八王子にクマ出没で騒然…じつは「東京に235頭のツキノワグマが生息」の衝撃…“顔を狙う猛獣”の人里接近に専門家も警戒

写真拡大

4月29日、東京・八王子の住宅地近くに、体長1メートルを超えるクマが現れ、住民に衝撃が走った。「東京にクマなんているはずがない」――そう思った人も少なくないだろう。だが、その認識は危うい。実際、東京都の森林には推定235頭ものツキノワグマが生息しているとされ、専門家の間では“人里接近”への警戒感が年々強まっている。都市と野生の境界線が曖昧になりつつある今、東京は本当に安全なのか。

【画像】本州に生息するツキノワグマ

クマが全速力でバスターミナルへ…

豊かな自然は人間に深い癒やしを与えてくれる。しかし一方で、自然は時として人間の想像を絶する暴力となって牙を剥くことがある。

2009年9月19日。舞台は岐阜県と長野県の県境に位置する乗鞍岳畳平バスターミナルである。

標高2702メートルという雲の上に広がる美しい世界は、秋の大型連休の初日という条件も重なり、1000人を超える観光客や登山者で大変な賑わいを見せていた。人々は笑顔で写真を撮り合い、大自然の空気を胸いっぱいに吸い込んでいた。

午後2時20分頃、平和な風景は一瞬にして地獄絵図に変わる。1頭のツキノワグマが突然、人々の前に姿を現したのだ。

体長130センチメートル、体重67キログラム。21歳のオスのツキノワグマであった。体重の数字だけを見ると成人男性と同じくらいだと思うかもしれない。

しかし、野生のクマの身体は桁違いの筋肉の塊である。クマは魔王岳の中腹から、全速力でバスターミナルへと駆け下りてきた。

最初に被害に遭ったのは68歳の男性

クマは決して人間を食べるために現れたわけではない。事前の調査によれば、ハイマツの実など自然の食べ物を普段通りに口にしていた形跡が残されている。

人間と偶発的に遭遇し、逃げようとしてバスや鉄柵に激突するうちに、極度のパニック状態に陥ったと推測されている。恐怖に駆られた野生動物は、目の前にある動くものを次々と標的にしていった。

最初に被害に遭ったのは、風景をカメラに収めようとしていた68歳の男性である。クマは男性の肩や腹、左膝を鋭い爪で無残に引き裂いた。

悲鳴が響き渡る中、クマは休むことなく登山道にいた女性へ襲いかかる。近くにいた66歳の男性が、持っていた杖でクマの頭を殴り、女性を助けようと勇敢に試みた。

しかし、興奮したクマは即座に反撃に出る。男性は顔面を強烈に一撃され、右目を失明し、歯を失うという取り返しのつかない重傷を負ってしまった。

人々は逃げ惑い現場はパニックに包まれた。59歳の山小屋経営者の男性は人々を避難させた後、自らおとりとなりクマの注意を逸らそうと試みた。結果として、顔面から喉にかけて120針も縫い合わせる大規模な裂傷を負うこととなる。

息子がクマを蹴り飛ばして助けようとし、たまたま軽トラックが間に割って入ることで、辛くも致命傷は免れた。

「東京にクマなどいるはずがない」との危険な思いこみ

クラクションの音や車の接近はクマの恐怖を煽った。クマは建物内に侵入し、バスの女性運転手の左耳に咬みつき、従業員たちも次々に負傷させた。最終的に職員が消火器を噴射し、クマを土産物店に閉じ込めるまで約40分間暴れ回った。

事件発生から3時間40分後、猟友会によって射殺されるまでに、助けに入った人々を含めて10人もの人間が重軽傷を負った。

直接的な死者は出なかったが、顔面への集中攻撃というツキノワグマ特有の習性により、被害者の多くは一生残る傷と後遺症、深いトラウマを抱えることになった。

現代に戻り、東京都の現状を考えてみたい。

「東京にクマなどいるはずがない」と思いこむ人は多い。高層ビルが立ち並ぶ大都会のイメージが強いからだ。

しかし、東京都の西部に広がる奥多摩町や檜原村などの豊かな山間部には、確かにツキノワグマが生息している。東京都環境局の調査によれば、都内の森林には235頭のツキノワグマが生息していると推定されている。

決して無視できる数ではない。長年にわたる手厚い保護政策や、一部地域での狩猟禁止措置が継続されたことにより、個体数は着実に回復し、分布する地域も広がってきた。

東京都内で人間がクマに襲われる危険性は?

クマの数が増える一方で、人間の生活様式は数十年の間に大きく変化した。昔の日本には「里山」と呼ばれる場所があった。

人間が薪や山菜を採るために日常的に手入れをする里山は、人間の安全な生活圏と、奥深い野生の森とを隔てる明確な緩衝地帯の役割を果たしていた。

しかし、過疎化や高齢化が進行し、手入れが行き届かなくなった耕作放棄地が急増している。クマにとって、かつては危険で近づけなかった境界線が曖昧になっているのである。

森の中にどんぐりなどの食べ物が豊富にある年は、大きな問題は起きにくい。しかし、秋の木の実が不作の年になると、飢えたクマは生きるために食べ物を求めて人里近くまで降りてくる。

放置された果樹、あるいは人間が捨てた生ごみの強い匂いに引き寄せられるのだ。一度でも人間の食べ物の味を覚えてしまったクマは、危険を冒してでも何度でも人里へ戻ってくるようになる。

では、東京都内で人間がクマに襲われる危険性はどの程度あるのだろうか。客観的な公的データを見る限り、発生頻度は極めて低い水準にとどまっている。

2025年度の速報値では、都内の被害は2件のみ

2025年度の速報値では、都内の被害は2件のみで死者は出ていない。目撃情報も西部の豊かな自然が残る山間部に集中しており、新宿や渋谷といった23区内でクマが出没したという記録は一切存在しない。

なので必要以上に怯えることはないが、被害がゼロではないという事実から目を背けてはならない。過去には、奥多摩町で沢登りをしていた男性がクマと接触して斜面から転落して怪我をしたり、ワサビ田で農作業中の男性が背後から突然襲われ、指を失うという痛ましい事故も実際に記録されている。

万が一、山でクマと鉢合わせたらどう行動すればよいのか。絶対にやってはいけないのは、背を向けて走って逃げることである。

ツキノワグマは時速40キロメートルほどの猛スピードで走ることができる。木登りも泳ぎも人間よりはるかに得意だ。人間が自らの足で逃げ切れる相手では決してない。

もしクマが襲いかかってきたら、行政機関も推奨する明確な防御姿勢をとる必要がある。うつ伏せになって地面に倒れ込むのだ。そして両手を組んで首の後ろをしっかりと覆い、両肘で顔の側面をガードする。急所である頭部や顔面、首を守るためだ。

最も重要で確実な対策は「最初からクマに出会わないこと」

地面に伏せた状態で何があっても抵抗せず、嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。クマは人間を食べるために襲ってくるわけではない。

突然の遭遇に驚き、自分自身や連れている子グマを守るために、目の前の脅威を排除しようと必死に攻撃してくるのである。

したがって、人間側が完全に無抵抗な姿勢を示し、もはや脅威ではないとクマが判断すれば、自然と立ち去っていく可能性が高い。命を守るための最終手段として覚えておくべき知識である。

最も重要で確実な対策は「最初からクマに出会わないこと」に尽きる。山へ入る際は、鈴やラジオなどを携帯して音を鳴らし、人間の存在を遠くからクマに知らせる。

早朝や夕方の時間帯や、単独での山歩きは避ける。食べ物の匂いを周囲に漂わせない。基本的なルールを守ることが、人間とクマの双方の命を救う。

大自然は人間のためだけに存在するのではない。野生動物には独自の論理があり、侵してはならない生活圏がある。我々人間が自然の領域に足を踏み入れる時、そこはすでに野生動物の庭であるという謙虚な視点を持つべきだ。

単にクマが増えたからという単純な理由ではない

クマの出没エリアが人里に近づいている現象は、単にクマが増えたからという単純な理由ではない。自然環境の長期的な変化と、人間社会の構造的な変化が複雑に絡み合った結果である。

過去の陰惨な事件から我々が学び取るべきは、圧倒的な自然の力に対する深い畏怖だ。

この記事で触れた乗鞍岳の惨劇や東京都西部の現状は、決して他人事ではない。野生動物との境界線が曖昧になった現代、クマとの遭遇は「あり得ない」想定外の事態から、誰もが直面し得る現実のリスクへと変貌した。

私たちがすべきは、過度な恐れを抱くことではなく、正しい知識を備え、自然への敬意を忘れないことだ。都会の利便性を享受する一方で、すぐ傍らに猛々しい野生が息づいているという事実を謙虚に受け止めたい。

人間とクマ、互いの生存圏を守るための賢明な距離感こそが、悲劇を繰り返さないための唯一の処方箋となるのだ。

文/小倉健一