逃げたアミメニシキヘビ(飼い主の男性提供)

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ヘビは逃げるのがうまい動物というのはわかっていたんですが、自分の管理不足。窓を換気していたことも含め人的ミスを重ね、逃げられる事態になってしまいました」

【写真】飼い主の男性に大きなエサを丸のみするメカニズムを尋ねると

 と飼い主の男性は申し訳なさそうに話す。これほど大きな騒動を巻き起こすことになろうとは想像もできなかったに違いない。

 横浜市戸塚区名瀬町のアパート2階の部屋で飼育されていたアミメニシキヘビが6日に逃走してから10日がたつ。神奈川県警や横浜市消防局などが付近の捜索に駆り出される中、飼い主の男性も責任を感じて捜索に加わってきたが、ヘビはどこへ行ったのか手がかりさえつかめていない。

 逃げたヘビは体長約3・2メートル、体重約10キロ超と巨大。ひとり暮らしをする飼い主の男性は6日午前8時半ごろ、ヘビをケージに入れロックした状態で、換気のため窓を網戸にして外出した。同日午後9時ごろ帰宅すると、ケージのロックが外れてヘビはおらず、網戸のスライド部分が10センチ程度ずれて隙間が開いていた。

ヘビは缶ビールくらいの太さです。おそらく寄りかかった重みで網戸がずれ、多少うねうねしながら隙間を広げて逃げ出したのではないかと思っています」(飼い主の男性)

 アミメニシキヘビは人に危害を加えるおそれがあるため、飼育に許可が必要な「特定動物」に指定されている。

 飼い主の男性は許可を得ていたが、届け出ていたガラス製ケージとは異なる木製ケージで飼育しており、ケージの変更を連絡していなかった。

 毒は持っていないが巻きつく力が強いため、周辺住民はおびえながらの生活を強いられている。

「長く飼育する中、部屋でケージからヘビが出てしまうことは正直あった。私の管理不足でした」(飼い主の男性)

 部屋から逃げ出したときの想像力が足りなかったことは間違いない。

 男性が飼育するヘビは計8匹。子どもの頃からヘビが好きだったという。

「母親はヘビが大嫌いなので飼うことができず、飼育するようになったのは成人してから。図鑑などを見て、憧れというか、こういうのを飼えたらいいな、と思っていました」

 逃げたアミメニシキヘビは飼っているなかでは2番目に大きな個体で、3年半前にペットショップで購入した。

「最初は体長約40センチで生後1か月程度だったと思います。とぐろを巻いて手のひらに乗るサイズでした」(飼い主の男性)

体温を感じたほうに飛びかかる

 静岡県にある国内最大の爬虫類・両生類の体感型動物園「iZoo(イズー)」の白輪剛史園長によると、アミメニシキヘビは全長約9・9メートルまで生育した記録があり、体重記録もアナコンダに次ぐ重量級。タイやシンガポールなど高温多湿な熱帯地域に住み、野ざらしの屋外では日本の冬はまず越せないという。

「性格は神経質です。あまり危険性をあおりたくないけれども、決しておとなしいヘビではなく反射的に噛みつくことがある。逃げた個体の大きさからすると、すでに繁殖能力を持ち血気盛んなヤングといった年ごろ。見つけても近づかず、飛びつかれないよう2メートルは距離をとってください」(白輪園長)

 エサは哺乳類や鳥類を丸のみ。食いちぎったり、かじることはできない。昆虫や植物は食べず、現場周辺で捕食対象になりそうなのはネズミやネコ、スズメなどの小鳥やカラス、ハトなどが考えられる。だらかといって、犬や人間が「セーフ」とはならない。

「アミメニシキヘビは鼻先に熱感知センサーとなる器官があり、舌でにおいをかぎながら、体温を感じたほうに飛びかかります。噛みついたら身体を巻きつけ、相手の鼓動がなくなるまで締めつける。そのあと、相手が大きすぎたら食べないというだけの話なんです。ヘビが潜んでいそうな場所には近づかないことです」(白輪園長)

 現場はJR東戸塚駅から西に約2キロの住宅街と山林が混在する環境。近くに広大な雑木林や畑、細い川があり、ヘビが好みそうな湿地や茂み、民家のエアコン室外機など温度の高い場所には注意が必要だろう。

 近隣住民のストレスはたまるばかり。

「小学生の子どもにはかわいそうだけれども外で遊ぶのを禁止にした。登下校に途中まで付き添ったりしているし、いつになったらヘビは見つかるのか」(近所の女性)

「朝起きて雨戸を開けるのが怖い。そこにヘビがいたらどうしようって。外出するのも躊躇(ちゅうちょ)してしまう」(別の近所の女性)

 現場周辺を犬の散歩で通った70代女性は、「散歩させないわけにはいかないし、なるべく草むらに近づかせないようにしているけど、ほら、こうやって茂みのほうに引っ張るのよ」と困った表情。

 近くの畑で農作業をしていた80代男性は、「ふと近くの樹木を見上げ、枝にヘビが絡みついていないか確認してしまう」と過敏になっていた。

まだ見つからないのが不思議

 逃走ヘビは推定3歳7か月。生育環境によっては35年生きることもあるというから、本来の寿命はまだまだ長い。

 飼い主の男性によれば、与えていたエサは冷凍のラット(ドブネズミ)。1か月に1度、1匹丸のみするだけで数か月は腹が持つ。下アゴが左右に「ニューッと伸びる感じ」(同男性=※写真)で開き、大きなエサをのみ込んでいくという。

「生き物丸ごとなので栄養価がある。内臓もあるし骨もあり、カルシウム、ビタミンなどバランスがとれます。ほかのエサを与えたことはありません。飼い主目線で言うと、冷凍エサしか食べていないので外では何も捕食できないだろうなと。近くの雑木林にはリスなどもいるんですけど、狩ることはできないんじゃないか」(飼い主の男性)

 夜行性ともいわれるアミメニシキヘビの行動範囲は狭く、暗闇に乗じても長距離を移動することは考えにくいという。

 前出の白輪園長は「まだ見つからないのが不思議で、逃げた場所からせいぜい十数メートルの範囲内に潜んでいる可能性はいまだにあると思っている。ヘビにとって遠くに行く理由がないから」と話す。飼い主の男性から頼まれ、捜索のための助言もしている。

 飼い主の男性は平均睡眠約5時間の捜索生活を続け、体調を崩すこともあったが、「いまは疲れている場合じゃない」と捜索を諦めない姿勢。ヘビマニア仲間が捜索を手伝ってくれている。

 一方、飼い主の男性が暮らすアパートはそもそも「ペット禁止」で、周辺からはルール違反を厳しく指摘する声も聞く。飼い主の男性にそのことをぶつけると、

「はい。アパートの管理会社からも指摘されました。ご迷惑をおかけしました」

 と非を認める。飼育していたほかのヘビなどをこのほど第三者に譲渡し、アパートからも退去して今後は“通い”で捜索を続ける。

 離れて暮らす親からも叱られたという。

仮に戻ってきたとしても──

 さて、ヘビが自発的に戻ってくる可能性はないのか。

「正直、ヘビは人になつくような生き物ではない。おそらく飼い主のことも認識できないし、迷子になったワンちゃんが戻ってくるみたいなことはないと思います。また、ヘビマニアの心理としてニックネームはつけません。熱帯魚などと同じでコレクションみたいな感じなんです」(飼い主の男性)

 アミメニシキヘビについては継続して飼っている個体を除き、昨年6月以降は個人の愛玩目的での新規飼養を認めていない。戻って来なかったとしても、別の新しいアミメニシキヘビを飼うわけにはいかない。

 飼い主の男性にとって、最悪のシナリオとは何か──。

「もう飼えないことではありません。逃げたヘビにも申し訳ないことをしてしまいました。仮に戻ってきたとしても、私が同じ個体を飼い続けるわけにはいかないでしょう。しかるべき場所に預けることなどを検討します。最悪のシナリオはヘビが人にケガを負わせることです。これを避けるために早く見つけたい。死骸でもいいからなんとしても見つけたい」(飼い主の男性)

 男性はヘビの扱いに慣れているため噛みつかれたことはないといい、ケージを掃除するときは重いヘビを肩に担ぐこともあったという。

「ただ、ヘビが嫌がる触り方をすると襲われる危険性があるので、見つけても絶対に触ろうとしないでください」(飼い主の男性)

 ヘビ逃走中──の結末は人間側の行動にかかってくる部分が大きそう。現場周辺には興味本位のやじ馬も少なくないが、おもしろがっている場合ではない。

◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)

〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する