「何のために100円を惜しんできたのか」〈貯金2,500万円〉10年前に夫を亡くした75歳妻の慟哭。 “将来の不安”に怯え、資産を守り続けた「節約生活」の虚しすぎる結末
「将来、病気になったり施設に入ったりするお金が足りなくなったら困る」――。 その一心で、夫を亡くした直後から徹底した節約生活を送ってきた女性がいます。手元には亡き夫が残した2,500万円の貯蓄がありましたが、彼女は10年もの間、そのお金を一円も使わずに守り続けました。しかし、70代後半を迎えた彼女に残されたのは、減ることのない預金残高と、自由に出歩くことが難しくなった自身の身体でした。
「1円も減らしてはいけない」夫の死後に設定した、厳しい生活ルール
「主人が亡くなって一人になったとき、真っ先に思ったのは『これから先、どれだけお金がかかるか予測がつかない』ということでした。とにかく今ある貯金を1円も減らさないようにしよう。将来への不安から、そう決めたんです」
佐藤恵子さん(75歳・仮名)は、10年前の状況をそう振り返ります。夫の正一さん(享年65)が急逝し、残された預貯金は約2,500万円。佐藤さんは、このお金を「将来の介護や病気のためだけの資金」と位置づけ、日々の生活は自分の年金内だけでやりくりすることを自身に課しました。
内閣府『令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査結果』によると、「老後の備え」について85.5%の人が「公的年金」を最大の備えとして挙げています。佐藤さんの年金は月約15万円。そこからマンションの管理費、固定資産税、社会保険料を支払うと、手元に残る生活費はわずかでした。
「冬は暖房の設定温度を下げ、厚着で過ごしました。スーパーでは、10円でも安い食材を求めて遠くまで歩きました。夫が残してくれた2,500万円があるからこそ、安心して生きていける。だから絶対に手を付けてはいけない――そう信じて疑わなかったのです」
佐藤さんのように、客観的には十分な資産を持ちながら、心理的に困窮している高齢者は少なくありません。同調査で「貯蓄は十分か」という問いに対し、全体で「足りない(どちらかといえば含む)」と回答した層は33.2%。注目すべきは、その不安の正体です。「今後の生活のなかで準備しているもの」として、多くの人が「病気・介護への備え」を挙げています。
「いつか体が動かなくなったとき、子どもに金銭的な負担をかけたくない。そのためには、今、外食をするのは贅沢だと思っていました。主人が生きていたときは『老後はのんびり旅行にでも』と話していましたが、一人になってしまいましたし、『今はまだ、その時ではない』と先延ばしにしているうちに、10年が過ぎてしまいました」
佐藤さんは、10年間にわたり一度も預金を取り崩すことなく、自身の趣味や娯楽をすべて切り捨てて生活してきたそうです。
「お金はある、でも歩けない」…10年後に突きつけられた現実
変化が起きたのは、佐藤さんが75歳になったころ。膝の痛みが悪化し、自力で長距離を歩くことが困難になったのです。
「先日、ふと通帳を記帳したら、2,500万円の残高はほとんど変わっていませんでした。それを見た瞬間、急に足元から崩れ落ちるような感覚に陥り、自宅の玄関先で声を上げて泣いてしまいました。10年前なら、このお金を使って夫婦の思い出を辿ることもできました。でも、今の私には旅行を楽しむ体力もありません。食が細くなって、豪華な食事を存分に楽しむこともできない。将来のためにと思って100円、200円を惜しみ続けてきましたが、結局、何のために我慢していたのか、わからなくなってしまって……」
前出の調査では、必要な金融資産額として「2,000万円以上」と回答する人は32.5%で、全体の約3人に1人にのぼります。佐藤さんはその目標を維持しながらも、生活の満足度は非常に低い状態だったのです。また「将来的な財産の使い道」を尋ねる設問では、子どもに資産を残したいと考える人が47.4%と約半数にのぼりました。一方、佐藤さんの娘さんはこう話したといいます。
「お母さん、お金を遺してくれるのはありがたいけど、そんなに切り詰めて生活してほしくなかった。今からでも遅くないんじゃない?」
娘の言葉を受け、佐藤さんはようやく生活の見直しを始めました。「備え」は重要です。しかし、将来への不安から過剰な節約を続け、現在の時間を失ってしまうことは、高齢期における最大のリスクといえるでしょう。大切なのは、資産を「万一の備え」と「今を楽しむ予算」に明確に分けること。また早いうちに家族と相続についても意向を確認しておくことも重要です。「残してほしい」より「使ってほしい」という家族の本音を知ることで、自分自身のために一歩を踏み出せるようになります。

