アーセナルで「奇妙な背番号」を背負った7人のスター

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日本人選手も所属してきたアーセナル。ここでは、奇妙な背番号を背負った選手たちを取り上げてみる。

2番:アブ・ディアビ

NEXTヴィエラとして期待されながら、度重なる怪我に苦しまされたフランス人MF。アーセナルでは長らく2番を着用した(最後の2年は24番)。

本人も「正直、自分も驚いたよ。友達から『もし移籍しても2番は着けないで』と言われたのを覚えている。僕は『OK』と答えたんだけど、結局この番号になってしまった!」と述べている。

3番:バカリ・サニャ

フランス代表でもプレーした右サイドバック。

デビューしたオセールでは29番だったが、右SBながらアーセナルでもマンチェスター・シティでも3番を背負った。

その後もイタリアでは83番(1983年生まれ)、MLSでも33番と3に関連した番号をつけた。

7番:ネルソン・ビバス

小柄ながら抜群の守備力を持っていた元アルゼンチン代表DF。

アルゼンチンはパサレラ、ダニエル・アジャラ、エインセなど身長170cm台の名DFを生み出してきたが、160cm台だったビバスもその系統を受け継ぐ選手だった。

彼の後にアーセナルの7番を背負ったのは、ロベール・ピレス。

8番:イアン・ライト

ティエリ・アンリに抜かれるまでアーセナルのクラブ史上最多得点記録保持者だったストライカー。

ガナーズでは8番のエースとして185ゴールを記録した。「クリスタル・パレスでは10番だったが、アーセナルではその番号はつけることができなかった」というのが理由だそう。

26歳までトップリーグでプレーしたことなかった苦労人であり、30歳を超えてからプレミアリーグで決めた得点数は歴代1位の93ゴールにもなる。

10番:ウィリアム・ギャラス

チェルシー、アーセナル、トッテナムとロンドンのビッグクラブで活躍した元フランス代表DF。

その類まれな運動能力を武器にセンターバックや両サイドバックで活躍したが、アーセナルに加入した際はなぜか10番を選んだことで周囲を驚かせた。

後年に「娘が11月10日に生まれていたし、もし若い選手に10番が与えられていたら、大きなプレッシャーがかかってしまうからね」とその理由を語っている。

11番:アンドレ・サントス

ブラジル代表でもプレーした左サイドバック。

何かとネタにされる選手だが、2009年のコンフェデレーショズカップでセレソン入りした実力者でもあった。“NEWロベルト・カルロス”と評されたように、アタッキングセンス、運動量、ドリブル、クロス、フリーキックなど一定以上の高い資質を兼備。

アーセナルでは期待されたような活躍はできなかったが、スイス2部で突如アタッカーにコンバートされると得点を量産して話題になった。

52番:ニクラス・ベントナー

お騒がせキャラとしても知られたデンマークの怪童ストライカー。

アーセナルに所属していた2009シーズンに突如、背番号を26番から52番に変更した。

「好きな番号は7なんだ。でも、それはすでにロシツキーが着けていた。だから、52にしたんだ。足すと7になるからね。43よりはかなりマシだろ。(不仲だったエマニュエル・アデバヨールが着けていた)25は絶対に着けない」というのが理由だったそう。

【写真】サッカー史上最も奇妙な「背番号1〜11番」を背負った男たち

なお、ヴォルフスブルクでは3番も着用。その理由は「母が私のために選んだ番号」だったからだとか。