ラモスから“熱烈オファー”もあった城彰二。ヴェルディに憧れた一方で、鹿島ではプレーしたくなかった理由とは?
まず挙げたのが、ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)。「ヴェルディはちょっと別格だった」として、90年初期にはラモス瑠偉氏や三浦知良(鈴鹿ポイントゲッターズ)らを擁して“黄金時代”だったチームを「憧れたし、すごく行ってみたいなと思った」という。当時、ラモス氏と柱谷哲二氏から誘われ、前者からは「お前が来てくれれば点が倍取れる」と言葉をかけられたというエピソードを披露した。
次に挙げたのがジュビロ磐田。98年、中山雅史(現・磐田コーチ)が4試合連続ハットトリックなど36ゴールをマーク。25ゴールを挙げた城氏は得点王になれなかったと悔しがりつつ、当時の磐田は「完成されていた。藤田(俊哉)さんや名波(浩)君がいるから、ボールが出てくる。見ていても、対戦してもすごく面白かった」と賞賛。「プレーしたらどんな風にやれるかな」「高原(直泰)と2トップならどうかとか、考えていた」と明かす。
また、名古屋グランパスにも興味があったようだ。小倉隆史氏とアトランタ五輪予選で2トップを組んだ際に「すごくやりやすかった。オグさんはどちらかというと抜けるタイプで、おれはポストに入って。コンビネーションがすごく良かった」と回想した。
一方、プレーしたくなかったチームとして鹿島アントラーズを挙げた。「都内から遠い」と言いつつ、「自分が入っても何ができるか想像つかない。ジーコさんとアルシンドさんのホットラインが凄いから。おれはポストプレーヤーだから。イメージがわかない」と、国内最多20冠の名門クラブには心が引かれなかったようだ。
構成●サッカーダイジェストWeb編集部
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