かつて食卓の定番だった魚肉ソーセージが、40年近い低迷を経て復活しつつある。なぜ「中年男性のおつまみ」というイメージから脱却できたのか。あえて若者向けに走らず、50〜60代の健康不安に絞り込んだ老舗メーカーの逆転戦略を、ライターの黒島暁生さんが追った――。(前編/全2回)

■40年続く低迷、生産量は“ピークの4分の1”

いま、魚肉ソーセージにふたたび熱い視線が注がれている。昭和の時代から“酒のおつまみ”として地位を確立する一方、1970年頃から40年近くも低迷の時期が続いた。

魚肉ソーセージのメーカーなどで構成する、日本缶詰びん詰レトルト食品協会によれば、生産量は1972年の18万トンをピークに、2020年代には4万トンまで減っている。知名度はあるが、消費は右肩下がりだ。

魚肉ソーセージと言えば、水産加工の大手Umios(旧・マルハニチロ)の代名詞とも言える商品だ。だが1970年代以降、同社のチルド事業部に所属する社員は、“美味しいのに、数字は伸び悩む”厳しい現実と向き合ってきた。

会社によると売り上げは非公表だが、右肩下がりの傾向だったという。だが、2024年に発売した“トクホ”の新商品をきっかけに状況が変わった。調査会社の市場データでは、2024年10月から2025年9月までの1年間で、消費者が同社の魚肉ソーセージを購入した金額が前年比で約2割伸びたという(「インテージ SCI 魚肉ハムソー/チーカマ市場 種類:魚肉ソーセージ 2022年10月〜2023年9月・2024年10月〜2025年9月 平均購入規模(x100)金額」より)。長く続いた低迷が、ここで「底打ち」した形だ。

同社はどのようにして魚肉ソーセージ需要を呼び寄せたのか。「いい商品は、もう一度お客様に選んでもらえる」――その確信を実現させるまでの軌跡を追った。

■魚肉ソーセージに感じた「ポテンシャル」

2026年2月、豊洲駅からほど近い当時マルハニチロ(現・Umios)の会議室に、パソコンと資料を抱えた男性が入ってきた。綿引悠太さん、同社チルド食品事業部で事業企画課の主任を務める男性(現・Umios推進部 課長代理)だ。丁寧な自己紹介のあと、「引っ越しでちょっと社内が慌ただしくてすみません」と頭を下げた。

同社は創業146年にあたる今年、3月1日付で社名をUmiosに変更し、本社を高輪ゲートウェイ駅に移転させた。グローバル展開の強化と人も地球も健康にするソリューションカンパニーへの転換を図る狙いがあるという。

撮影=プレジデントオンライン編集部
チルド食品事業部で事業企画課の主任を務めていた綿引悠太さん(現・Umios推進部 課長代理) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

綿引さんは入社以来、魚肉ソーセージを含むチルド食品に携わってきた。現在のチルド食品事業部に入ったのは2019年のこと。それまでは営業職を経験した。

「私が入社したのは、まさに魚肉ソーセージが低迷していた時期です。正直、私自身、入社までは魚肉ソーセージをたくさん食べてきたわけではありませんでした。しかし配属に際して食べてみると『やっぱり美味しいな』と感じたんです。赴任地だった福岡県では、東京などのほかの大都市に比べて魚肉ソーセージがよく食べられていました。当時すでに売り上げは全盛期の70年代よりだいぶ下がっていましたが、この商品の持つポテンシャルに自信が持てたのは、取引先からのよい反応があったからかもしれません」

■サバ缶ブームに感じた“悔しさ”

酒のつまみとして有名なことから、中年男性の食べ物というイメージが根強い。一方で、発売当初から変わらない利点もある。

「魚肉ソーセージは1950年頃に発売が開始され、1970年代にピークを迎えました。当時は、手軽にタンパク質を摂取できる食べ物でもありました。もちろん、魚が持つほかの栄養素も摂ることができる食品です。この点は、発売から現在までずっと変わりません。しかし食の欧米化や多様化が進むなかで、人気という面では、徐々に後景に退いていくことになりました」

本来ならば魚肉ソーセージは花形。しかし悔しさや忸怩たる思いを経験することもしばしばあった。

「サバ缶がブームになったとき、魚肉ソーセージは『在庫あります』という状態で。社内で比較されることもありましたね」

付加価値をつける努力も必要だが、それ以上に必要なのは、商品が本来持っている価値を広く浸透させることなのではないか――。捲土重来の兆しは2000年代中盤以降にやってきた。折しも2000年に厚生労働省(当時)から「保健機能食品制度」が創設されるなど、日本列島全体で健康志向が高まりを見せていた。

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魚肉ソーセージには「中年男性のおつまみ」というイメージもあった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「中年男性のおつまみ」からの脱却

「中年男性のおつまみというイメージに留まるのではなく、弊社がこれまでずっと大切にしてきた魚の栄養素によってお客様に健康になってほしいという願いはありました。魚は本来健康的な食べ物ですから、その事実を打ち出していけないかと考えたんです。くわえて、より健康という側面を深めていく努力もしました。2005年には、魚肉ソーセージ業界で初めて、弊社のリサーラソーセージが、中性脂肪を下げる特定保健用食品(通称トクホ)として認可されたのです」

たしかに2005年発売のリサーラは、魚肉ソーセージ初のトクホとして「市場に大きなインパクトは残すことができた」(同社)という。だが、中性脂肪対策としてのトクホの製品は、様々な商品でも展開されている。「魚肉ソーセージの消費の減少に歯止めをかける」(同社)には、さらに独自の価値を打ち出していく必要があった。

先人たちが築いていた路線をどう飛躍させるか。綿引さんが部署に来た当時も、どうすればより広く手に取ってくれるかを考え続けたという。

■50〜60代の「既存のメイン顧客」によりアプローチ

一般的に、縮小傾向が続くと「若者向け」という施策で新しい顧客を狙おうと走りがちだ。だが、綿引さんたちはあえて、既存のメイン顧客である50〜60代の悩みにより応えようとする道を選んだ。

「50〜60代であれば、健康診断などで高い数値が出て、健康の悩みを抱えているだろうと考えました。だからこそ、従来食べていただいている層にしっかりアプローチしていこうと考えたんです」

それが結実したのが、2024年に発売した「DHA入りリサーラソーセージω(オメガ)」という商品だ。これは、日本で初めての「心血管疾患の疾病リスク低減表示特定保健用食品」を取得している。簡単にいえば、医薬品ではないにもかかわらず「将来、心血管疾患になるリスクを低減する可能性がある」旨の表示が可能になったのだ。1本(50g)あたりにDHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エイコサペンタエン酸)を効果が見込まれる量を配合していることが根拠となっている。

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同社の「リサーラソーセージ」 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■“健康の悩み”に応える商品で回復基調に

トクホとして打ち出すためには、国が定めた厳格なルールに沿う必要があったという。

「トクホ取得の際には消費者庁の許可を得ることが必須ですが、効果を謳う以上は、医薬品と混同されるデザインであってはいけない。たとえば、商品名を金色にして目立たせる、などのデザインも不適切です。そうしたさまざまな角度から社内で検討をして、結果的に、デザイン案は50パターン以上に達しました。

どのようにすれば医薬品ではなく食べ物であることが伝わり、かつ健康にも資することがすぐに理解してもらえるか――という視点で社内で議論を行いました。そして試行錯誤の末、背景に少しグラデーションをかけて、文字を立体的にした現在のデザインにたどり着いたのです」

一般に、日頃の運動に加えて、DHA・EPAを含む健康的な食事を摂ることによって、動脈硬化の原因となる中性脂肪の低下、血管の健康維持が可能となり、心血管疾患のリスク低減につながることが知られている。消費者の健康志向に寄り添い、突き詰めることによって、これまでの魚肉ソーセージの歴史を変える商品が誕生した。

さらに、このトクホの商品のヒットで終わり、ではなかった。課題は「今回新たに魚肉ソーセージを買ってみようと思ったお客様に継続して食べていただくこと」(同社)。それらは、健康の悩みに応える商品の拡充という形で表れている。たとえば、皮膚の健康維持に着目した「おはだのごちそう D-HADA」(2025年春発売)や、1本で1日分の鉄分が取れる「MSC FE-BAR」(2025年秋発売)だ。

魚肉ソーセージを“おつまみ”や“おかず”ではなく、消費者の健康の悩みに応える食べ物に引き上げ、新たなニーズの掘り起こしに挑戦していると言える。

■「他社の“袋”」をノートにスクラップ

こうした裏には、現場での試行錯誤が欠かせない。営業畑から現在のチルド食品事業部に異動した綿引さんが思考を巡らせたのは、いかに多くの消費者に魚肉ソーセージを手に取ってもらうか――そのために、これまでの良さを伝えつつ、イメージを刷新することが急務だった。

「部署には、私のように営業からきた人間もいますし、工場勤務だった者もいます。共通するのは、それぞれが『魚肉ソーセージのよさをもっと伝えたい』と考えていたことです。必然的に会話が生まれ、何気ない会話のなかに新商品の開発の糸口があったりもしました。

もちろん、うまくいった話ばかりではありません。例えば餃子ソーセージ等、魚肉ソーセージに畜肉を加えたソーセージの品ぞろえを強化したり、現在とは異なる方向性を進めていたこともあります。ただそうした対話を重ねていくなかで、部署がひとつの方向性にまとまった印象はあります」

綿引さんの手元には、前任者から引き継いだというノートがある。すべてのページに、他社の魚肉ソーセージのパッケージをスクラップしており、数cmぶんはその厚みが増している。パラパラとめくるたび、パッケージのビニール素材が紙にこすれる乾いた音がした。

「これで3冊目なんです」。そう言って、綿引さんは愛おしそうに自作の研究資料に目を落とした。

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魚肉ソーセージのパッケージをスクラップしているノート。3冊目だという。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「パパ、魚肉ソーセージここにあるよ」

「家族で買い物に出かけた際も、スーパーなどに立ち寄ると魚肉ソーセージのことが頭をよぎるんですよね。そして、ひとりでフラフラと魚肉ソーセージのコーナーに行ってしまう。たいてい、妻から『今どこにいるの?』と電話がかかってきます。

魚肉ソーセージは、スーパーごとに置かれている棚がわりとばらばらで、見つけるのに苦労したりするんですよね。缶詰コーナーにあったり、加工品コーナーにあったり、お肉のコーナーにあることもありますし。最近では、こどもが率先して『パパ、魚肉ソーセージここにあるよ』なんて教えてくれます」

地道な開発の裏側に、綿引さん本人の魚肉ソーセージ愛はもちろん、家族の協力が滲んでいる。

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ノートを見つめる綿引悠太さん(現・Umios推進部 課長代理) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

魚という素材の個性を最大限に生かし、パッケージにも気配りを感じさせる。そんな脈々と受け継がれてきた担当者の地道な努力が、結実したシリーズがある。

2017年から発売されている、「こだわり魚種」シリーズだ。

これまでの健康路線を維持しつつ、魚肉ソーセージらしからぬパッケージで目を引く商品も多い。銚子産いわし(2017年)、山陰産のどぐろ(2017年)、沖縄産いか(2024年)、鹿児島産うなぎ(2025年)などだ。「こだわり魚種シリーズ」は、次の一手を担うことが期待されている。

■“ギョニソ”と親しまれる商品に

「商品のなかには、これまで定番だったオレンジ色のフィルムを採用せず、味のイメージに合ったフィルムを使用したものもあります。ロットも異なり、相応の費用も発生しますが、幅広い味とコンセプトからお客様に選んでいただけるように、工夫を凝らしました」

たとえば前述の「おはだのごちそう D-HADA」もそうだという。

「『魚肉ソーセージらしくないパッケージ』をテーマにしているので、ピンクと白のフィルムを使っているんです」

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“魚肉ソーセージらしくないパッケージ” - 撮影=プレジデントオンライン編集部

商品ひとつひとつのコンセプトと届けたい消費者層を見極め、原価が多少あがったとしても広く浸透する道を選ぶ。現在、SNSを中心に“ギョニソ”の愛称で親しまれ、魚肉ソーセージを使ったレシピ動画が多くアップロードされている。“ギョニソ”が広く知られることについて、綿引さんは満面の笑みでこう話す。

「嬉しくて仕方がないの一言です。本当に魚肉ソーセージについては、2〜3時間平気で話すことができるんです。こうして商品の良さが広まっていくことを好ましく思いますし、スポットが当たることに高揚を感じます」

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綿引悠太さん(現・Umios推進部 課長代理) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

陽が当たる現在地だけが輝かしいのではない。まったくの凪のときでさえ商品の可能性を諦めずに試行錯誤を続けた者たちの、人しれぬ努力が煌めいている。

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黒島 暁生(くろしま・あき)
ライター、エッセイスト
可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。
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(ライター、エッセイスト 黒島 暁生)