「菅原文太が宇宙人と交信」「倉本聰作品にもUFOが」だから“映画と時代”は切り離せない⋯1978年の邦画に「宇宙人が出まくる」理由
1978年、日本映画はなぜかUFOだらけだった。菅原文太主演の『トラック野郎』が宇宙へ飛び、倉本聰も脚本で便乗──その裏には、ある洋画の大ヒットが引き起こした空前のUFOブームがあった。邦画が時代に飲み込まれた“異様な一年”を、特撮史の裏側に潜む意外な事実を、特撮事情に詳しいライターの桜井顔一氏の新刊『日本特撮 人気作品の裏設定』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)
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『トラック野郎』になぜUFO?
その昔、松竹映画の看板といえば、盆と正月に公開される『男はつらいよ』シリーズであった。ご存知フーテンの寅こと車寅次郎(渥美清)が旅先で出会った女性に惚れ、故郷東京葛飾柴又のだんご屋に帰って一騒動起こし、結局最後はフラれてしまうという王道のストーリー。明石家さんまでさえも全作品DVDで持っているほどファン層の厚い日本映画を代表する人情喜劇である。
そんな国宝級のドル箱シリーズに戦いを挑んだ無謀者が、東映東京製作の『トラック野郎』シリーズだ。菅原文太扮する「一番星」の星桃次郎と、愛川欽也扮するやもめのジョナサンのコンビが、ダイナミックなデコレーショントラックに乗り、日本全国を旅するロードムービーでありながら、毎回登場するマドンナに桃次郎がイカれ、そんなマドンナが窮地に追いやられているのを見かねて「俺のトラックに乗れ!」と助手席に乗せて時間までに到着せねばならない場所まで送り届ける大活躍を見せるも、やっぱり最後はフラれてしまうという東映版寅さんだ。
寅次郎も桃次郎も実は次男で、秀才の兄貴が早死にしたという設定も一緒(というかパクリ)である。
『仁義なき戦い』シリーズで見せた二枚目から180度変わった三枚目役に徹し、コメディアン文太の顔を見せたことも人気の要因である。
このシリーズ、桃次郎の運転するトラックが暴走するうちに、工事中の橋を飛んで川を超えたり、車幅ギリギリの断崖を走行したり、大爆発の中を突っ走ったりド派手なカーチェイスと特撮によるハラハラのシーンがクライマックスの見せ場で、樋口真嗣や岡秀樹など特撮系監督の間でもファンが多い。
中でもここで取り上げる第7作『トラック野郎 突撃一番星』は、シリーズ一のびっくり特撮が仕込まれる。なんとオープニングから桃次郎の運転する一番星号がジェット噴射で飛んで宇宙まで向かい、宇宙空間を走行しながらUFOと交信までするのだ。
しかもこの大宇宙、ご丁寧にも「止まれ」「警笛」などの道路標識が並んでおり、バックには主題歌『一番星ブルース』が流されるという、もうどうにでもしてくれ的な演出。当時の観客もさぞかし戸惑ったであろうが劇場内は大爆笑だったようだ。
マドンナ月田えり子(原田美枝子)との初遭遇のシーンでも、海水浴帰りのえり子がウエットスーツを身にまとい、顔の周りにはマドンナ登場のお決まり効果でもあるお星さまがキラキラ舞っているもんで、桃次郎は宇宙から来たお姫様と勘違いしたまま一目惚れ。
第二種接近遭遇にてえり子が地球の人と判明し、その後一世一代の告白をしようと第三種接近遭遇を実行するのだが、桃次郎がえり子に真面目な話を切り出している最中に、いきなり画面がヌンッと引いたタイミングで、ロケ地「峰一合遺跡」の名称がテロップインされるといった観光案内のような演出にもまた度肝を抜かれる。
このシーン、ドリフターズ主演の松竹映画『チョットだけョ全員集合!!』(1973年)のラストで、加藤茶がいかりや長介ら4人に追いかけ回される画面がグーンと引いてここでエンドマークかと思わせといて、突然ロケ地「磐梯レークライン」のテロップが入り、その後「おわり」となる「どこで入れとんねん」的な演出を思い出させる。
話が飛んでしまったが、なぜ『突撃一番星』はこんなにブッ飛んでいるのか? それはこの映画が公開された78年は前年にアメリカで公開されたSF映画『未知との遭遇』が日本でも公開され、大ヒットしたことで空前のUFOブームが起こったため、この現象がトラックへ便乗し、一番星号を宇宙まで飛ばしてしまったというのが真相だ。東映なりに本家をパロッたのである。
文太ノリノリのUFO通信
『未知との遭遇』は、第二次世界大戦中にバミューダトライアングル上空で行方不明となった戦闘機が発見されたことをきっかけに、地球へ飛来した未確認飛行物体によって巻き起こる人類と宇宙人との交流の物語だ。75年公開の『ジョーズ』に続き、リチャード・ドレイファスが主演し、ヌーヴェルヴァーグを代表するフランスの監督トリュフォーと共演したことも話題となり、スピルバーグの名をより日本に接近させた大作としても有名である。
クライマックスで登場した宇宙人は、スキンヘッドで手足が細く目の大きいシンプルなビジュアル。それまでのオカルト系雑誌や映像では宇宙人といえば、バージニア州フラッドウッズに現れた丸顔で丸目玉の、スカートをはいたロボットのようなデザインが決まって紹介されていたが『未知との遭遇』以降、そのビジュアルが大きく変わったといわれる。
このブームに素早く反応した東映は、普通ならばそれっぽいSF映画を作って公開するであろうはずが、4月に公開した『宇宙からのメッセージ』でこりたのか、あえて『トラック野郎』に乗っけてふざけまくったことが幸いしヒットに繋がった。
『未知との遭遇』よろしく国道に広がるまばゆい光線の奥には、UFOではなく「トルコ宇宙船」(実際に営業していたらしい風俗店)がそびえ立つという飛びすぎた演出は東映という会社だからできたおふざけであり、宇宙空間に標識があるという国土交通省もぶったまげの荒唐無稽なアイデアは『未知との遭遇』というよりは『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(89年)に近いセンスだ。そんな東映ならではの遊び心に、実は超真面目な文太がよくOKしたものだ、と思いきや、なんとこれ、文太自身が『未知との遭遇』をやりたいと申し出ての企画だというから驚きだ。
おかげで前作より1億円も多くの配給収入をたたき出し、UFO計画も大成功となった。主題歌『一番星ブルース』を作ったダウン・タウン・ブギウギ・バンドも文太が推薦してあの名曲が誕生したのだから文太はかなりの目利きといえよう。
倉本聰作品もUFOが
元々『トラック野郎』は完全な喜劇として作られているので、『男はつらいよ』シリーズの映画冒頭における寅さんが見る夢のシーンにも匹敵するちょっとやんちゃな挑戦もありだったのだろう。同時期公開の『男はつらいよ 寅次郎わが道を行く』(山田洋次監督、78年8月5日公開)での夢のシーンは、帽子型のUFOに乗った第三惑星の宇宙人の寅さんが登場するなど『スター・ウォーズ』(78年日本公開)を皮肉ったような発想であった。
『トラック野郎』撮影中の文太&キンキンの主演2人を当時のワイドショーが取材した映像では、2人とも脂が乗り切ったいい顔で冷やし中華と餃子をあてにビールを飲んだり、上半身裸で懸垂するなどとにかくワイルドで楽しそうにギラギラしていた。
また、マドンナ役の原田美枝子は、この映画からわずか3年後、日本のドラマ史上に残る名作『北の国から』(81〜82年)の教師・涼子先生役を演じ、子ども達のUFO目撃情報が大きくなり、涼子先生は宇宙人ではないかというこれまた無理矢理かつ子どもの夢満載の幻想シーンにチャレンジした。
脚本の倉本聰も、UFOブームに便乗して、78年に東宝で岡本喜八が監督した無特撮のSF映画『ブルークリスマス』(11月23日公開)のシナリオを担当しているのでそっち系の話にも興味があったと思われる。本当にこの年の日本はUFO一色だったのだ。
〈「いつも裸の女性が出てくる映画」がなぜ子供からも愛される“国民的作品”に⋯菅原文太のイメージを激変させた『超人気シリーズ』の正体〉へ続く
(桜井 顔一/Webオリジナル(外部転載))
