JAL国際線の1960年代 南回り・北回りと天測航法 18日間の記憶
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YouTubeチャンネル「杉江弘の航空チャンネル」の動画で、元日本航空(JAL)機長の杉江弘氏と、元JAL客室乗務員の福永かおる氏が「JALが国際線の礎を築いた歴史」を語った。杉江氏は冒頭で「おそらく、こういう話を語り続けられるのは僕らの世代が最後」と述べ、1960年代に国際線へ挑戦した実情を振り返った。
当時のJALが欧州へ向かう主なルートは2つだった。香港、バンコク、ムンバイ(旧ボンベイ)、テヘラン、ベイルートを経由してローマへ至る「南回り欧州線」と、アラスカ・アンカレッジ経由で北極上空を飛ぶ「北回り欧州線」である。複数回の着陸と宿泊を伴い、特に南回りは最長で18日間に及ぶ長丁場だったという。
長距離運航ならではの思い出として、ローマでの食事体験が語られた。当時の日本では「スパゲッティといえばナポリタン」が一般的で、客室乗務員が現地で初めて「スパゲッティ・ボンゴレ」を食べた際、「アサリが入ったこんなにおいしいスパゲッティがあるんだ!」と大いに驚いたという。
当時のDC-8型機(Douglas DC-8)は燃料計の精度に限界があり、GPSやコンピューターもない。航空士(ナビゲーター)が太陽の位置を観測して自機位置を割り出す「天測航法」が不可欠だった。特に北極上空ではコンパスが使えない区間もあり、航空士の指示が頼りだったという。燃料計算はパイロットが手書きで行い、整備士がいない空港では燃料補給もパイロットが担った。
1971年にはインドとパキスタンの戦争の影響でテヘラン空港で足止めになった。会社が決めた新たな航路は、アフリカ東海岸を南下してスリランカ・コロンボに緊急着陸し、燃料補給ののちバンコクへ向かうという、JALにとって初めてのルートだった。
また、JALがベトナム路線を持っていなかった当時、1991年の湾岸戦争を機に、イラクで働いていたベトナム人労働者が難民化する事態が発生。杉江氏は機長としてホーチミン市への救援フライトを担った経験を語り、「私たちが作ったJALブランドにあぐらをかかないで、安全対策をしっかりやってほしい」と後進にメッセージを送った。
「パンナム(Pan American World Airways)を追い越せ」という当時のスローガンのもと、JALの乗員が困難を乗り越えて国際線を発展させた過程がうかがえる。杉江氏は「この歴史がなければ、今の日本航空の運航はあり得ない」と強調した。
当時のJALが欧州へ向かう主なルートは2つだった。香港、バンコク、ムンバイ(旧ボンベイ)、テヘラン、ベイルートを経由してローマへ至る「南回り欧州線」と、アラスカ・アンカレッジ経由で北極上空を飛ぶ「北回り欧州線」である。複数回の着陸と宿泊を伴い、特に南回りは最長で18日間に及ぶ長丁場だったという。
長距離運航ならではの思い出として、ローマでの食事体験が語られた。当時の日本では「スパゲッティといえばナポリタン」が一般的で、客室乗務員が現地で初めて「スパゲッティ・ボンゴレ」を食べた際、「アサリが入ったこんなにおいしいスパゲッティがあるんだ!」と大いに驚いたという。
当時のDC-8型機(Douglas DC-8)は燃料計の精度に限界があり、GPSやコンピューターもない。航空士(ナビゲーター)が太陽の位置を観測して自機位置を割り出す「天測航法」が不可欠だった。特に北極上空ではコンパスが使えない区間もあり、航空士の指示が頼りだったという。燃料計算はパイロットが手書きで行い、整備士がいない空港では燃料補給もパイロットが担った。
1971年にはインドとパキスタンの戦争の影響でテヘラン空港で足止めになった。会社が決めた新たな航路は、アフリカ東海岸を南下してスリランカ・コロンボに緊急着陸し、燃料補給ののちバンコクへ向かうという、JALにとって初めてのルートだった。
また、JALがベトナム路線を持っていなかった当時、1991年の湾岸戦争を機に、イラクで働いていたベトナム人労働者が難民化する事態が発生。杉江氏は機長としてホーチミン市への救援フライトを担った経験を語り、「私たちが作ったJALブランドにあぐらをかかないで、安全対策をしっかりやってほしい」と後進にメッセージを送った。
「パンナム(Pan American World Airways)を追い越せ」という当時のスローガンのもと、JALの乗員が困難を乗り越えて国際線を発展させた過程がうかがえる。杉江氏は「この歴史がなければ、今の日本航空の運航はあり得ない」と強調した。
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