『首なし晩餐 スローライフ警視の事件簿』

『死刑にいたる病』や『鵜頭川村事件』など、人間の狂気や業の深さを描き、読者を震撼させてきた作家・櫛木理宇さん。その最新作となる文庫書下ろし警察小説『首なし晩餐 スローライフ警視の事件簿』が刊行されました。

【マンガを読む】人口900人の村で繰り広げられた惨劇、これが“絶望”「鵜頭川村事件」

 新潟県を彷彿とさせる地方都市。若きキャリア警視の眸巳は、署長として赴任し、兄姉と同居生活を送ることに。料理上手な兄が振る舞う美食に彩られた穏やかな日常は、凄惨な「首なし連続殺人事件」の発生で一変。美食と猟奇殺人という強烈なギャップの意図や、地方都市の人間関係に潜む光と影について、著者の櫛木理宇さんが物語の舞台裏を語ります。

◆◆◆

「がっつり村社会でもないぐらいの、私が住んでいる町ぐらいの程よい田舎」

――今作は、櫛木さんご自身の出身地でもある新潟県を彷彿とさせる地方都市が舞台です。あえて地方都市を選び、そこに若いキャリア警視を赴任させようと思った理由からお聞かせいただけますか。

櫛木 昔は「殿様修行」的にお飾りの署長として若いキャリア警察官を地方に送ることがあったんですね。今はもうキャリア警官が急に署長になることはあまりない、と何かの資料で読みました。でも、フィクションですし、あえてそういうイレギュラーな存在がいてもいいかなと思いました。

――現代を舞台にしつつ、お飾りのはずの署長が、自ら事件に首を突っ込みたがり、それに困惑する所轄の警官たちとの間に、やがて意外な親和性が生まれてくる。この狙いが面白いと思いました。

 舞台を新崗県、つまり新潟をモデルにしようと思われたのは、やはり地域の雰囲気に親近感があったからでしょうか。

櫛木 そうですね。作中で山菜を採るシーンがあるのですが、そのくらい山が近くて身近にあって、その程度の田舎となると、新潟ぐらいがちょうどいいかなと思いまして。

 深い山の中だと、人間関係があって事件が起きて、というのは描きにくい。がっつり村社会というわけではない、私が住んでいる町ぐらいの“程よい田舎”というのをイメージしました。

「凄惨な事件が続くと、読者も飽きちゃう」

――本作は、櫛木さんの「ホーンテッド・キャンパス」シリーズのようなキャラクターたちの軽妙なやり取りの楽しさと、それに相反する事件の凄惨さや人間関係の業の深さというミスマッチが、読者を引きつけて離さない魅力があります。今回は、その軽妙なやり取りに「美食」が加わりました。山菜料理やキャンプ飯といった美食と、猟奇的な事件を掛け合わせるアイデアはどこから生まれたのでしょうか。

櫛木 この作品の原型は、もともと警察アンソロジー(『戸惑いの捜査線 警察小説アンソロジー』)に収録された『ルームシェア警視の事件簿』という短編でした。そのときはスローライフというよりルームシェアが主題で、食事は出てくるものの、そこまで強調はしていなかったんです。

 今回、新たに書き下ろすにあたって、何か特色を打ち出したいなと思いまして。ルームシェアだけだと弱いかなと。「スローライフ」ということで田舎料理みたいにしたほうが、読んでいて楽しいかなと考えました。

――食事シーンと凄惨な事件との落差、シリアスさの転換は意識されていますか。

櫛木 これは「ホーンテッド・キャンパス」でもやっている手法なのですが、凄惨な事件が続くと、読者も飽きてしまうというか、どこかで違う転換が欲しくなると思うんです。そこで食事シーンや笑える会話を入れることで、テンポが良くなるかなと。

「日本はでっかい村社会だと思う」

――物語には、地方都市の光と影の「影」の部分が色濃く落とし込まれていると感じました。完全な村社会ではないけれど、「隣町の誰々さん」といった距離感が存在する。地方特有の人間関係の濃さが、凄惨さを生むという点についてはどうお考えですか。

櫛木 私自身ずっと田舎に住んでいるので、その窮屈さもわかります。今住んでいるのは新興住宅街で近所付き合いは希薄ですが、道を1、2本離れると、昔からある古い家ばかりが並ぶ“村社会の通り”があったりします。そこは世界がちょっと違う。ある知り合いがそこに住んでいるのですが、その地域では代替わりで父親や母親、祖母が毎回お隣さんと結婚しているそうなんです。子供の頃から決まっているような感じで。

――それはすごいですね。

櫛木 その知り合いの代で「もうやめる」ってなったらしいですけどね。これ以上は危険なんじゃないかって。そういう希薄なところも濃いところも知っている感じです。そのぐらい古くなると、プライバシーもへったくれもない。「あそこのお家は……」みたいな感じに、どうしてもなってしまいます。

――都会ほど人口が密集していない一方で、人間関係は程よく濃いという状態が、かえって事件を生み出しやすいのでしょうか。

櫛木 そうですね。私は、日本はでっかい村社会だと思っています。世界的に見ると殺人による死者数って、アメリカではギャングの射殺が多いですが、日本で一番多いのは家族間の殺人なんです。家族という存在が密室のようになってしまい、愛憎が濃くなる。そして事件に発展していくということもあるかもしれません。

「事件のほうは“影”で、主人公サイドは田舎の“光”を描いている」

――本作でも、かつて共に暮らした仲間内での事件が描かれています。また、中年会社員がバットで襲われる事件では、その背後に某ヨットスクールを彷彿とさせる、地域では有名な“サークル”の存在が影を落とします。

櫛木 田舎の英雄みたいな存在って、タブーになりがちじゃないですか。例えば甲子園に出るような野球チームが強いと、選手が多少調子に乗っていても、周りが非難できなくなる。営業成績が良くて会社がもてはやされていても、中はドロドロしている。これも“田舎あるある”だと思います。テレビにも映るし、有名で地元を活性化してくれたし、といった感じで、大っぴらに悪くは言えない空気ができることってあると思います。そういった組織・コミュニティ、その“闇”を描き出そうと思いました。

――そうした光と影の部分を描き出したい、ということですね。

櫛木 事件のほうは「影」で、主人公サイドは田舎の「光」、いいところを描いています。今の時代、主人公が辛い目に遭う作品はあまり受け入れられないというか、読んでいる人がストレスを感じてしまう。なので、主人公は周りにお兄ちゃんお姉ちゃんがいて、優秀で、田舎のいいところを享受している。読者の方には、ストレスなく、純粋に「いいな、羨ましいな」と思いながら主人公たちの暮らしを読んでもらいたいんです。

(櫛木理宇/文春文庫)