五輪が「社会の敵」になる日
こう言っては何だが、Jリーグの概念は貴重な役割をはたしてきたと思っている。旧態依然とした日本スポーツ界の体質に風穴を開けた、と。その穴をさらに広げること。すなわち、スポーツ環境の改善及び、選手の社会的地位の向上を、東京で2度目の五輪を開催する意義とすれば、話は上手くまとまると考えていた。
選手の環境はかつてよりだいぶ改善されたが、世界の先進国に比べればまだまだ劣る。その改善、改革が、2度目の東京五輪開催を機に促進することを願ったものだ。しかし五輪嫌い、スポーツ嫌いの割合が増えれば、理解度は高まらない。このまま五輪が開催されれば、それが逆にスポーツの普及発展の妨げになるような気がしてならないのだ。
五輪ファンとは一過性の人たちだ。そうではなく、日常的にスポーツを下支えするスポーツファンを増やそうとすれば、ビッグイベントを招致する前に、やるべきことはある。
現在、報じられているニュースから拾うならば、広島東洋カープとサンフレッチェ広島が、本拠地である広島を盛り上げようと、共同で記念のユニフォームを制作し、それぞれの試合で着用するという話題だ。
野球ファン、サッカーファンという括りではなく、広島ファンという括り。それは言ってみればスポーツファンという括りでもある。競技別のファンではなく、そうしたスポーツファンを増やすことが、街の活性化に繋がるというこのコンセプト。日本の隅々まで広げたい。野球とサッカーだけでなく、バスケットボール(Bリーグ)も加わればいいし、個人競技に展開していってもいい。
総合スポーツクラブ化と言ってもいい。FCバルセロナのように1つのクラブでそれを展開してもいいが、今回の広島のように、まとめ役がいれば、別組織でも何ら問題はない。単独の企業やスポンサーではなく局地的な郷土愛によって各競技が支えられるスタイルが東京五輪を機に、より発展していくことを筆者は願っていたのである。
現状では、五輪は一過性のお祭りの域に留まる。さらに、東京五輪が本当に開催されれば、スポーツそのもののイメージまで悪化する。日本のスポーツの将来を心配する人はいないのか。五輪開催は、スポーツ政策の失敗の始まりに見えて仕方がない。
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関連情報(BiZ PAGE+)
スポーツライター杉山茂樹氏の本音コラム。