本記事はRokt松田誠氏による寄稿です。
記事のポイントPBの進化やエージェント型AIの台頭によりブランドとリテールの境界が消え、戦う場所が外部へ広がる顧客のほとんどがデジタルとリアルを往復しており、オンラインとオフラインを分ける考え方は通用しない属性によるセグメントは機能しなくなり、AIを軸に資産を統合するエコシステム構築がもっとも重要になる
NRF: Retail's Big Show(以下NRF NY 2026)で繰り返し語られていたのは、AIをはじめとしたテクノロジーの進化や消費者行動の変化が、単に購買導線を変えるだけでなく、リテールがこれまで前提としてきた「境界」を消していく点だ。ブランドとリテール、オンラインとオフライン、顧客セグメント、ビジネスドメイン--これらの境界が曖昧になるほど、従来の組織設計やKPI、意思決定の単位は機能しにくくなる。レポートの第2回ではブランドとリテールの境界の消失について焦点を当てる

ブランドとリテールの境界の消失

「プライベートブランドの力。価格に敏感な消費者を引きつける戦略」のセッションでは、PB(プライベートブランド:小売業者が独自に開発・販売する自社ブランド商品)が単なる安価な代替品ではなく、独自の価値やトレンド、インスピレーションを提供する「ブランド」へ進化していることが強調されていた。リテールがブランド機能を内包していく動きは、「リテールがブランドとして戦う」構図をさらに強め、両者の境界を薄れさせていく。この変化は供給側の話にとどまらない。エージェント型AIが購買の入口になったとき、メーカーやブランドはどこで、何を通じて世界観を伝えるのか。現地で同行視察した株式会社メルカリ B2C Ads Product Marketing Managerの大枝千鶴氏は次のように語っていた。 「エージェント型AIが拡大した先に、商品のブランドや世界観をどう打ち出していくべきなのか、もはや自社のECサイトにすら訪れなくなる世界で購入の意思決定をする人間の『欲しい』にアプローチし、選ばれ続けるためにどうしたら良いかが、各メーカー・ブランドにとってより重要なポイントになると感じました。マーケットプレイスでの売上を伸ばすのに似た戦略が、より必要になってくると思います」ブランドが戦うべき場所が「自社の売り場」から外部の接点へと広がるなかで、どこで接してもブランドの価値が伝わるよう、設計と運用を横断的に整備する必要が出てくる。

オンラインとオフラインの境界の消失

オンラインとオフラインを別チャネルとして扱う見方は、すでに現実に追いついていない。BCGの「『圧縮』される購買プロセス。ファネルから影響力マッピングへ」のセッションでは、購買の多くは依然として店舗で起きている一方、店舗だけで完結する消費者は1割未満で、ほぼ全員がデジタルとリアルを行き来する「ブレンド型」だと整理されていた。オンラインかオフラインかではなく、往復を前提に体験を設計する必要がある。

セッション中の写真:レオラ・ケルマン氏(ボストンコンサルティンググループ [BCG] マネージング ディレクター兼パートナー)

「リテールからコマースメディアへ。データ、チャネル、店舗が収束する大転換」のセッションでも、実店舗の体験がソーシャルで拡散し、店舗がメディアのタッチポイントとして再浮上していることが語られた。物理とデジタルの境界は、すでに実務レベルで曖昧になっている。

セッション中の写真 左から:クエンティン・ジョージ氏(マッキンゼー・アンド・カンパニー メディア&広告プラクティス担当)、ジョン・ストームズ氏(ロウズ・メディア・ネットワーク 戦略・事業開発責任者)、マーク・グレザー氏(PayPal Ads 担当ゼネラルマネージャー)

顧客セグメンテーションの消失

顧客理解の前提も変わる。WGSNの「2028年を見据えた、リテールの次なる備え」のセッションでは、文化とテクノロジーの加速によって、年齢や性別のような人口統計ベースの「標準的な消費者像」が崩れ、従来型のセグメンテーションが機能しにくくなると指摘された。代わりに、ニッチな興味関心や偏愛が新しい軸になる。エージェント型AIが対話と履歴から一人ひとりを理解し、提案を個別最適化していくほど、顧客を「セグメント」で括るのではなく、個人単位で設計することが求められていく。

多角化によるビジネスドメインの境界の消失

ビジネスドメインの境界も同様に崩れている。Fanatics創業者でありCEOのマイケル・ルービン氏のキーノートでは、祖業のコマースに加え、コレクティブルズ、ベッティング&ゲーミングなど複数の事業を束ねて経済圏として拡張していることが語られた。新たな収益源の判断基準は「ファン体験を良くするか」であり、リテールやコマースの枠を超えたドメイン拡張が前提になっている。「素早く動けなければ、淘汰される」という言葉が示すように、スピードと当事者意識が不可欠な時代だ。

キーノート中の写真 左から:サラ・アイゼン氏(CNBC 金融ニュースキャスター)、マイケル・ルービン氏(ファナティクス [Fanatics] 創業者兼CEO)

「新たなビジネスモデル。リテールはいかにしてビジネスエコシステムへ進化したか」のセッションでも、小売がLTV(顧客生涯価値)最大化のために、マーケットプレイス・メディア・物流・コンテンツ・テクノロジーへと事業を広げ、「単一の小売業」から「ビジネスエコシステム」へ移行する必然性が語られていた。

境界の消失への対応はAI-firstのエコシステム構築

境界が消失していく環境で成長するための答えとして示されていたのが、AI-firstのエコシステム構築だ。同セッションでは、リテールの本質は商品や店舗そのものではなく、(1)顧客基盤、(2)トラフィック、(3)データと洞察、(4)インフラの4つの資産だと整理されていた。重要なのは、これら4つはいずれもAIが管理・最適化できる対象になる点だ。AIが顧客理解を深め、需要を予測し、最適な接点を設計し、インフラを動かす。境界が曖昧になるほど、個別のチャネルや事業を足し算するのではなく、これらの資産をAIを軸に統合して活用できることが競争力になる。チャネル・セグメント・事業ドメインの境界が溶けた世界で一貫した価値を提供し続けるための条件が、AI-firstのエコシステム構築にあると考える。

Roktの視点から

ブランドとリテール、オンラインとオフライン、あらゆる境界が溶けるなかでは、「どの場所で接するか」より「どの瞬間に接するか」が重要になる。筆者が所属するRoktが着目するトランザクションモーメントは、チャネルや業態を問わず顧客の購買意図がもっとも高まる瞬間だ。境界が消えても、その瞬間の価値は消えない。
松田 誠(まつだ・まこと)Rokt合同会社 日本マイクロソフトでOffice 365を始はじめとした各種ソフトウエア・サービスのビジネスをリード。ケルヒャーでコンシューマービジネスの責任者を担当した後、2019年にRokt合同会社に入社。ビジネスデベロップメントとして日本市場におけるRoktビジネスの立ち上げと拡大に従事している。
写真:Rokt提供