料理はすでに一部の人の特権になっている…クックパッド有料会員が74万人減少した「本当の背景」
「自業自得」が拡散した日
今年2月17日、料理研究家のリュウジ氏がXに投稿した一文が、またたく間に拡散した。
「クックパッドは殿堂入りやランキング一位になろうがレシピ開発者にほぼ利益がないクソシステムなので自業自得」
数万件を超える「いいね」が集まり、「良い料理家が離れるのは当然」「YouTubeに移行した方が報酬がある」という同調の声がリプライを埋めた。背景にあるのは、クックパッドの有料プレミアム会員数の急減だ。
ピーク時の2018年3月末には204.8万人を誇った有料会員数は、2025年9月末には130.7万人にまで落ち込んだ。約74万人、じつに36%の減少である。2025年12月期の決算では売上収益が前年比9.2%減の53億円、営業利益に至っては60.8%減という数字が並ぶ。株価もかつての最高値2880円から150円前後にまで落ちた。
ネット上には「クリエイターへの還元がない」という批判が渦巻いた。だが、本当にそれだけなのだろうか。クックパッドに投稿しているのはプロのクリエイターではなく、一般人が中心だ。
食文化の変遷を長年にわたって研究してきた作家・生活史研究家の阿古真理さんに話を聞いた(以下、「」内は阿古さんのコメント)。
レシピの「居場所」はどう変わってきたか
「今はレシピ通りに料理する人が増えましたが、少なくとも20世紀のあいだは、手元にある食材を組み合わせて料理するのが当たり前でした。季節の野菜や家に貯えていた食材を使い、味付けも目分量で自分好みに調整していた。
テレビの料理番組が盛んになった昭和後期には料理家はたくさんいましたが、料理する人自身が主役で、レシピはあくまでその補助でしかなかったんです」
1957年にNHK『きょうの料理』が放送を開始し、レシピ文化が茶の間へと少しずつ広がっていく。
そして、その関係性が変わり始めるのが平成以降だ。1998年、クックパッドが登場したが、当時はダイヤルアップ回線の黎明期でインターネットは電話料金がかかるので、少なくとも長時間使う人は一部だったはずだ。
「クックパッドという存在を知らない人のほうが圧倒的に多かったと思います。まだまだ既存メディアの時代で、出版業界は最盛期。栗原はるみさんや有元葉子さん、小林カツ代さんといったスター料理研究家のレシピ本を手元に置いて、その人のレシピで料理をするという感覚を持つ人が増えた時代です。クックパッドはそこまでのインパクトはなかったと思います」
利用者が増えたことで、クックパッドが既存メディアに「脅威」として認識され始めるのは2013年頃。食材やメニュー名など、キーワードで膨大なレシピを検索できるという、最大の武器があった。
「『キャベツ』と入力すれば、さまざまな食材と合わせた炒め物やサラダなど、たくさんのレシピが出てくる。余った食材を使った膨大なレシピがすぐに見つかるインターネットという回路ができたわけです」
さらに、2015〜2016年には、クラシルやデリッシュキッチンといった動画つきのレシピサイトが台頭する。この差別化によって、「レシピを見る」という行為に新たな需要が発見される。
「クラシルの登場は衝撃的でした。料理はやはり動画が一番わかりやすいんです。調味料や食材を入れるタイミングなど、言葉でどれだけ丁寧に説明しても動画が完ぺきとも言えないので。ことが、映像だとぱっと伝わる。テレビの普及で、ラジオの料理番組も少なくなったように、料理の情報というのは歴史的に、より『見える』メディアのほうへと流れてきたんです」
「クックパッド離れ」ではなく「料理離れ」
現在ではYouTubeでレシピを発信する人・見る人が増えた。テキストから動画への流行の変化によって、クックパッドの衰退が起きたという考察も考えられる。しかし、阿古さんは、それを表面的な見方だと考えている。
「文字にも動画にも、それぞれ良し悪しがある。動画は料理の始まりから見なければならないので時間を取られる感じがありますが、文字なら自分のペースで読めますし、気になるところを簡単に拾い読みすることもできる。多くの人は使い分けているはずです。
クックパッドの会員が減っているのは、テキストレシピが終わったとか、クックパッドの魅力が落ちているというよりも、節約志向に加え、料理離れが起きているからだと思います」
2010年代後半ごろには、ミールキットが普及し、コロナ過を経てテイクアウト文化が広まった。外食もせず、自分で作りもしないという選択肢が、以前より格段に身近になったのだ。
「YouTubeであれ何であれ、料理を作るのが好き、あるいは料理を作っているところを見ること自体が好きな人たちではないでしょうか。最近はプロの料理人がYouTubeに参入して『一般人でも作れる料理』を発信するようになりましたが、ああいった動画を楽しめるのも、いつもの料理をひと手間加えて美味しく食べたいという人たちなのです。
一方で、できるだけ楽にご飯を作りたいという人たちは、今や『作らない』という選択をするようになってきているのではないでしょうか」
それでも料理の文化は消えない
このまま料理離れは加速するのだろうか。
「ある文化が当たり前でなくなったとき、別の文脈で新しい文化として再発見されることはあります。料理が当たり前でなくなれば、料理をするのはオシャレ、“イケてる”といった価値観が生まれるのではないでしょうか」
クックパッドが次の一手を模索する中で、阿古さんが注目するのはその原点だ。
「クックパッドは献立や料理を思いつかないときや余った食材の使い道がわからないときに必要なもので、需要はなくならないはず。Uberもテイクアウトもミールキットも割高ですから。
ただ、インフラとしての役目はひと通り終わって、次の段階に行かなければいけないところに来ているのも事実です。クックパッドの社是は『料理をするのは楽しい』を伝えることですよね。現在実施している出張授業の「クックパッドの家庭科」など、原点に忠実な活動の中にこそ、ファンをつくる糸口があるんじゃないかと思います」
74万人という数字の重さは確かだが、その数字が示しているのは一つのサービスの衰退というよりも、私たちの食卓で起きている変化のサインなのだ。
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