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大手企業の管理職として世帯年収1,500万円を誇った西村さん(仮名)は、夫婦で協力しながら徹底した倹約生活の末に、1億円の資産を築き上げました。客観的には非の打ち所がない「盤石な老後」ですが、いざリタイアすると「残高が減ることへの恐怖」に襲われ、自由にお金を使えず苦しんでいます。本記事では、1億円を築き上げたにもかかわらず、老後生活に不安を抱えてしまう事例を紹介します。

1億円の資産を築き上げてリタイア

西村浩一さん(仮名・65歳)は、大手企業の管理職として雇用延長を全うし、定年退職を迎えました。現在は30年前に購入した都内の持ち家で、妻(63歳)と二人暮らしをしています。

西村さんは現役時代、世帯年収1,500万円前後という高収入でありながら、「貯金が趣味」と呼べるほどの徹底した倹約生活を夫婦で送り、贅沢を一切排除しました。車は持たず、服は安価な既製品。外食は記念日のみという生活を30年以上続けました。

その結果、これまでに築き上げた総資産は、退職金を含めて1億円(預貯金・投資資産)に達しました。

客観的に見れば、西村さんの老後計画は非の打ちどころがない「優良モデル」です。退職と同時に受給が始まる年金は、夫婦で年額330万円(月約27.5万円)にのぼります。これに対し、生活費は月額20万円を想定しました。住宅ローンも完済している西村さんにとって、計算上は盤石な老後生活が待っています。

「現役時代と同じ水準で生活を続ければ、年金だけでも十分に黒字。1億円の資産には一切手をつけずに済む」

 お金を使うことに対する恐怖

しかし、いざリタイア生活が始まると、西村さんの計算には含まれていなかった現実が、次々と視界に入り始めます。

もし夫婦のどちらかが95歳、100歳まで生きたら。もし、高額な一時金を必要とする介護施設への入居が必要になったら。さらに、築30年を超え老朽化が進んだ自宅の大規模修繕には数百万円単位の出費が避けられません。

インフレによってこれらの工事費や、「最小限」として見積もったはずの生活費そのものが底上げされれば、守り抜くはずだった1億円は、数千万円単位で削り取られる可能性を孕んでいます。

なにより西村さんを追い詰めたのは、こうした予測される将来のコスト以上に、自分自身の「お金を使うことに対する抵抗感」でした。

「30年以上、1円でも多く貯めることを生きがいにしてきました。今さら、その習慣に反してお金を使うことが怖いんです。残高が1円でも減るのを見ると、不安でしかたありません……」

自由な余生を勝ち取るために積み上げたはずの1億円。しかし、お金を使うことに慣れていない西村さんは、残高を維持することに囚われてしまい、かえって精神的なゆとりを失っていたのです。

日本の富裕層ピラミッドと消えない不安の正体

西村さんが抱える「1億円あっても消えない不安」は、果たして彼が過度な心配性であるからでしょうか。

野村総合研究所(NRI)が2025年に公表した「純金融資産保有額別の世帯数推計」によると、純金融資産(保有資産から負債を差し引いた額)が1億円以上5億円未満の「富裕層」は153.5万世帯、5億円以上の「超富裕層」は11.8万世帯存在するという現状があります。西村さんのように1億円の資産を持つ世帯は統計上、圧倒的に少数派です。

しかし、客観的な統計では上位層に位置しながらも、なぜ将来不安が消えないのでしょうか。その背景には、「富裕層=安泰」というかつての前提が、歴史的なインフレや人生100年時代の到来によって根底から揺らいでいる現実があります。

物価高騰と長寿化が同時に押し寄せるなか、資産保有額の大きさだけでは数十年先の不透明なリスクを担保しきれないという恐怖が常につきまといます。

こうした「資産の積み上げ」から「資産の質と維持」への対応を迫られていることは、現代の高齢富裕層に共通する最も深刻な課題といえるでしょう。
 

[参考資料]

野村総合研究所(NRI)「日本の富裕層・超富裕層は合計約165万世帯、その純金融資産の総額は約469兆円と推計」