また当時セリエAのペルージャに所属していたアン・ジョンファンは、クラブから契約を解除されることになった。
 
 韓国優位の判定は、準々決勝のスペイン戦でも目についた。ルベン・バラーハの先制弾は、直前にファウルがあったとして幻に終わる。またホアキン・サンチェスが右サイドを突破しフェルナンド・モリエンテスのゴールに繋げたが、ボールはまったくラインを割っていなかったのに副審が即座に旗を上げてしまった。結局、韓国は0−0からPK戦の末に勝利を収めた。だがFIFAは、さすがに準決勝のドイツ戦では中立大陸から指名の原則を曲げて、スイス人の主審を起用。韓国の挑戦は、ベスト4で終焉を迎えた。

 韓国を下して3大会ぶりに決勝進出を果たしたドイツは、決して自信のあるチームではなかった。欧州予選ではホームでイングランドに1−5の大敗を喫してグループ首位を譲り、ウクライナとのプレーオフの末に連続出場に漕ぎつけていた。GLは無事首位通過したが、ノックアウトステージに入ると3試合連続して1−0の辛勝。大会MVPに輝く守護神オリバー・カーンの卓越したパフォーマンスが頼りで、ブラジルの「オ・グローボ」紙は「硬い腰の学校(柔軟性がない)。フィジカルと組織力が頼り」と揶揄していた。

 ブラジルも大陸予選では苦しんだ。10か国が総当たりの南米に与えられた出場枠は「4.5」。だがブラジルは最終戦を残して4位と低迷し、なんとか土壇場の一戦に勝利して出場を決めていた。不振の大きな要因は、前回大会の決勝戦直前に失神したロナウドの不在だった。ロナウドは1999年に膝蓋腱を断裂し、ようやく1年後に迎えた復帰戦で再断裂してしまう。選手生命を失っても不思議のない大怪我で、ほぼ2シーズンはプレー出来ない状況が続いていた。

 だからロナウドは語っている。

「僕の勝利はプレーすることだった」

 ルイス・フェリペ・スコラーリが指揮するブラジルは、厳しい守備を基盤に前線の3R(ロナウド、ロナウジーニョ、リバウド)に託す手堅いスタイルで勝ち進んだ。重要な試金石になったのは準々決勝のイングランド戦。マイケル・オーウェンに先制されるが、ロナウジーニョの巧みなドリブルからリバウドが決めて追いつき、50分にはGKデヴィッド・シーマンの位置を確認したロナウジーニョが長いFKで頭上を抜き勝負を決めた。
 
 だが大活躍のロナウジーニョは、終盤に退場処分を受けて準決勝は出場停止。重要な攻撃の核が不在の準決勝は、なかなかトルコを攻略できずに苦しんだが、ロナウドが3人に囲まれながらもGKに構えるタイミングを与えないトーキックのシュートでネットを揺すり、それが決勝点となった。

 こうしてそれぞれ南米と欧州を代表する強豪国のブラジルとドイツが決勝へ進むのだが、不思議なことにそれが大会史上初めての顔合わせとなった。

 ドイツはチーム屈指のタレントで、韓国戦でも決勝点を挙げたミヒャエル・バラックが出場停止になり、フランツ・ベッケンバウアーら関係者が処分撤回を求めてFIFAに直談判を試みたが、覆ることはなかった。

 堅守が命綱のドイツは、カーンが文字通り守護神として最後の砦であり続けた。だが67分、上手の手から水が漏れる。リバウドのシュートをカーンが弾いてしまい、それをロナウドが見逃さなかった。結局ロナウドは、80分にも得点王にダメを押す大会8つ目のゴールを決めて、ブラジルに5度目の優勝をもたらす。逆にカーンは試合終了のホイッスルが鳴ってもゴールポストに寄りかかり、いつまでも立ち上がれなかった。

「初めてのミス。でもそれが致命的だった」

 カーンは言った。しかしドイツのルディ・フェラー監督は、それを打ち消す。

「オリバーがいなければここまで来られなかった」

 2002年のバロンドールは、長いシーズンを通して主役を演じたジダンではなく、ワールドカップだけで輝いたロナウドが受賞した。

文●加部究(スポーツライター)

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