エーザイCEO・内藤晴夫のエンパシー経営論「患者さんとの共感関係ができてこそ」
健康憂慮の解消と医療較差の是正という社会善を効率的に実現する─という企業理念を薬価設定にどう落とし込むのか?
「米国の場合は、トータルバリューの10年間で計算して、6割をパブリックステークホルダーズ、すなわち患者さん、家族、医療従事者、支払者、政府といったパブリックに還していく。そして4割をプライベートのステークホルダー、すなわちエーザイの株主とエーザイの従業員が商品売上としていただく。それで、2万6500ドルという年間価格を導き出したんです」
日本での薬価算定は?
「日本でも同じようなロジックで、バリューベースで価値をまず460万円と出しましたので、薬価もこういう考え方で、その価値の何割をパブリックに還元して、何割を価格として、エーザイがいただくかというロジックでお話したいなと思っています」
そして、プライベートに割り振った価値の一部は今後のアルツハイマー治療薬の開発や当事者(患者)との共生プロジェクトに投資していく─という社会善の実践である。
薬価算定のあり方も変わりつつある。
途上国への対応は?
この認知症治療薬は発展途上国でもニーズが高い。しかし、薬価の負担能力は、先進国と途上国では違う。どう対応するか。
「ですから、例えば南西アジア途上国でいえば、ソーシャルシステムが未成熟なので、パブリックにもっと割り振らなければいけない」
途上国に行けば行くほど、「われわれの取り分は少なくしていく」と内藤氏は語る。
最先端の科学技術(テクノロジー)を駆使して登場した新薬になればなるほど、薬価も高くなる。そうした新薬の需要は、先進国から始まる。しかし、最近はグローバルサウスと呼ばれる途上国、とりわけ経済力の弱い国々の間からも、そうした新薬に対する需要が高い。
途上国に新薬を引き渡す時、薬の値段は下がるのか?
「もう大幅に下がります。大幅に下がるし、今そのエコシステムでタイ国では保険会社と銀行が治療のファンディングをする保険を売り出したりしている」
途上国でも、ちゃんと薬を使えるようなエコシステムをつくろうというチャレンジが続く。
創業以来、研究開発に注力して
内藤晴夫氏は1947年(昭和22年)12月生まれの75歳。エーザイ創業者・内藤豊次氏(1889―1978)の孫で、父・祐次氏(1920―2005)の跡を継いで、1988年(昭和63年)、41歳で社長に就任。
創業者・内藤豊次氏は立志伝中の人物。福井県丹生郡の農家の三男坊として生まれた豊次氏は旧制武生中学を中退して、大阪に出た。独学で英語やドイツ語を修め、ドイツ商館や神戸で英国人の経営する薬局(タムソン商会)に勤め、頭角を現した。
その後、薬業界の実力者、田辺五兵衛氏の知遇を得て、薬業界で活躍。戦前の日本は、特に薬業界は外国産の輸入に依存しており、「日本も独自に新薬の研究開発に力を入れなければ」という考えの下、1936年(昭和11年)に桜ヶ岡研究所(合資会社)を設立した。
その2年後には、ビタミン剤『ユベラ』を発売するなど、研究開発を重視する考えは創業以来続いている。
第2代社長の祐次氏は1966年から1988年まで社長を務め、海外展開に力を入れ、グローバル展開の基礎を固めた。
第3代社長(現在、代表執行役CEO)の晴夫氏は1972年、慶大商学部を卒業して、米ノースウエスタン大経営大学院(現ケロッグ校)に留学。MBA(経営修士)を取得。1975年(昭和50年)に入社して1983年取締役に就任。常務、専務、副社長を経て、1988年(昭和63年)社長に就任と言う足取り。
