積み上げた自信があるからと感じます」
 
・コンバートと移籍で得たプレーの幅
・ミスに対して「なぜ?」と自らに問うこと
・気づきを実践し、試行錯誤する作業
・「知る→伝える→磨く」独自の思考サイクル
・見る目の向上
・自然体

 これらに付け加えるなら、東京Vとの相性の良さ、盟友・梶川諒太の存在も挙げられる。そして、じっくり時間をかけながら、こうした要素がパズルのように組み合わさり、いまに至っている。

「これまでの小さな成功をかき集めたモノが32、33、34歳になって大きな束になって返ってきた。よく10歳若かったらと言われますが、積み上げはなかったろうし、その大切さにも気づかなかったと思います。やってきたこと、続けてきたものが実になった」

 目の前の結果以上にプロセスを大事にした小池純輝。

「30代になると周りから力が衰えていくと思われます。それでも僕は成長する姿を見せたいですし、そう思ってやってきました。そのことを証明できたと感じます」

取材・文●佐藤亮太(フリーライター)