価格が上がるのは原油やナフサだけではない…イラン戦争の影響で食卓から姿を消すかもしれない「寿司ネタでお馴染みの青魚」の名前

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遠洋漁業を直撃する燃料高騰

「現時点で直接の影響は小さい。しかし、イラン紛争が長引けば燃料価格はもちろん、漁網とか容器とかの入手が難しくなるのではないか」

カツオの一本釣りで赤道近くまで船を送り込む中日本の漁業会社社長は、電話先で不安そうな声を上げた。数カ月に及ぶ遠洋航海には、数百トンのA重油を必要とする。日本政府は激変緩和を掲げ支援補助金で国内の燃油料金を抑え込もうとしているが、中東危機のあおりで2割価格が上昇している。

しかも長期の遠洋航海中に海外で給油する場合には、日本のような補助金の恩恵に浴することは不可能だ。アジアでは国内在庫が少なく、需給ひっ迫で重油価格が高騰している国もあるが、漁船がいったん日本を離れれば海外給油は避けられない。

今でも燃料代は人件費と並ぶカツオの遠洋一本釣りでは最大のコスト。燃料は漁船の移動に使うだけではない。釣り上げた魚を鮮度を保ったまま保管する急速冷凍庫の稼働にも大量の燃料は欠かせない。

海から揚がった魚を素早く凍らせれば刺し身やたたきなど生食向けに高く売れる。このため漁船は高濃度の塩分を含むブライン液を零下20度以下に保ち、カツオを浸す。大量のカツオを投入しても液の温度を上げないためには冷凍装置をフル稼働させ続ける必要があるからだ。

ナフサ不足がプラスチック資材に波及

中東危機で影響が出ているのは燃料に限らない。全てのプラスチック原料となるナフサ(粗製ガソリン)の不足が現実のものとなる可能性が出てきた。

この社長によると、漁網や容器などプラスチック製品は仕入れたものが手元にあるので当面まかなえる見通しだ。ただし、先行きは不透明だという。

「注文のタイミングでたまたま在庫があるだけで、次回のプラスチック製品の注文時に品物が十分に手に入るかどうかは見通せない。あったとしても値段は上昇するだろう」

水産業は養殖の一部を除いて漁船を動かさないと魚をまったく捕れない。水産資源の減少は続いており、魚を探して船の移動が増える分だけ燃料高騰が経営を直撃する構造だ。

北海道で底引きなど漁業を経営する水産会社の常勤役員は「漁協などに聞くと、国内備蓄を取り崩せば、価格は上がっても燃料の確保そのものに不安はなさそう」と話す。

しかし、プラスチック製品など資材類の値上がりは現実のものになってきた。発泡スチロールや漁網の納入業者からすでに値上げ通告が来ている。

いずれも現時点で燃料不足のパニックには至っていないものの、価格上昇の荒波は押し寄せ始めた。

中国からの稚魚輸入がストップ、カンパチ養殖に深刻な影響

原油やナフサではなく、別のところから思わぬ影響が出始めたのがカンパチ養殖だ。

鹿児島県でカンパチ養殖をしている水産会社の会長は「中国からの稚苗輸入が滞って養殖業者が困っている。私の所は国内で育てた人工稚苗の割合を高めているが、輸入に頼る所は死活問題だろう」と話す。

カンパチ養殖の仕組みはこうだ。中国漁業者が春に中国海南島近くの水域で稚魚を採取し、中国内で10センチから30センチ近い大きさまで育てる。夏にかけて日本に輸出する。日本の養殖業者の多くが、輸入した稚魚を2年ほどかけて3〜4キロまで大きくして消費地に出荷する。カンパチはブリの仲間で、西日本ではさっぱりした味覚が人気だ。

稚魚の入手ができなければ、養殖は成り立たない。なぜ、日中をつなぐカンパチ養殖のサプライチェーンが途切れたのか。

中国は環境配慮を理由に、硫黄分の少ない特別な重油を使った船の利用を義務づける。ところが日本国内の原油需給の混乱で、そうした特別な燃料の製造が滞った。このため、中国に稚魚を受け取りに行く船が出せなくなったのだ。

農水省で中東危機を担当する武部真也食料安全保障室長は「原油の国家備蓄もあり、船舶用の燃料そのものは入手可能だが、(中国が義務を課している)特殊な燃料の品薄が続いているのはたしかだ」と稚魚の手当てに問題が生じていることを認める。

国内の石油供給は全体として確保されているものの、先行きの不安がささやかれる中、流通段階で目詰まりが起こっている。このため一般的ではない用途向け供給が滞ったと指摘する。

同省は政府内で石油関連の調整を担当する経産省に、農林水産業の現場から上がってきた「不足」の情報を伝えて目詰まりの解消を急ぐ。「政府内の連携はスムーズで、経産省は素早く対応している」と武部室長は言う。

仮に数カ月遅れで特別な燃料の手当てができて稚魚が輸入できても、今度は別の問題が持ち上がる。

カンパチの稚魚は全長30センチ未満なら輸入関税がゼロですむ。しかし、成長して30センチを超えると10%の関税が掛かる。時機を逸してしまうと関税がのしかかってくるからだ。

「そうした課題は承知している。カンパチ稚魚の関税を見直し、全長50センチ未満まで年内は無税にする方向で調整中」と武部室長は説明する。

後編記事『なぜイラン戦争でコメ価格が再び高騰するのか…日本農業の「知られざる根本的弱点」』に続く。

【つづきを読む】なぜイラン戦争でコメ価格が再び高騰するのか…日本農業の「知られざる根本的弱点」