阪神甲子園球場

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 令和となって初となる夏の甲子園。大会はついにクライマックスを迎えることとなった。決勝戦に進出したのは、ともにどちらが勝っても甲子園初優勝となる履正社(大阪)と星稜(石川)。

 悲願の初優勝をかけての激突となるが、この両校には単に“初優勝”という以上に、ともに負けられない理由がある。ある快挙や記録がかかっているからだ。その詳細を、まずは履正社から見ていこう。

◆史上3回目の快挙に挑む履正社

 夏の甲子園ではこれまでに中京商(現・中京大中京=愛知)の3連覇を含む計6校が2連覇を果たしている。いわゆる同一校による連覇であるが、これが違うチームによる同一都道府県連覇となると、わずか3例しかない。

 まずは戦前の1919年の第5回大会の神戸一中(現・神戸)〜’20年の第6回大会の関西学院中(現・関西学院)の兵庫県勢。次に’70年第52回大会の東海大相模〜’71年第53回大会の桐蔭学園の神奈川県勢。そして3番目が’74年第56回大会の銚子商〜’75年第57回大会の習志野という千葉県勢。そして昨年の第100回大会は北大阪代表の大阪桐蔭が優勝を果たしており、今回、履正社が優勝すれば史上4度目。

 かなりのレアケースともいえる、違う高校による同一都道府県連覇達成という偉業となるのである。さらに今回は平成〜令和という違う元号にまたがる大阪府勢連覇もかかっている。果たしてダブル快挙なるか、に注目だ。

◆負けたら史上4校目となる屈辱が待っている……

 履正社は強豪といわれながら、実は甲子園での最高成績は過去2度の春選抜準Vがあるのみ(’14年第86回大会と’17年第89回大会)。そして今回の決勝戦で敗退すると、こんな屈辱に見舞われることとなるのだ。

 それは“甲子園の決勝戦に春夏合わせて3回以上進出して優勝回数0”。

 これは100年を越える長い長い高校野球の歴史で今までにわずか3チームしかない“負の歴史”でもある。これを達成順に並べていくとまずは’34年第20回、’37年第23回、’96年第78回とすべて夏の大会で準Vに終わっている熊本工。2校目が八戸学院光星(青森)。まだ光星学院という校名だったときの’11年夏〜’12夏にかけて3季連続で準優勝止まりと涙を飲んだ。

 最後が仙台育英(宮城)。平成元年となる’89年夏の第71回大会、次が21世紀最初となる’01年春の第73回大会、そして3度目が高校野球100周年を迎えた’15年夏の第97回大会。節目の大会の決勝戦でことごとく接戦負けを喫している。古豪で名門の熊本工の甲子園優勝がないのは“甲子園の7不思議”ともいえるが、残りの2校はいまだ甲子園優勝のない東北勢。納得出来なくはないだろう。

 これに対して履正社は過去何度も甲子園優勝を果たしている、強豪ひしめく大阪府代表。3度続けての決勝戦敗退はこの上ない屈辱となろう。

◆県勢、そして北陸勢初の悲願なるか、星稜

 一方、履正社を迎え撃つ星稜にはこんな快挙がかかっている。春夏を通じて“石川県勢初の全国制覇”である。これまでの石川県勢の甲子園成績は’95年第77回夏の甲子園での同校の準優勝が最高成績だった。

 このときは2年生左腕の山本省吾(元・オリックスなど)の力投で県勢初の甲子園決勝戦進出を果たしたが、最後はケガ人が続出したこともあって、強豪・帝京(東東京)の前に1-3で惜敗し、涙を飲んでいる。

 それから実に24年越しの決勝戦進出となれば、もう負けられないだろう。さらに北陸勢としても初の夏の甲子園優勝がかかっているのだ。いわゆる富山・石川・福井の北陸3県は、福井県の敦賀気比が’15年第87回の春の選抜で優勝を飾っているが、夏は前述した星稜の準Vが最高なのだ(新潟を含んでも、同県の日本文理が’09年第91回夏の甲子園で準優勝に終わっている)。