【プロ野球】阪神ドラフト1位・立石正広インタビュー「自分は目玉選手でもないのに...」 3球団競合の末、阪神に決まった瞬間に思ったこと
阪神ドラフト1位・立石正広インタビュー(前編)
2025年ドラフト戦線の目玉と目されたのは、アマ屈指の爆発力を秘めたスラッガー・立石正広(創価大)だった。10月23日のドラフト会議当日には広島、日本ハム、阪神の3球団が1位入札し、抽選の末に阪神に交渉権が渡った。
立石と阪神の縁がつながれたことを祝福する一方で、立石を取材してきた人間からすると「難しい球団に決まってしまった」という本音もあった。阪神はファンも在阪メディアも熱狂的で、選手は激しい毀誉褒貶にさらされる。好不調の波が激しく、自分を精神的に追い詰めてしまう性質がある立石にとって、厳しい試練になりそうだ。
立石の潜在能力と努力量は疑いようもない。あとは人気球団でスター選手になれる度量があるかどうか。阪神でプレーすることについて、立石自身がどう考えているかを聞いてみたかった。
11月26日、立石の取材公開日に創価大学ワールドグラウンドを訪れた。朝6時半からの早朝練習に臨んだ立石はアメリカンノックをこなすなど、軽快な動きを披露した。今年8月のオープン戦中に右足首の靭帯を損傷して約1カ月離脱したが、順調に回復しているようだ。練習を終えた立石に、まずは現在のコンディションやドラフト会議の結果について語ってもらうことにした。

ドラフトで3球団から1位指名を受けた創価大・立石正広 photo by Kikuchi Takahiro
── 今日の練習を見て、右足首の状態が上向いているようで安心しました。
「ようやく走れました(笑)」
── 最近はあまり走っていなかったのですか?
「いえ、走ってはいたんです。でも、今日は打球を追いかける動きがあったので、そのなかで鈍かったらイヤだなと思っていたんです」
── 公式戦期間中は、「足首を固定していた分、可動域が戻っていない」という発言もありました。今はどうですか?
「リーグ戦の時よりも、しっかりと動けるようになっています」
── 練習前には入念にストレッチをする姿が印象的でした。
「しっかりやらないと、やる気が起きないです(笑)」
── ただでさえ、早朝で肌寒いなかでの始動ですものね。
「はい、体が動かないです。なので、最近はストレッチの前にポール間でジョグを3往復くらいしたり、サイドステップをしたり、いろんな動きで体を温めてからストレッチをするようにしています。静的なストレッチだけだと、体が余計に固まってしまう感覚があるので」
── 右足首の可動域が限られていた時期は、打撃の感覚が今までとは違っていたのではないですか?
「違いましたね。足首が緩い分、しっかりとハマらなかったですし。秋のリーグ戦はそのまま終わってしまいました。でも、今はしっかりとハマっています」
【自分は目玉選手でもないのに】── その話を聞けて、安心しました。10月23日のドラフト会議についてお聞きします。当日のスポーツ紙では、5球団が立石選手を1位指名する可能性が報じられました。本人はどう感じていましたか?
「そんなわけないだろうと思っていました(笑)。自分は目玉選手でもないのに、そこまでいくわけないと。どこか指名してくれたら、それでいいと思っていました」
── 事前に広島が立石選手の1位指名を公言しました。山口県出身の立石選手としては、広島からの公言はうれしかったのでは?
「広島のスカウトの方が視察に来てくださっているのはわかっていたんですけど、去年に(ドラフト1位で自分と同じ内野手の)佐々木泰さんを獲りましたし。あまり予想していなかった球団が公表してくれたので、自分としてはうれしかったですね」
── 結果的に阪神と日本ハムも1位入札し、抽選の末に阪神の藤川球児監督が当たりくじを引き当てました。球団公式YouTubeチャンネルではドラフト会議の舞台裏の映像が公開され、嶌村聡球団本部長ら編成スタッフが大喜びするシーンが配信されました。
「自分も見ました。喜んでくれていましたね」
── あのシーンを見たら、阪神の立石選手にかける思いが伝わってきて、野球人として震えるものがあったのではないですか?
「本当にそうですね。大の大人の方々があれだけ全力で喜んでくださったのですから。本当にうれしいことですし、感謝しています」
── 藤川監督からは「1年前から立石くんでいこうと決めていた」というコメントもありました。
「本当かはわからないですけど(笑)。偉大な方からそういうふうに見てもらえたことは、幸せですね」
立石正広(たていし・まさひろ)/2003年11月1日生まれ。山口県出身。高川学園3年時に夏の甲子園に出場し、初戦の小松大谷戦で本塁打を放つなどチームの勝利に貢献。創価大では4度のベストナインを獲得。3年時から大学日本代表で中軸を任せられ、国際大会でも活躍した。2025年11月に開催されたドラフトで3球団競合の末、阪神が交渉権を獲得し入団。背番号は「9」に決まった
