“守る”ではなく“奪いに行く”。アーセナルが停滞感を打破するために。1−0を積み重ねるだけでは足りない。思考回路を変える必要があるだろう【現地発】
しかし、試合後のミケル・アルテタ監督は怒り心頭だった。しかも、ただの不満ではない。「信じられないほど怒っている」と言い切った。怒りの矛先にあったのが、後半に起きたエベレチ・エゼへのPK取り消しである。
ところが、VARが介入する。主審はピッチ脇のモニターで映像を確認し、最終的にPKを取り消した。ここが大きな争点になっている。
なぜ、英メディアが強く反応しているのか。理由は単純で、この判定が「明白で明確な誤審」とは言い切れないからだ。VARが判定を覆すべきなのは、主審の判断に明らかな間違いがあった場合である。エゼの場面には接触があった。接触の程度は軽かったかもしれない。だが、軽い接触だから即ノーファウル、というわけではない。
つまり、問題は「PKかどうか」だけではない。一度、PKと判断されたものを「VARで取り消すほど明確なミスだったのか?」という点にある。英メディアはそこに疑問を呈している。プレミアリーグの基準であれば、おそらくこのPKは取り消されなかっただろう。
アルテタの怒りはそこにある。彼は「あれを13回も見なければ判断できないなら、明白な誤審ではない」と主張した。つまり、VAR運用の原則に対する抗議だった。しかもこの試合では、ベン・ホワイトのハンドによってA・マドリーにPKが与えられている。
ホワイトの腕は身体から離れていたため、UEFA基準ではPKとされても不思議ではない。ただ、ボールは先に足に当たっており、プレミアリーグなら流されていた可能性はある。
アーセナル側から見れば、自分たちに不利な判定だけが重なったように映るだろう。取られたPKは厳しく、与えられたPKは取り消された。だからこそ、1−1という結果には悔しさが残る。敵地で引き分けた充実感よりも、勝利を逃した感覚の方が強かった。
こうしたアーセナルの足踏みは、この判定だけで説明できるものではない。むしろ、より根深い問題は国内リーグにある。
首位を走ってきたプレミアリーグで、ボーンマス戦とマンチェスター・シティ戦に敗れ、連敗した。長く首位を走ってきたチームに、明らかにブレーキがかかっている。気がつけば、2位のシティとの勝点差は3に縮まった。しかもシティの消化試合は、アーセナルに比べてひとつ少ない。
失速の理由として見逃せないのが、オープンプレーからの得点率だろう。
今季のアーセナルはセットプレーで多くの得点を奪ってきた。デクラン・ライスのキック、ガブリエウ・マガリャンイスやウィリアム・サリバの高さ、そして緻密にデザインされたセットプレーの精度。これは間違いなく武器であり、首位を走ってきた大きな要因でもある。
だがその一方で、流れの中から相手を崩す力が足りない。ボーンマス戦では、オープンプレーからの期待得点がわずか「0.18」だった。首位を争うチームとしては、あまりにも寂しい数字である。
アーセナルはこのままいけば、流れの中からの得点数がプレミアリーグ優勝チームとして史上最少クラスになる可能性がある。これはセットプレーが優れていることの裏返しでもあるが、同時に、攻撃が慎重になりすぎている証拠でもある。
