12月29日と31日、『Cygames presents RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2016 無差別級トーナメント』が、さいたまスーパーアリーナにて開催される。このトーナメントは、9月25日に行なわれた開幕戦の勝者に主催者推薦選手を加えた8人で争われ、29日に2回戦を、31日に準決勝、決勝を敢行するという過酷なもの。ミルコ・クロコップやバルトら著名ファイターも出場するが、最注目は、イラン出身のレスリング元世界王者、アミール・アリアックバリだ!

 RIZINの無差別級トーナメントが荒れ模様だ。一番の衝撃は、ミルコ・クロコップとの大一番を控えていたヴァンダレイ・シウバが、ケガの回復具合が思わしくなく欠場することになってしまったことだろう。

 それだけではない。昨年末の100kg級トーナメント準優勝者で、今回のトーナメント開幕戦を難なく勝ち抜いたイリー・プロハースカもケガで欠場。さらに、優勝候補のひとりと目されていた元UFC世界ヘビー級暫定王者のシェイン・カーウィンも、前夫人との子供の親権を巡る裁判を理由に、直前になって欠場を申し入れてきた。

 不慮のケガによる欠場は仕方ないが、カーウィンに関してはRIZINの榊原信行実行委員長が「どんな理由であれ、勇気なき者は去れ」と怒るのも無理はない。

 結局シウバの代役は、12月16日に行なわれたMMAイベント、「ベラトール」アイルランド大会で石井慧を破ったばかりのキング・モーに決定した。プロハースカの代役は、昨年のRIZINで電撃復帰した日本MMA界きっての理論派・高阪剛。カーウィンの代わりには、かつてPRIDEで活躍したヒース・ヒーリングが8年ぶりに復帰することになった。試合勘の戻り具合が気になるが、UFCに参戦中の強豪ロイ・ネルソンと練習に励むヒーリングは、「心配ない」と不安視する声を一蹴する。

 中でも、モーはトーナメントの台風の目となりそうだ。というのも、この男は昨年の100kg級トーナメントの優勝者。その実力は日本の格闘技ファンにも広く知れ渡っている。しかも、ショーマンシップに長けたキャラクターとは対照的に、モーの素顔は緻密な戦略家で、石井戦も相手の動きを十分に研究したうえでの勝利だった。

 ただし、今回は石井戦からわずか2週間後のトーナメント参戦である。十分な休養がとれないだけに、どこまでコンディションをキープしているかが勝負のカギだろう。モーの初戦となる、二回戦のミルコ戦がトーナメントの天王山と見る向きもある。

 日本でのネームバリューはミルコのほうがはるかに上だが、最近の戦績を比較するとモーに分があると言わざるを得ない。その一方で、ミルコvsモーは潰し合いになるとの見方もあり、どちらが勝者になるにせよ、決勝まで勝ち上がるのは難しいと予想する識者が多いようだ。

 そこでクローズアップされるのが、ヒース・ヒーリングと対戦するアミール・アリアックバリ(イラン)だ。1987年生まれのアミールは、192cm、120kgの強靭な肉体を誇り、レスリングで2度、世界選手権を制した実績を持つ。

 しかし、2010年にロシアで行なわれた世界選手権で初優勝した後、ドーピング違反によって2年間の出場停止処分を受け、ロンドンオリンピックには出場できなかった。2013年、満を持して復帰した3ヵ月後には、ハンガリーで行なわれた世界選手権に出場して2度目の優勝を果たす。しかしながら、この時もアナボリックステロイドに陽性反応を示したため失格。規定により、国際レスリング連盟から永久追放されてしまった。

 アミールがドーピング違反となった時期には、他にも検査に引っかかったレスラーがイラン国内にいただけに、世界のスポーツ界を揺るがしたロシアのドーピング問題のように組織ぐるみの関与が疑われてもおかしくない。

 かつて筆者がドーピング問題についてアミールに質問した際、彼は「もう終わったこと。振り返りたくはないね」と口をつぐんだ。この問題が発覚した当時、イランのSNSでは「アミールは悪くない。騙されただけだ」「俺はアミールを信じている。これからも応援するから頑張れ」など、彼を擁護する書き込みが目立っていたという。イランでは著名人への個人攻撃が起こると、みんなで擁護する傾向がある。しかし、仮にアミールがレスリングに未練を抱いていたとしても、永久追放となったことを覆すことはできない。


 だからこそ、キッパリと退路を断ち切ってMMAに転向したのだろう。2015年10月31日、タイ・バンコクのナイトクラブで行なわれたMMAデビュー戦で韓国人選手を相手に1ラウンドKO勝ちを収めた直後には、こんなコメントを残している。

「新しい格闘技に挑んだ理由は、イランではMMAのパイオニアになれるから。母国ではMMAは行なわれておらず知名度も低い。私がMMAに取り組むことで、イランで続く選手も出てくるだろう。イランにMMAを根づかせたい」

 一方で、アミールは親しい知人に「本当はレスリングを続けたかったけど、こうなった以上仕方がない。MMAはお金を稼ぐためにやる」という本音も漏らしたという。ワケありとはいえ、現役バリバリのレスラーがMMAに挑戦したらどうなるか――。それは昨年12月、日本でのデビュー戦となった「REAL」でのラドゥ・スピンケル戦で実証された。

 試合開始早々、目にも止まらぬ高速タックルで身長2m以上の大巨人から簡単にテイクダウンを奪うや、パウンドの連打で血の海に沈めたのだ。筆者はこの一戦をケージサイドで見たが、タックルに入るスピードやタイミングだけでも、アミールのポテンシャルがワールドクラスであることを把握できた。

 タックルも凄ければ、パウンドもヤバい。それはRIZINでのデビュー戦となった9月25日のトーナメント開幕戦のジョアン・アルメイダ戦でも証明されている。上半身への攻撃しか許されないグレコローマン出身らしく、両ワキ差しからテイクダウンを奪うと、横四方固めから自分の腕や足を使って相手の両腕を固定するポジション──いわゆる「マット・ヒューズポジション」でパウンドを連打してレフェリーストップを呼び込んだ。

 かつてPRIDEで無敗を誇っていた頃のエメリヤーエンコ・ヒョードルのパウンドは「シベリアの凍土をも打ち砕く」と表現されたが、アミールのそれは「地球に穴を空ける」とまで評される。RIZIN参戦後、ある日本の関係者がタイ・プーケットでアミールのパウンドの練習を見て冷や汗をかいたという話を聞いた。「あんなパウンドを受けていたら、相手が本当に死んでしまうよ」。

 微笑の国でアミールが練習の拠点としているのは「AKAタイランド」。アメリカに本拠地を置く名門ジムAKAのタイ支部だ。ここには世界各国から様々な団体のヘビー級王者も来るのだが、アミールは自ら彼らを指名して打撃のスパーリングをするという。

 前出の関係者は「最初はお互いやさしくやっていたけど、3分ほど経ったらお互いムキになってローキックを100%以上の力で打ち合い、双方とも痛そうにしていました」と証言する。


 アミールはイスラム教徒で、豚肉は口にしない。主食はもっぱら鶏肉だ。以前は海外に出てもイラン料理しか食べない時期もあったが、プーケットではスポンサーになっているタイ料理屋で鶏肉料理をたらふく頬張る。「無料だからかもしれないけど、毎日とんでもない量を食べています。あの店はたぶん、アミールのスポンサーになったことを後悔していますよ(笑)」と再び関係者は証言した。

 イランにいる時は、オヤツ代わりにバケツに入った蒸かしイモをペロリと平らげていたという逸話もある。さらには、「俺は独身なので、心おきなくプーケットで練習できる」という意味深発言も......。そんな話を聞いていると、腕っぷしだけではなく、プライベートのほうでも「イラン最強幻想」は膨らむばかりだ。

 RIZINの無差別級トーナントを制し、アミールは「汚れた英雄」のレッテルを払拭できるのか。高速タックルと強烈なパウンドで、一気に頂点を狙う。

布施鋼治●文 text by Fuse Koji