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「藤原豆腐店」本当の名前は「藤野屋豆腐店」

text:Kumiko Kato(加藤久美子)

「頭文字D(イニシャルD)」で世界的に有名になった「藤原豆腐店」は、作者であるしげの秀一氏が高校生の頃に使っていた通学ルートの近くに実在していた豆腐店である。

物語が生まれるきっかけになった場所でもあり、またイニシャルDファンの「聖地」でもある。

頭文字Dの中では「藤原豆腐店」だが、実際の豆腐店は「藤野屋豆腐店」という名前だった。

頭文字Dの中では「藤原豆腐店」だが、実際の豆腐店は「藤野屋豆腐店」という名前だ。

筆者は息子が4歳の時に、香港映画の実写版「頭文字D」を映画館で見てから親子ではまり、コミックス全巻を買いそろえたほか、英語の勉強のためにUS版コミックス10巻、US版DVD(アニメ)なども買いまくった。

そして、物語の舞台となる藤原豆腐店や秋名山(榛名山)の5連ヘアピン、碓氷峠のC-121コーナー、峠の釜めし「おぎのや」の看板がある駐車場や走り屋が集まる「すかいらーく」など、ほとんどは実在することを知った。

本物が見たい! と思う一心で、息子が幼稚園〜小学生低学年の頃はたびたびロケ地巡りに出かけていた。

そのころよく訪れていたのが、藤原豆腐店である。

2008年頃まで群馬県渋川市寄居町に実在していたお豆腐屋さんで、実写版映画の際にはロケ地として使われた。看板なども物語と全く同じに架け替えられていた。

もともと作者がこの豆腐店を舞台にしているのだから、似ているのは当然と言えば当然だが。

世界中から頭文字Dファンが集まる聖地に

最初にわたしたちがお店に訪れたのは2006年の春だった。

実写版「頭文字D」が日本で公開されたのが2005年9月だったので、すでに映画のロケから2年以上が経過していたが、お店の前には出演した俳優さんたちの写真や、数多くの撮影中の写真やサインなどが飾られていた。

筆者が訪れた2006年当時のようす。

世界中から訪れる頭文字Dファンのために用意したお店側のサービスだ。

わたしたちも藤野屋豆腐店でお豆腐や油揚げを買って、そしてお店の前で記念写真を撮った。

お店の人に聞いて初めて知ったが、藤野屋豆腐店は渋川市内で100年以上続くお豆腐屋さんとのこと。

とても歴史のあるお豆腐屋さんだったのだ。

店主いわく「特にアジアからの観光客が多いですね。韓国とか台湾ですね。皆さんインターネットで情報を集めてね、藤原豆腐店が実在することを知ったそうですよ」とのこと。

「それではるばる海を越えてね、ここに来てこのお店の姿を見たら感動しちゃってね。号泣される方もたくさんいましたよ。何度もありがとうって」

「そんな風に、はるばる来てくれる方がいるから、ロケが終わっても元の看板に戻さず、このままにしておこうと。あと、映画の撮影中の写真なんかも飾ってね。訪れた人に喜んでもらえたらいいかなと」

「遠く海外からせっかくきたのに、『藤原豆腐店』じゃなかったらがっかりでしょう?」

もう1つ、看板やその他のセットを映画と同様に残していたことには寂しい理由もあった。

区画整理のタイミングで閉店 その後は?

もう1つ、看板やその他のセットを映画と同様に残していたことには寂しい理由もあった。

2回目にロケ地巡りで訪れた際、お店のご主人がこのような話をしていた。

「伊香保おもちゃと人形・自動車博物館」の内部。

「この場所は渋川市の区画整理が行われる場所なんです。あと1〜2年もしたら豆腐店も無くなってしまうんですよ」

「藤野屋豆腐店は100年以上続いている豆腐屋ですが、わたしたちの次にお店を継ぐ後継者もいません」

「それで、区画整理でお店が取り壊されるタイミングで、お店をたたもうと思っているんです」

わたしたちもその話を聞いて非常に寂しい思いをした。閉店の話は瞬く間に世界中を駆け巡り、多くの頭文字Dファンを悲しませた。

中には、「お店を丸ごと移築したい」「博物館にしたい」という遠方からの申し出もあったとのこと。

取り壊されてなくなってしまうことを案じた多くのファンは、とある博物館に藤原豆腐店の移設を嘆願するメールを送り始めた。

その博物館とは伊香保温泉にある「伊香保おもちゃと人形・自動車博物館」である。

私設博物館として日本一の来場者数を誇る人気の施設だ。

伊香保と言えば藤原拓海が中学生の頃から、父親である文太の命によってハチロクに豆腐を積んで、午前4時に店を出て配達に向かっていたルート上にある温泉街でもある。

移設先としては最高の場所だ。

ファンの願いが叶った!

伊香保おもちゃと人形・自動車博物館館長の横田正治氏に移設までの経緯についてお話を伺った。

「区画整理で壊されることを知った多くの頭文字Dファンから、『博物館に移築してください』というメールが殺到しました」

作者であるしげの秀一がファーストオーナーの平成4年式マツダRX-7も展示されている。

「わたし自身は世代的に頭文字Dとは少し離れていたので、驚きましたね」

「あまりにもたくさんの嘆願メールをいただいたので、移設することを決めました」

「ご親族が保管していた店舗看板、外装、備品等が博物館に寄贈され再現されたエリアが2014年に完成しました」

「オープニングには、藤野屋豆腐屋さんの娘さんとお孫さんにもご来場いただきました」

ファンの願いが叶って、無事、「藤原豆腐店」を残す場所としてもっともふさわしい「伊香保」の地に無事移設されることになったのである。

そしてさらに、ファンを喜ばせる試みがちょうど1年前にスタートした。

「博物館の外壁をバックにして愛車と写真が撮れるよう、2018年12月に豆腐屋を作りました」

「『藤原とうふ店』のマグネットシールを貸し出しして、愛車にシールを貼って写真が撮れるような工夫をしています」

愛車と一緒に藤原豆腐店をバックに写真が撮れるサービスが始まったことで、オープニングには韓国からフェリーに愛車(なんと4台も)を積んで駆けつけてくれたファンもいたそうだ。

ミュージアムには作者であるしげの秀一がファーストオーナーの平成4年式マツダRX-7も展示されている。