『あんぱん』写真提供=NHK

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 朝田のぶ→若松のぶ→柳井のぶ。第89話でのぶ(今田美桜)がついに「柳井のぶ」になった。

参考:『あんぱん』のモデル・小松暢&やなせたかしとは? 夫婦の激動の生涯をたどる

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』第18週「ふたりしてあるく 今がしあわせ」(演出:尾崎達哉)では、のぶと嵩が夫婦となって中目黒で新生活をはじめる。ふたりはとても初々しく、晴れて夫婦になっても、不用意に近づくことをためらう。

 引っ越す前の有楽町のガード下のトタンの壁の家のときからそうで、ちょっといいムードになると、近所の人が来たり、登美子(松嶋菜々子)が来たり、新居では世良(木原勝利)が来たり、朝田家全員が来たり。なかなかしっとりした感じになれない。

 ついには、くら(浅田美代子)、羽多子(江口のりこ)、蘭子(河合優実)、メイコ(原菜乃華)がサプライズでお祝いを企画して、そこに登美子と千代子(戸田菜穂)まで参加、女だらけの賑やかで、ささやかなお祝いの会が催された。

 結太郎(加瀬亮)の帽子、釜次(吉田鋼太郎)、寛(竹野内豊)、千尋(中沢元紀)、次郎(中島歩)の写真が新居の棚にずらりと並ぶ。亡き夫たちの思いを語る女たち。生き残った女たちはたくましい。この強さが男たちを支えてきたのだ。「しっかりした女に支えられてひとかどの男になるがです」と羽多子は言う。

 一方、千代子は「わたしは支えるというより寛さんにうんとほれちょりましたき」とのろける。蘭子も「豪ちゃんに一生分の恋をした。それはうちの心の支えやき」としみじみ。結太郎、寛、豪(細田佳央太)と素敵な男性がいたからこそ、女性は強くなれるとも言えるのだ。

 これらをまるっとまとめた言葉が、のぶの「幸せって誰かにしてもらうもんやのうてふたりでなるもんやないろうか」である。

 女が強いだけでもだめ。いい男がいてこそ女もがんばれる。逆も然りで、嵩の場合、これまでなにをするにも亀のようにのろのろしていた彼が、のぶのために頑張ろうと思い行動している。一流企業・三星百貨店の宣伝部に就職し、生活を安定させながら、好きな漫画にも挑戦していこうとしているなんて、なかなか理想的な伴侶ではないか。世の中には好きなことをするために妻に食わせてもらう人もいる。過去の朝ドラだと、同じく高知が舞台だった『らんまん』(2023年度前期)は妻に才覚があり、夫は好きな植物研究に邁進していた。

 話を戻そう。途切れぬ来訪者によってなかなかしっとりした感じにならないのぶと嵩が、ようやく誰にも邪魔されずふたりきりでいい雰囲気になれた場所は、共同トイレだった。屋根に穴が開いて空が丸見えで、雨が降るとずぶ濡れになる。誰もが困惑するこの場所を、のぶだけは、「晴れちゅう日には青空が見えて気持ちよさそうやね」と前向きに捉えていた。自分の稼ぎが悪いからこんな貧乏な家しか借りられないと気に病んでいる嵩はさぞホッとしただろう。ここで妻にまで「こんな家」と言われたら立つ瀬がない。いつの間にかのぶは嵩にきついことを言わなくなっている。

 トイレできれいな星空を眺めながら、幸せについて語り合う。「幸せって誰かにしてもらうもんやのうてふたりでなるもんやないろうか」はそこで発せられた言葉である。のぶと嵩は「ふたりで探していこう。何が起きてもひっくり返らんもの」と誓う。

 正義もひっくり返るけれど、幸せもひっくり返る。ついでにトイレという不浄とされる場所もロマンティックなキスシーンの場所へとひっくり返る(まるで唐十郎の世界のようだ)。

 「うち こじゃんと幸せ。嵩とおるだけで。でもいまが一番幸せやったらいややな」とのぶがそう言うのは、次郎との幸せがあっけなく終わってしまったからであろう。大騒ぎしている女性たちも、大好きな人たちといて幸せだったけれど、その人を失って、幸せがひっくり返った経験を持っている。

 くらが嵩に「頼むき。長生きしてね。のぶより長生きしてね」と言う気持ちはわかる。好きな人の死は辛い。それを目の当たりにしてそこからひとり生き残っていくよりも、自分がそれを体験しない(つまり先に死ぬ)ほうが幸せである。好きな人に看取られて死ぬのが最高の幸せなのだ。

 嵩に「のぶより長生きしてね」と願ったくらは、第90話、死に目をドラマの視聴者には見せず、元気な笑顔で去っていった。「夫婦になったのぶと嵩見届け、くらは釜次のもとへ旅立ちました」と語り(林田理沙)のみ。その前に、のぶと嵩のキスシーンがあって第90話はそれがメインだと思いきや、くらが亡くなったというエピソードも入って、どこを中心にレビューしていいか迷ってしまうような山場が盛りだくさんの構成なのである。

 ただ、孫の最高に幸せな瞬間を見届けて亡くなったくらはとても幸せだっただろう。戦争では若者が先に死んでいくことも多かったわけで。そんなのつらすぎる。年齢順に先に逝くのはある意味仕方がない。そこをドラマとして哀しい見せ場に落とし込まず、くらをよそ行きのキレイな姿で、最高に幸せな笑顔のまま退場させた脚本は悪くない。

(文=木俣冬)