男の寿命は「奥さんを大切にすること」で延びる
※本稿は、奥村歩『「朝ドラ」を観なくなった人は、なぜ認知症になりやすいのか?』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■寿命についての80年にわたる追跡調査
世の中には、日々健康に気をつけていても早死にしてしまう人もいますし、健康のことなんかまったく気にしていないのにしぶとく長生きする人もいます。きっと「いったい何が短命と長命を分けるカギになっているのだろう」と不思議に思っている方も多いのではないでしょうか。
これについて、80年の歳月をかけてアメリカで行なわれた疫学研究があります。その名も「Longevity Project」(長寿研究)。おもしろい研究成果が報告されているので、ちょっと紹介しておきましょう。
この研究が画期的なのは、子どもの時期から死を迎えるまでのおよそ80年にわたり追跡調査をして、どんな要素が長生きに結びついているのかを調べた点。
1921年、米スタンフォード大のルイス・ターマン教授は、当時10歳の児童1528人を対象に性格の傾向や社会生活の動向を調べ、その後どのような人生を歩んでいくのかを記録するという壮大なプロジェクトを立ち上げました。
調査は5〜10年おきに対象者にインタビューをするというかたちで進められ、ターマン教授の死後は若手研究者らに引き継がれて、対象者の寿命が尽きるまで続けられました。その結果、「何が長生きに結びついているのか」の興味深いデータが浮かび上がってきたというわけですね。
■男性は既婚者だと長生きする
ここでは多くを紹介できないのが残念ですが、たとえば、「子どものときに『明るくてポジティブな性格』だった人は早死にの傾向が強かった」「老後にのんびりした暮らしを選択すると早死にの傾向が強まる」「愛されているかどうかは寿命には関係なかった」といったように、かなり意外な結果も報告されています。
気になる方は邦訳の書籍(『長寿と性格』ハワード・S・フリードマン、レスリー・R・マーティン著 桜田直美訳 清流出版)も出ているのでチェックしてみてください。
なお、この「長寿研究」の中で、私がいちばん興味を引かれたのは、結婚・離婚状況と男女の寿命に関しての報告です。
これによれば、男性に関しては、独身の人よりも結婚している人のほうが長生き率が高く、とくに「ひとりの妻と生涯連れ添った男性」は長生きする傾向が強かったそうです。また、離婚して独り身になってしまった男性や妻に先立たれてしまった男性は早死にしてしまう傾向が顕著だったそうです。
この結果からすれば、やはりパートナーと一緒に暮らすことは大事なんだなということになりますよね。
■一方、女性は離婚すると長生きする
ところが、一方の女性はというと、夫と離婚したり夫に先立たれたりしても、ほとんど寿命に影響がないという結果が出たのです。しかも、離婚組の女性は、離婚組の男性よりもはるかに長生きであり、むしろ、夫と別れてからのほうが健康にいきいきと人生を送る人が多かったといいます。
つまり、熟年離婚でもしようものなら、男のほうはあっけなく早死にしてしまう可能性が高いけれど、女のほうは変わらないか、逆に長生きする傾向が強まるというわけです。
こうした差が出る理由を私なりに分析するならば、男女の社交性の違いや生活能力の違いが影響しているのではないでしょうか。
一般に男性は社交性が乏しく孤立性を高めやすい傾向があります。男性ホルモンのテストステロンには「問題を抱え込んでも自分ひとりで解決する」という傾向を強める働きがあるのです。このため、妻がいなくなると、誰にも助けを求めずひとりで家に引きこもり、社会から孤立してしまう傾向が強い。
しかも、中高年の男性には、それまで家事を妻任せにしてきたために、料理、掃除、洗濯などの作業に苦労する人が少なくありません。きっと、食事もいい加減になるでしょうし、ストレスや疲労もたまるでしょう。こうした状況から、病気になったり体調を崩したりして早死にしてしまうケースが多くなるわけです。
■男性は早死にしないためにも妻を大切にするべき
これに対し女性は、一般に社交性に富み、地域社会や人とのつながりをたいへん大事にします。女性ホルモンのエストロゲンの影響もあり、他人への共感能力が高く、ひとりで悩みを抱えずに仲間同士で助け合いながら生きていく傾向が強いのです。
それに、女性は夫がいなくなっても家事などの生活能力の点で困ることがありません。むしろ、パートナーがいないほうがストレスや家事負担が減ってラクになったと感じる人もいるでしょう。だから、離婚をしたり夫に先立たれたりしても、健康を損なうことなく社会の中でのびのびと生きていくことができるわけです。
私は、パートナーとの離婚後や死別後に社会的に孤立してしまうかどうかは、認知症やうつ病の発症にも大きく影響すると考えています。現に、私のクリニックでも「パートナーに先立たれてからボケてしまった」「離婚後、家に引きこもってうつ病になってしまった」といったケースが非常に目立っています。
ですから、とくに男性は、早死にしたりボケたりしないためにも、パートナーである奥様のことを大事にしていくべき。具体的にはできるだけの気遣いを心がけ、その気遣いを行動でも示して、自分も家事をやったり言葉をかけたりすべきでしょう。
そうやって日々パートナーシップを深めておけば、少なくとも「いい歳になってから熟年離婚を言い渡される」なんていう怖ろしい事態は回避できるのではないでしょうか。
■男性は「定年後」もボケに要注意
最近はコミュニケーション能力のことを「コミュ力」と呼ぶのだそうですね。
私は、コミュ力のない男性は、脳が衰えるのもボケるのも早いと考えています。女性はしゃべることに関しては心配ありません。
でも、男性には無口な人、寡黙な人が多く、あまり積極的にコミュニケーションをとろうとしない人が目立ちます。そういう男性がろくにしゃべらない日々を長く送っていると、脳が刺激不足に陥って早く衰えてしまうのです。
とりわけ、用心してほしいのが「定年後」です。どんなに無口な男性でも、日々仕事をしていれば、職場の人などと否応なく会話をするもの。しかし、定年を迎えて職場へ行く必要がなくなると、外に出たり人に会ったりすることが減り、コミュニケーションの機会が大幅に減ってしまいます。
奥さんや子ども、孫など、家族とよく話していればまだいいのですが、家にいる時間が長くなると、いちいち声に出すのを億劫がって次第に言葉を発さなくなっていくケースが多いのです。
■めんどうがらずに雑談をすることがボケ防止になる
そもそも、言葉は脳の表現形であり、「考えたことや頭に浮かんだことを言葉に出して誰かに伝える」という行為は、それだけでけっこうな脳の刺激になっているもの。この「発語」の機会がガクンと減れば、当然、脳への刺激もガクンと減ってしまうことになります。
そして、刺激が減れば、脳が老化したり衰えたりするリスクがぐんと高まってしまうことになるわけです。
ですから、男性の方々は脳を衰えさせないためにも、コミュ力を鍛え、なるべく頻繁に会話を交わすようにしていくべきです。
とくに大事なのは、日常レベルの他愛もない世間話です。たとえば、「今日の朝ドラはどうだった?」とか「2丁目に新しいラーメン屋ができたの知ってる?」とか「明日は急に気温が上がるんだってさ」といった当たり障りのない会話が「毎日ちゃんと交わされている」ことが肝心なのです。
男性は、「筋道を立てて論理的に話す会話」はわりと得意であり、そのため、話を組み立てたり言葉を選んだりして考えてから話す傾向があります。言わば、「話をすること」に対してけっこうな労力をかけてるんですね。
ただ、どうでもいいような当たり障りのない会話となると、「そんなこと、わざわざ話さなくてもいいことだよな」と、めんどうがってあまり口を開きません。要するに、よけいなエネルギーを費やしたくなくて労を惜しんでいるのです。
しかし、どんなにつまらない会話であろうとも、男性はしゃべることに対して労を惜しんでいてはいけません。とくに会社を定年になった後は、「労を惜しんで口をつぐんでいたら、脳の衰えはどんどん加速する一方だ」くらいに思っておいたほうがいいでしょう。
■男の寿命はどれだけ喋るかによって決まる
もっと言えば、どれだけ多くの言葉を発するかは、その人の寿命にも大きく影響してきます。高齢者の場合、日頃からしっかり「発声」「発語」をしていないと、のどの筋肉が衰えて飲み込んだり呼吸をしたりする機能が衰えがちになるのです。
こうした機能を早い段階で衰えさせてしまうと、誤嚥性肺炎などを起こして命を落とすリスクも高まります。
とにかく、男の寿命はどれだけたくさんの言葉を発するかどうかによって決まってくると言っても過言ではないのです。ぜひみなさんも日々の何気ないコミュニケーションを大事にして、言葉で脳を刺激しつつ長生きをしていくようにしましょう。
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奥村 歩(おくむら・あゆみ)
医学博士
1961年生まれ。おくむらメモリークリニック院長。岐阜大学医学部卒業、同大学大学院博士課程修了。2008年に「おくむらクリニック」を開院し、設置した「もの忘れ外来」ではこれまでに10万人以上の脳を診断した。著書に『脳の老化を99%遅らせる方法』(幻冬舎)、『あなたの脳は一生あきらめない!』(永岡書店)など。
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(医学博士 奥村 歩)